間話③ ー追憶の轍ー
※視点が変わりますのでご注意ください
忘れもしない。
彼と出会った時のことは今でも鮮明に覚えている。
だって、あまりにも突然の出来事だったから。
あるはずがないって思っていたから。
だから、城下町でその男の子を見かけた時、私は目の前で起きたことに驚きを隠せなかった。
まるでこの世界に興味がないみたいに冷めた表情。
自分の命すらそんな風に思っていそうなくらい、その瞳は光を失っていた。
それでも、その子は不思議と私を魅了した。
次々に襲い来る魔物を涼しい顔でいとも簡単に倒しちゃう黒髪の男の子。
お世辞にも身なりが綺麗とは言えなかったけれど、その手に持つ身の丈以上の輝かしい剣と、その小さな体から繰り出される見惚れてしまうほどの美しい剣技に夢中になり、食い入るように身を乗り出してその勇姿を眼に焼き付けていた。
落ち込んでいた私を元気付けるためにお父様が連れていってくれたコロシアムで一際強い輝きを放っていた少年のことで、頭がいっぱいになっていた。
その後も色々な人の戦いを見ていたけど、誰一人印象に残った人はいなかった。
そんな少年に、私の心はすっかり奪われていた。
もう会うこともないと諦めていた矢先に、彼は突然私の前に姿を現した。
まるで、私の想いが天に届いたかのように思えた。
「ねぇ! あなたアベルでしょ?!」
気付けば彼の手を掴んでいた。
「違うよ」
「え?! 違うの?!」
迷惑そうにする彼は、深い息を吐いた。
「あれは偽名だよ」
「ぎめい・・・?」
男の子の素っ気ない態度と予想外の答えに困惑した。
「あれれ? でも、コロシアムでこ〜んな大きな魔物を倒してたじゃない。こう、シュシュって」
「全然違う。動きに無駄が多すぎ。こうだ」
突然、目の前にいたはずの彼がいなくなった。
・・・と思ったら、後ろから肩を叩かれていた。
「こっちだよ」
何が起きたのか全然わからなかった。
「すごい! 全然見えなかったよ!」
「普通だよ。みんなが遅いんだ」
「ねぇねぇ! あなたはどうしてそんなに強いの?」
「別に強くない。普通だって言ってるだろ」
恥ずかしいのかな? 顔が赤くなってる。
「ねぇねぇ! あんなに遠いところからどうしてドルガリスに来たの? どうやって来たの?」
「お前、聞いてばかりでうるさい・・・」
「だって気になるんだもん! 気になったことは知りたくなるじゃない?」
少年は諦めたのか、ため息まじりに答えてくれた。
「セントクレアって人を探しているんだ」
彼の言葉を聞いた時、長く続いた雨が一気に晴れ渡るような、清々しい喜びが胸いっぱいに広がっていったのを覚えてる。
これはもう運命だって思えたの。
なんていうかこう、ビビッときた感じ。
だってーーー。
「それ私だよ!」
「はぁ・・・? そんなわけないだろ。適当なこと言うなよ」
「本当だよ! 私、ロザリア・セントクレアっていうの!」
少年の疑いの目が向けられる。
「嘘つくなよ。セドリックは男だって言ってた」
「そうなの? う〜ん、お父様のことかなぁ?」
「そいつの名前は?」
「エドワードだよ。エドワード・セントクレア」
「それだ!!」
素っ気なかった少年の目が急に輝き出したから、ちょっと驚いちゃった。
「頼む! そいつに会わせてくれ!」
両手で私の手を握る少年。
「そ、それはいいけど。どうして?」
「俺、いつか『ゆうしゃ』のパーティメンバーになって、『ゆうしゃ』の護衛になりたいんだ。それなら王都ドルガリスに行ってセントクレアに会えってセドリックが・・・うわ?!」
慌てて引っ込められた彼の手を、今度は私の方から捕まえた。
仕方ないよね。
子供ながらに感じたあのドキドキ。
抑えられるわけない。
「それならお父様に会わせてあげるっ」
「い、いいのか? 見ず知らずの俺にそんな」
「いいに決まってるよ! お父様、やさしいもん!」
「言っておくけど、お返しなんてできないからな」
「そんなこと気にしなくても・・・」
あ、そういえば。
勢いに任せて聞きそびれちゃうとこだった。
「じゃあ、アベルじゃないあなたの本当の名前を教えてよ」
