第30話 魂を導く灯火
こいつとの対話は成立しない。
意思を貫くには戦うしかない。
だが、さっきから鼻をつくこの匂いは一体何だ・・・?
血の混じった生臭さのせいで奴に集中できない。
すると、水滴らしきものが一滴床の上に落ちた。
水・・・?
見上げた瞬間、頬に落ちた生温かいものに無意識に手を触れる。
そして、それと同時に飛び込んできた光景に目を疑った。
「うっ・・・」
カルマナは口元を抑え、その場に座り込んだ。
それもそのはずだ。
誰が、大量の若い女の裸死体が天井に張り付けられていることを想像できる。
遺体の中には、幼き少女や腕や脚がない者、内臓がなくなっている者すらあった。
落ちてきた水滴は、無惨に傷つけられ犠牲となった彼女たちの血液だったのだ。
「おや。気付かれてしまいましたか。布で覆っておけば、もっと上手くカモフラージュできたかもしれませんね」
「あなたはっ・・・! あなたは何なのですかっ・・・?!」
涙を流すカルマナの叫びに対し、アルフォンスは狂気の笑い声を響かせそれに応える。
「見れば分かるでしょう? 君と同じ人間ですよ。人は誰でも少しくらい変わった趣向を持っているものです。子供にだって自分のお気に入りの玩具があるもの。僕にとってそれが人間の女性という、ただそれだけのことですよ」
「あなたを同じ人だと思えません! 理解できないっ・・・! どうして、こんなっ・・・!」
「君がどう思おうと構いませんよ。一つ確かのは、間もなく君もこれらと同じ僕の芸術品の一つになるとういうことです」
アルフォンスが指揮者のように両手を振り上げると、天井に張り付けられた女性たちが一斉に降り注ぎ、アルフォンスの前に立った。
「その能力・・・。傀儡士か」
「少しだけ訂正しましょう。僕はパペットマスター。一応、この道の達人です」
よりによってマスタークラスか。
この状態で相手するには少々面倒な相手だな。
「さあ、宴の始まりです♪」
アルフォンスが勢いよく手を振ると、彼の手から放出された魔力の糸で操られた女性らが一斉に襲いかかってきた。
「カルマナ!」
咄嗟にカルマナをの手を引き素早く避ける。
「あははっ! ほらほら、頑張って逃げないと捕まってしまいますよ!」
低く鈍い音を響かせ、あり得ない関節の動きで急な方向転換し、俺たちを追跡する傀儡と化した女性たち。
これだけの数を操る奴の魔力は相当なものだ。
捕まったら最後。振り解くことは不可能だろう。
力を加減している場合ではない。
どれだけ持ち堪えるか分からないが、たとえ微量でも体力が続く限り魔力を流して体を動かすしかない。
バキン・・・!!
カルマナを引き寄せ脚に力を込めた瞬間、膝部の関節が砕けた。
態勢を崩し、思わず床に手をついた。
くっ・・・! ここでマイアの魔力が切れるかっ・・・!
傀儡と化した遺体たちが覆い被さるように俺たちに向かい飛びかかる。
「許せ!!」
咄嗟にカルマナの腰に下げられた聖剣を掴み、剣の腹で女性たちを叩くように振り払う。
間を縫い、纏わりつくような殺気に、咄嗟に左腕で防御体制に入る。
その瞬間、一発の銃弾が左腕の関節を撃ち抜いた。
「ぐあっ!!」
迸る痛みとともに電撃が走り、破壊された左腕の制御は完全に失われた。
「酷いですねぇ。僕の美しい作品を傷つけるなんて。結構お気に入りなんですよ?」
アルフォンスは身の毛がよだつ笑顔をこちらに向ける。
「まぁ、防腐処置は趣味に反しますのでどうしても鮮度は下がってしまいますし、消耗品ですからある程度の損傷は許容します。破損したり十分愛でたものは、新品を補充すれば飽きずに済みますしね」
彼が再び腕を振るうと、壁に衝突した遺体が再び襲いかかって来た。
傀儡士のスキルは大抵どれも術者の魔力が尽きるか、術者の命令を完遂するまで稼働し続ける。
奴がマスタークラスならば、魔力が枯渇するのは期待できない。
長期戦は危険だ。
しかし、最も厄介なのは傀儡と化した彼女たちだ。
傀儡の耐久性は術者の魔力に依存するため生半可な攻撃では停止させることはできない。
その気になれば物理的にこいつらを壊すのはそれほど苦ではないだろう。
だが、奴の力で操られているとはいえ、悲惨な死を迎えた彼女たちに剣を振うことには抵抗がある。
そんなことを言っている場合ではないと頭では分かっていても体が思うように動かない。
どれだけ苦しんだのか。
どれだけ無念な思いを感じたか。
どれだけ恐怖を感じながら死に絶えたか。
皆が持っていたはずの可憐さや華やかさ。
希望に満ちた未来。
どうしても、彼女たちが幸せそうに笑う、そんな姿が頭をよぎってしまう。
斬れるはずがない。
だが、やらなければこちらがやられる。
「はあぁぁ!!」
剣を地面に突き刺し発生させた衝撃波で傀儡を吹き飛ばした。
剣にもたれかかるように膝をつくと、一瞬床がぼやけて見えた。
くそっ・・・。
息苦しい。
体に力が入らない。
「あははは!! まだまだ踊ってもらいますよ!!」
傀儡たちは光を失った目を見開き、一斉に飛びかかって来る。
くっ! せめて、カルマナだけはっ・・・!
