第27話 狂気という名の芸術
「うあぁーーーー!!!」
ジュリエットは狂ったように発狂した。
縛られた手首は擦り切れ、血が滴り落ち、錯乱し叫び続けた彼女の瞳が涙で濡れる。
アルフォンスは横たわるライオネルを素通りし、涙を流す彼女の頬を愛おしそうに触れた。
「あぁ。美しい。やはり君は僕の最高の芸術作品になりそうです」
ジュリエットの瞳に、狂気に微笑むアルフォンスの姿は映っていないようだ。
混沌と押し寄せる感情の波を鎮めるように、ジュリエットはただ虚を見つめている。
俺の手を振り解き、カルマナは倒れるライオネルに駆け寄り治癒魔法をかけた。
「血が塞がらない?! どうして?!」
「無駄ですよ。その弾には一発撃ち込めばキマイラのような大型の魔物も死に追いやる猛毒を塗ってあります。一度体内に入ればわずか数秒で全身に回る即効性。助かりませんよ」
「私はアークビショップです! 人々を救うのが私の使命です! 絶対に死なせません!」
アルフォンスは微笑んだまま、ゆっくりとカルマナに顔を近づけた。
そして、その細い目を大きく見開いた。
「おや? よく見ると君もまた壊し甲斐のありそうな美しさですねぇ」
駄目だ。
これ以上は無理だ。
気付けば、カルマナの頬に触れようとするアルフォンスの腕を掴んでいた。
「汚らしい手で触れないでくれるか」
激しく憤っているのを自分でも感じる。
そして、俺の感覚が告げている。
こいつはカルマナに近づけてはならない。
「んん? 君はこの子のパートナーですか? これまた整った顔立ちです。その顔が絶望に変わる瞬間を堪能するのも悪くなさそうですね」
どこか遠くを見つめながら一人空想するアルフォンスは、突然指を鳴らして晴れやかな笑顔を見せた。
「そうだ! 司教の子はジュリエットを壊した後で、その横で陵辱を楽しむ。司教の子を堪能した後は、君の目の前で鮮度が落ちる前に壊すとしましょう」
まるで演劇でもしているかのように笑みを浮かべながら一人で話し続ける。
「君には僕の楽しむ姿を存分に見てもらって、それから壊れてもらうとしましょうか。ああ、大丈夫ですよ。僕は可愛さと美しさがあれば性別はどちらでも構いませんので」
こいつの言っていることが何一つ理解できない。
命をモノとしてしか見ていないだけでなく、自分の都合のいいように作り上げた幻想に浸っている。
こいつの言動の節々から嫌悪感を感じずにはいられない。
本能的に拒否反応を起こしている。
噂以上のクズっぷりだ。
「ともあれ、まずは大本命のジュリエットです」
妖艶に、ゆっくりとジュリエットの頬を撫でるアルフォンスに黒銃インビシブルを向ける。
「それ以上触るな。ジュリエットもカルマナもお前に渡すつもりはない」
すると、アルフォンスの眼が一瞬だけ鋭いものに変わった。
同時に、囲む手下たちの持つ銃口が一斉に俺たちに向けられた。
「動けば撃ちます。何もせずその美貌を壊すのは勿体無いですが、今はこちらの方が優先順位が高いですからね」
くそ・・・。
俺一人ならどうとでもなるが、下手に動けばカルマナを傷付けてしまう。
「失礼」
アルフォンスが小さな布でジュリエットの口元を覆うと、倒れ込むように眠りについた。
「司教の子は絶対に破損させないでください。できれば完品が望ましいですが、最悪男の方は首だけでも構いません。それはそれで楽しみ方がありますので」
軽やかにジュリエットを抱えると、アルフォンスはカルマナに対し、温かみのない無機質な笑顔を向けた。
「それでは、また後ほどお会いしましょう」
俺たちは動けぬまま、アルフォンスが出ていくのを見送るしかなかった。
あの様子、ジュリエットに対する執着は相当だ。
そう簡単に殺すことはないはず。
だが、先ずはここの雑魚どもを片付けなければ。
倒れるライオネルの傍に転がる聖剣に手を伸ばした時、彼が何かを胸ポケットに仕舞っていた。
悔やむように歯を食いしばっている。