少年は少し戸惑っていたけど、やがて恥ずかしそうに小さく呟いた。
「・・・カイン」
その響きに、私の心は広がる大草原の中を踊る様に軽やかになった。
「わぁ! いい名前だね!」
言うが早いか、私は戸惑うカインの手を引き走り出していた。
「いたたっ! 強いって!」
「えへへ! こう見えて力には自信あるからねっ」
私とカインの関係はここから始まったーーー。
ーーー少し湿った潮風が頬を撫でる。
船のデッキからうっすらと見えるロックバスティオンを見つめながら、彼と出会った時のことを思い出していた。
調査によると、どうやら彼は今、ロックバスティオンの試練を受けるために島を訪れているらしい。
ロックバスティオンにいるということは、すでに三つの宝玉を手にしていることになる。
過去の勇者たちですら全ての宝玉を集め終えるのに半年、場合によっては一年ほど掛かることもあったと聞く。
それを一ヶ月も経たないうちに三つも回収するなんて、やっぱりカインはすごい。
でも、勇者の血を引く以上、魔王討伐の使命を背負うのは私。
魔王討伐は古来より『勇者』の名を冠する私たちセントクレアの役目。
勇者の血は代々、女性に受け継がれる。
初代勇者カナリア・セントクレアが女性だったことが影響しているのか、子孫の能力値と潜在能力は共通して女性の方が優れていた。
左耳のピアスを外し、ピンク色に光る薔薇を遠目の孤島に重ねた。
私のお母様も勇者だった。
当然、お母様も魔王討伐の使命を背負っていた。
今に至るまで魔王が生き延びているという事実は、同時にお母様を含めた歴代の勇者がその使命に失敗してきたことを示している。
笑顔の中に少し寂しさを滲ませた、なぜかいつものように心から安心できないお母様の笑顔。
討伐へ向かうお母様の背中を、ただ見つめることしかできなかった。
それが、私が覚えているお母様の最後の姿だった。
あの時のお母様の顔は忘れられない。
物心がつき、私自身も勇者として修練するようになって、お母様の向けた笑顔の意味がようやく分かった。
怖かったんだ。
使命を果たせるか不安だったんだ。
それを理解した時、どうしようもない悔しさが込み上げてきた。
どうして、あんなにも優しかったお母様が犠牲にならなきゃいけなかったの?
お母様は何も悪くないのに。
世界を平和にしたかっただけなのに。
私は誓った。
これまで犠牲になった歴代の勇者の未練を断ち切るためにも、必ず魔王を討伐すると。
何より、お母様のために私は剣を取った。
お母様の見守っていてくれる、お母様の一部でもあるこの剣を。
カイン。
私は、身も心も、私の持ちうる全てをあなたに捧げたつもり。
与えたなんて傲慢を言うつもりはない。
けれど、私の抱える使命やそれに対する不安、秘める想い。その全てを伝えた。
あの時、あなたはそれを知った上で受け入れ、告白してくれた。
あなたは、私がどんな想いで使命と向き合っているか知っているはずだよね。
それなのに・・・。
「いたいた。おーい」
振り返ると、フリードが手を振っていた。
ジュリアンとヴィオラも一緒だ。
「浸ってるねぇ〜。やっぱり元カレを捕まえるのは辛いかい?」
「言葉を選びなさいよバカっ!!」
すかさずヴィオラがジュリアンの尻を蹴った。
「痛ぇっ! 本気で叩くなって。戦いに響くとまずいっしょ」
「ははは! テメェがそんなタマかよ!」
ヴィオラに蹴られた臀部をさするジュリアンの背中を、フリードがバンバン叩いている。
相変わらずの賑やかさ。
このパーティの、数ある魅力の中の一つだ。
ヴィオラは男性陣の監視役みたいなものかな。
こうして定期的に喝を入れてくれる。
とは言っても、ジュリアンもフリードも、根は優しくて彼らなりのやり方で私を気遣ってくれているのはよく分かる。
カインと対峙するのが苦しいのは私だけじゃないはずなのに、彼らはできる限り普通でいてくれようとしてくれている。
それが分かってるから、嫌だなんて全然思わない。
はぁ・・・。
みんなに気を遣わせちゃうなんて、私もまだまだ未熟なぁ・・・。
「確かロックバスティオンはロザリアが初めてカインと出会った場所よね?」