カルマナを庇おうと抱えた瞬間、彼女の体が淡い光に包まれた。
クルーザスト山脈で見たような、光のない虚な眼。
カルマナはゆっくりと立ち上がり、祈りを捧げるように両手を胸の前で結んだ。
巨大な魔法陣が描かれ、つぶやくように魔法を唱えた。
「『魂を導く灯火』」
柔らかな淡い緑色の光が傀儡の女性たちを優しく包み込む。
カルマナが胸の前で手を合わせた瞬間、光に包まれた女性たちは光の粒となり、解放されるように天に還っていった。
「自然の摂理から逸脱し、この場に留められた魂の束縛は断ち切りました。残るは悪魔と成り果てたあなたのみ。悪魔には、神の裁きを」
カルマナはアルフォンスに向かいゆっくりと歩いていく。
その手には聖剣が握られている。
いつの間に・・・?
確かに握っていたはずの自分の手のひらを見つめていると、アルフォンスの狂気の笑い声が響き渡った。
「素晴らしいぃ!! なんて神々しさ!! 是非ともその輝きを汚してみたいですねぇ!!」
アルフォンスの十本の指先から、魔力で生成されたうねるような糸が放出され、取り囲むようにカルマナに襲いかかる。
カルマナが聖剣を軽く一振りすると、糸は一瞬にしてバラバラになった。
「はははっ! そうでなくては壊し甲斐がありません! では、直接楽しませていただくとしましょうか!!」
カルマナは滑らかな体捌きでアルフォンスの腕をするりと掻い潜り、すれ違い様に彼の左手指を切り飛ばした。
鞘に収められたままとは思えない鋭さだ。
「アハハッ! 君の苦痛に歪んだ顔を拝めるなら指五本など安いものですよ!」
右腕で掴みかかるアルフォンスを躱しながら、流れるような剣技で今度は右足首を切断した。
「グアアアアアッ?!」
バランスを崩したアルフォンスは地面に転がる。
「悪事を働くのはその指ですね」
虚な目のカルマナは、もがき回る彼の右手指を切断した。
至極淡々と。
「ち、調子に乗るなよ玩具がぁっ!!!」
残ったアルフォンスの左足の先から糸が放出された瞬間、乾いた音が響き渡った。
カルマナの発した魔力の障壁が、悍ましい邪念のこもった糸を叩き消した。
そのまま痛みと恐怖に顔を歪めるアルフォンスの前に立ち、その虚な瞳で見下ろす。
そして、これまでの彼女とは思えないほど機械的に、彼の肩に聖剣を突き立てた。
飛び散る血が純白の司祭服を汚す。
「ぎゃあぁぁぁ!! 痛いっっ!! 痛いぃぃぃーーー!!」
彼の吐血が彼女の頬を染めても心を動かす素振りはなく、彼女は語りかける。
「どうです? 気持ちいいですか? 愉しいですか? まだ、足りませんか?」
聖剣を突き立てたまま、アルフォンスの叫び声に酔いしれるように恍惚とした表情で指を顎に当て、しばらく天を仰ぐカルマナ。
そして、彼のうめき声が小さくなってきたところで、不満そうに眉間にシワを寄せアルフォンスを見下ろした。
本当に、あのカルマナなのか・・・?
普段の彼女とあまりにかけ離れた、その冷えきった眼に恐怖を覚えた。
「おかしいですね。人が壊れていく過程に快感を覚えるのですよね? でしたら、もっと愉しまないと」
今度は反対側の肩に剣を突き立てると、アルフォンスは大量の血を吐いた。
「ぎゃぁあぁあぁーーーっ?!!!」
「どうしました? ほら、もっと笑ってくださいよ。ほら。ほら」
問いかけに対し悲鳴で応えさせるように、アルフォンスの身体を突き刺し、なぶるカルマナ。
腕。腹。腿。
まるで、一つのことに集中し周りが見えなくなった子供のように、アルフォンスの身体を串刺しにしていく。
致命傷になる場所を避けながら。
「も、もうやめてくれぇ!! 悪かった! 僕が悪かったっ! もう二度と人の命を奪わないと誓う! だからっ・・・!」
淡々と突き刺す手がぴたりと止まる。
「そうだ! 助けてくれ! 痛くて仕方ないんだ!」
カルマナは考えるように顎に手を当て、身だしなみを整えた。
ゆっくりとしゃがみ込み、苦痛に顔を歪める血だらけのアルフォンスの目を見つめた。
そして、蕩けそうなほど慈愛に満ちた笑顔を向ける。
「そう懇願した子たちに、あなたはどうしましたか?」
期待に満ちていたアルフォンスの顔が、一瞬にして絶望に変わった。
「ま、待ってくれ!? 死ぬのはいやだ! いやだぁっ・・・!!」
短い断末魔が聖堂に響き渡った。
彼の心臓に聖剣が突き立てられている。
やがて、虚だった瞳に光が戻ると、彼女のその手が震え出した。
カルマナは顔を覆い、血溜まりの中に座り込む。
「う、ううぅぅぅ・・・」
背中越しでも分かる。
泣いているんだ。
犠牲になった女性たちの無念の思いに。
そして、そんな快楽殺人犯を同じ手法で手にかけた自分に。
そんな彼女にかける言葉が見つからず、ただ小さく震えるその背中を見つめることしかできなかった。
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