第28話 最愛の宝物
「この子は・・・」
困惑したカルマナの視線が向けられる。
「・・・幼い頃のジュリエットだ」
ライオネルの顔が苦痛に歪み、激しく咳き込む。
どういうことだ?
こいつは自らの手でジュリエットを殺そうとしていた。
娘を駒としてしか見ていなかったはずではなかったのか・・・?
「・・・私は貧困層の生まれだ。今日を生きるために、どんな汚いことでもした。飯を盗み、ゴミを漁り、他人を騙すことだって・・・。そうしなければ、生き残れなかった・・・」
「・・・世の中は金が全てだと悟るのに時間は掛からなかった。生まれ育った街を離れ必死になって学び、のし上がることに成功した私は王家に気に入られ、彼らの下で働くようになった」
「しかし、金に対する執着はおさまるどころか増大していった。金さえあれば、飢えなくて済む。金さえあれば、寒さに震えることもない。幼少期に刻まれた飢えと恐怖心だけは、消えなかった」
ライオネルの気持ちは痛いほど理解できる。
状況は違えど、俺もコロシアムで戦う前は同じようなものだった。
ロックバスティオンは、たとえどのようなものでも、能力ある者が権力を手にできるという社会構造だ。
そのため、彼のように金に執着する人も少なくない。
「・・・そんな時、『漆黒の翼』と繋がった。密輸もした。正義も誇りも、とうに捨てていたよ」
「だが、エレノアと出会った。 ・・・気付けば、彼女の隣にいることが、私のすべてになっていた」
「ジュリエットが生まれると知った時、初めて心の底から何かを願った。金でも権力でもない。・・・ただ、守りたかった」
「だから、すべて捨てるつもりだった。だが、そう簡単にはいかなかった」
闇組織は王家が関わっていることもあり、関係はそう簡単には断ち切れない。
仮に切れたとしても、それ相応の代償を払わされる。
「・・・性格上敵を作ることも多かったのだが、王家で働く一部の貴族に私が貧困層出身であることがバレてね。生まれたばかりのジュリエットを奪い、奴隷として売り渡そうと画策していた。裏で権力を持つ『漆黒の翼』に依頼し、何とかそれを阻止しジュリエットを守ることに成功したが、その一件で『漆黒の翼』に大きな借りを作ってしまった。家族で『漆黒の翼』のメンバーになること、そしてジュリエットをノックス家に嫁がせることを条件に・・・」
「もとより手を汚してした身。メンバーになることはどちらでも良かった。エレノアとジュリエットを守れるならそれで・・・」
ライオネルは言葉を詰まらせた。
顔を隠すように血に塗れた腕を額に乗せる。
「あの子を、手放したくなかった・・・。だが、選ぶしかなかった」
「何度も、何度も、自分に言い聞かせた。それでも、彼女が成長するたびに痛みが増していった。小さな手が大人びていくたびに、私は、自分の犯した罪を思い知った」
悲しみを堪えるように震える口元が、彼の後悔を痛々しいほどに物語っている。
だが、それではせっかく娘を取り戻しても結果は同じ。
とはいえ、一度奴隷として売られれば会うことはできなくなるし、コロシアムに連れて行かれれば生き残れる可能性が低くなる。
女児がコロシアムで勝ち残るには、よほど才能に恵まれていなければ厳しいだろう。
それならば、嫁がせてしまうとはいえ、数年は一緒に暮らすことができる後者を選ぶのが親としては最善の選択か。
ライオネルは、歯を食いしばり、激しく咳き込みながら話を続けた。
「私の子とは思えないくらい、ジュリエットは真面目で正義感の強い子に育った。そんな彼女は、王家で働く父親が組織の一員として活動することと、自分もその渦中にいるというジレンマに苦しんでいたのだろう」
「ある時、裏切り行為を働いたメンバーの粛清にジュリエットが選ばれたが、彼女はそれを拒否しメンバーを抜け逃亡した。『漆黒の翼』には、裏切り行為に対して死を以って償わせるという鉄の掟がある。粛清の対象にジュリエットが加わり、全ての原因を作った私がその役割を負わねばならないと、その役目を引き受けた」
顔を隠すライオネルの頬から涙が伝う。
「クズどもにやらせるくらいなら、せめて私が・・・。そう思うしかなかった。これは、金に溺れた私への罰だと」
「神は、汚い金で散々積み上げてきたもののツケを、ジュリエットという最愛の宝を差し出すことによって精算させようとしているのだと、そう思った。事を成したあとは、すぐにその後を追うと決めていた」
ライオネルの吐き出した無念の想いに、俺とカルマナはただ黙っているしかなかった。
だが、俺には少しだけ彼の気持ちが分かるような気がした。
取り返しのつかない選択をしてしまったという意味では、俺も彼と全く同じだからだ。
ロザリアを死なせてしまったこと。
『廻天』を使い、何度も時を逆行したこと。
そして・・・。
・・・なんだ? 何かが引っ掛かる。
何か、大切なことを忘れているような。
前にも感じたこの感覚は、一体・・・。
「・・・娘に。ジュリエットにそれを渡してくれ。そして、伝えてくれ。心から、愛していると・・・」
力を振り絞り、持ち上げた震える腕がパタリと床についた。
カルマナは咄嗟にライオネルの腹の傷口に手を当て、治癒魔法を発動させた。
「そんな、ダメです! その言葉、あなたの口からジュリエットさんに伝えてあげてください! そうでないと意味がありません!!」
反応がない。
「起きてください! あなたには直接伝える責任と義務があります! それを放棄しないでください!」
もう手遅れだと理解しながらも必死になるカルマナの矛盾した行動が、その虚しさを一層強めていた。
これ以上は見ていられない。
次第にライオネルの血に染まっていくカルマナの手にそっと触れた。
「もう休ませてやろう」
「でもっ! このままじゃライオネルさんが!!」
「ライオネルがここまで毒に耐えられたのはお前の治癒魔法のおかげだ。お前が治癒魔法を掛けていなかったら、彼はもっと毒の痛みに苦しんでいたし、秘めた想いを誰にも伝えられずに逝っていたかもしれない。お前のおかげで彼は最後の最後で俺たちに想いを吐き出し、願いを託すことができた。もう十分だ。それは彼の表情が物語っている」
ライオネルの微笑み眠る安らかな顔を見つめたまま、カルマナの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「死なせたくなかった。目の前で誰かがいなくなるのを見たくなかった。だってそれは、その人を待つ誰かを深い悲しみの海に沈めてしまうことになるから・・・」
カルマナのか細い肩をそっと抱き寄せる。
「ああ。そうだな」
「ジュリエットさんに、何て伝えたら良いのですか・・・」
「そのまま伝えてあげよう。こんなにも愛されていたんだということを。それが、彼に託された俺たちが成すべきことだ」
どれだけすれ違っても。
分かり合えないと思っていても。
心の奥底で深く繋がっている。
親子というのはそういうものなのかもしれない。
子供はそれを感じにくいかもしれないが、親はそうじゃない。
きっと、日々少しずつ子供が成長していく姿を見ることは、親にとってかけがえのないものなのだろう。
そうして長い年月をかけ積み上げた想いや温もりは、子供にもちゃんと伝わるはずだ。
セドリック。
あんたもそうだったのだろうか。
腕の中で泣き続けるカルマナをなだめながら、遠い日のことを思い出していた。
「行こう。何としてもジュリエットを取り戻すぞ」
「・・・はい。ライオネルさんに大事なお願いされちゃいましたから」
安らかに眠るライオネルに祈りを捧げ、俺たちは倉庫を後にした。
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