「・・・鞘の抜けない剣でどうするつもりだ」
「生憎、俺はこいつに愛されているらしいからな」
俺の声に反応するように聖剣が眩い光を放った。
ゆっくりと姿を現す鏡のように輝く頭身に、誰もが目を奪われた。
剣から闘志が漲ってくる。
聖剣から溢れる闘気が一時的に魔力回路を修復したのか、左半身が羽のように軽くなった。
絶好調とは程遠いが戦えなくはない。
何にせよ助かる。
一刻も早くアルフォンスを追わなければならないからな。
「さあ来いクズども」
一斉に発砲された銃弾は、振られた剣に従うように剣先の軌道に沿って弧を描き、倉庫の壁を蜂の巣に変えた。
「バ、バカな! 銃弾の軌道を変えただと?!」
武装兵たちのさらに激しい弾幕が襲いかかる。
剣を軽く振り回し床に突き立てる。
「な、何だそりゃ?!」
俺を囲む銃弾の雨は、まるで指示を待つ動物のように残らず目の前で静止した。
「『神の一刃』」
再度床を刺した瞬間、剣が一際強い輝きを放ち、百八十度向きを変えた弾幕が一斉に武装兵に向かい飛んで行った。
「ぎゃあぁーーー!!!」
電光石火のごとく追尾する弾丸が逃げ惑う武装兵に襲い掛かり、一人残らず撃ち抜いていく。
しばらく倉庫内に響き渡っていた断末魔が消え、辺りに静寂が戻る。
動ける敵は・・・いないようだな。
警戒を解き聖剣を鞘に収め、カルマナに手渡す。
「これ以上盗まれないよう、次からは寝る時も体に縛り付けておくことを勧める」
カルマナは大きな瞳を見開き、ただ俺を真っ直ぐ見つめていた。
覇気のない眼。
何だそのやる気のない顔は。
せっかく取り戻してやったというのに。
「あ、私の剣! ありがとうございますカインさん!」
またか。
記憶が飛んだような反応に、何か心に引っ掛かるようなもどかしさを覚えた。
「戦場で油断するな。命取りになるぞ」
「それより急いでライオレスさんを治療しないと!!」
自分のことより他人のことか。
いかにもこいつらしい。
だが・・・。
「やめておけ。もう助からない」
「そんなことありません! もっと魔力を使えばきっと・・・!」
横たわるライオネルの身体には、紫色に変色した斑点が広がっている。
全身に毒が回っている証拠だ。
「これ以上は無意味だ」
「そんなことありません! 手を尽くせばきっと助かります! それに、ライオネルさんが死んでしまったらジュリエットさんが悲しんでしまいます!」
「気持ちは分かるが、俺たちにできることには限界がある。今俺たちがすべきことは一刻も早くジュリエットを取り戻すことだ。違うか?」
カルマナは胸の前でぎゅっと手を結んだ。
「司教、ましてやアークビショップを名乗る身でありながら、苦しんでいる人を見過ごすなんて絶対にできません。たとえ結果が変わらないとしても、私は最後まで諦めません」
使命を全うしようとするその姿勢は立派だ。
しかし、残酷だがこうしている間にも時間は過ぎていく。
ジュリエットの救出が遅れれば、彼女まで犠牲になってしまう。
このままではそんな取り返しのつかないことになりかねない。
そうならないためにも、何としてもアルフォンスからジュリエットを奪還しなければならないんだ。
「・・・お前に頼みがある」
「私に、ですか?」
ライオネルは、震える手で胸ポケットからあるものを取り出した。
「・・・これを、あの子に渡してくれないか」
「これは・・・?」
カルマナの手のひらに乗っているのは古びた懐中時計。
色は少し燻んでおり、所々錆びついている。
中は、時を刻むのを止めた針と、ひび割れたガラス。
その見た目から、かなり年季が入っているということが伺えた。
そして、一枚の小さな色褪せた紙がひらりと落ちた。
そこには、幼くも可憐に微笑むジュリエットの姿が描かれていたーーー。
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