「よく覚えてるね。出会ったというより、実際はコロシアムで彼の戦いを一方的に観戦していただけなんだけどね」
「やっぱり強かった?」
「それはもうとびっきり。他の人たちが誰も印象に残らないくらいね」
あんな戦いを見せられたら、誰だって魅了されてしまう。
「『冷血の剣童』って呼ばれてたんだっけ? まさに天才ってやつだ」
ジュリアンの賞賛する口笛が響く。
「あとで知ったんだけど、カインは当時十二歳で、史上最年少でCクラスを優勝しただけでなく最上級クラスまで駆け上る早さも史上最年少。さらに驚くことに、最高クラスに上がったその後は一度も負けることなく192連勝するという偉業を成し遂げたんだって。それで・・・」
いつの間にかワクワクして話している自分に気付いて、思わず話を切った。
は、恥ずかしいっ・・・。
カインのこととなると何故かちょっと自慢げになってしまう。
気付くと、三人はポカンと口を開けていた。
「嘘だろ?! 192連勝?!」
フリードが真っ先に叫んだ。
「コロシアムの大きな大会がだいたい月に4回だから年間48回。確か、ロザリアからカインは四年間コロシアムにいたって聞いてたから・・・。うん。計算は合うわね」
「うひゃあ〜! 計算するお嬢の手が震えてんじゃん!」
「うっさい!!」
再びジュリアンを蹴り飛ばすヴィオラ。
「クラスが上がるごとに報酬も豪華になっていくからそれをモチベーションに頑張る人も多いみたいだけど、カインの場合は退屈だったからみたい。すごいよね」
「おいおい、てことはほぼ四年間ずっとSSクラスで勝ち続けてたってことか?! 十二歳のガキが?!」
「そ、そういうことになるかな」
す、すごい熱量。
ぐいっと顔を近づけるフリードの興奮をなんとか落ち着かせた。
あれ? でもカインがいたのはSSクラスじゃなかったような。
なんて名前だったかな。
「俺はロザリアと出会う前は賞金稼ぎとして世界を転々としてた。だから当然コロシアムのことも知ってるし、SSクラスでの優勝も何度もしてる。だからこそ言えるが、とても十二歳の坊ちゃんが勝てるようなレベルじゃない。当時、俺ですら何度か危ない場面があった」
「そんな剣童さんを相手にしなきゃいけないなんて憂鬱ねぇ」
フリードの横で、ヴィオラは深いため息をつきぼそっと呟いた。
「よく言うぜ。戦ってみたいってウズウズしてるのバレバレだぞ」
「そりゃあね。研究対象としてこの上ない材料だもん。あいつのヤバさより好奇心が勝っちゃうのよね。私の魔法を試せる相手はそうそういないから。ていうか、ここにいる全員そうでしょ?」
「僕としては優雅に穏便にやり過ごしたいところだけど。ま、強者と戦いたい欲求には抗えないのは確かだね」
気付けば、皆の視線は水平線に向けられていた。
みんなきっと、心の底では戦いたくないんだ。
カインが恐ろしいほど強いからではなく、彼がこのパーティの一員だから。
私たちの仲間だから。
「みんな。もしもカインと戦うことになったら、その役目は私に譲ってほしい」
「ロザリア、お前・・・」
カインを相手にするには中途半端な覚悟ではいけない。
本気で挑まなければ確実にこっちがやられてしまう。
もしかしたら私たちを含め、周囲に甚大な被害を与えてしまうかもしれない。
何より、一番辛い役目を仲間に押し付けるわけにはいかない。
そしてこれは、『勇者』として私が決着をつけなきゃいけない問題でもある。
「お願い」
皆、前を向いたままで返事こそしないけど、私にはちゃんと伝わっていた。
それは、私の意見を尊重するという意志の表れなのだと。
でも、いざ彼の前に立った時、今のように覚悟を持ち続けられるか正直分からない。
感情というのはいつだって不安定だ。
私は、心のどこかで非を認めてくれるのを願っているのかもしれない。
できることなら刃を交えたくない。
でもね、カイン。
あなたのやり方は間違っている。
あなたは私が止めてみせる。
私が目を覚まさせる。
徐々に近づく孤島を前に、改めて私は決意と覚悟を深く心に刻み込んだーーー。
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