第23話 心の帰る場所
「ただいま!」
アネットは店の扉を勢いよく開けた。
「アネット! 無事で良かった。心配したんだよ」
「へへ。ごめんごめん。でもほら、この通りだ」
彼女は笑顔で『恵みの糸』を手渡した。
「ありがとうねアネット。あんたの気持ちは痛いくらい分かるよ。でも、お願いだから無茶は止めておくれ。店も人の想いも、命あっての賜物なんだ。あんたはそれを一番近くで感じたんじゃないのかい?」
「それは・・・」
「あんたまでいなくなってしまったら、私はどうしたらいいんだい」
「ばあちゃん・・・。そうだね、ごめん。気を付けるよ」
抱きしめ合う二人は互いに存在を確かめ合っているように見える。
家族の絆。帰る場所、か。
かつての俺にとって、ロザリアがそれだった。
セントクレアの名だけを頼りにドルガリスに辿り着き、見知らぬ土地で右も左も分からない地で孤独だった俺の前に、あいつは突然現れた。
こんな素性の知れない俺に、美味しい料理。景色のいい場所。彼女にとって秘密の場所。
色々なことを教えてくれた。
あいつは惜しげなく自分の持ちうる全てを与えてくれた。
そして、いつしかあいつと過ごすのが当たり前になっていた。
俺は、俺にないものを持つあいつに、いつしか憧れと恋心を抱くようになった。
多感な年頃を迎えた頃、勇者として成長したあいつに、同行する仲間の記念すべき一人目として正式に選ばれた。
その時、ずっと内に秘めていた想いを告げた。
幸運なことに、あいつはそれを受け入れ心から喜んでくれた。
その瞬間、あいつは俺にとって「護衛」と「恋人」と、二つの意味で守るべき存在となったんだ。
そんな場所を自ら切り捨てておいてこんな感情を抱くのは、あまりにも身勝手で傲慢なのは分かっている。
カルマナとジュリエットがそんな今の俺の帰る場所になっている。
それが許されるものではないことも・・・。
それでも、俺にはやらなければいけないことがある。
誰にどう思われようと。何て言われようと。
魔王討伐という、達成しなければならない大きな目的がある。
帰る場所が出来てもそれは変わらない。
・・・くそ。
油断するとすぐに魔王への憎しみで支配されてしまう。
気付くと、目の前に頬を膨らませたカルマナが顔を近づけていた。
「今、とっても後ろ向きなことを考えていましたね」
「そんなことはない」
「いいえ、考えていたに違いありません! 大司教の私の目を誤魔化そうとしても無駄ですよ!」
「はっ。何を根拠に・・・」
突然、額をトンっと指で押された。
「天邪鬼なカインさんのことですから、どうせ俺には帰る場所なんてない、とかそんなこと考えていたんでしょう。まったく。そんな眉間にシワを寄せてたら誰だって気が付きますよ」
「・・・そんなに寄っていたか?」
助けを求めジュリエットを見ると、彼女は待ってましたと言わんばかりに一つ咳払いした。
「それはもう、こ〜んな感じで」
「あははっ! やっぱりジュリエットさんはモノマネが上手ですね♪」
二人はハイタッチして喜びを分かち合っている。
「私たちはもう、ただ旅を共にするだけの連れ合いではありません。互いに背中を預けあい言葉がなくとも想いが伝わる、そんな関係なんですから」
「カルマナ様の仰る通りですよお師匠様。三人ずっと一緒です」
やめてくれ。
そんなことを言われたら、本当に身を任せてしまいたくなるだろ。
二人を信頼しているのは本当だ。
その言葉も何にも代え難いほど嬉しく思う。
だが、心を開かれるたび戸惑ってしまうんだ。
こんなにも純粋に寄り添ってくれる存在は、ロザリア以外にいなかったから。
それでも、許されるのならいつか・・・。
逃げるようにドアノブに手をかけたその時、婆さんに呼び止められた。
「アネットを助けてくれて、本当にありがとう」
「試練のついでだ。礼を言われるほどのことでもない」
アネットは真剣な視線で俺の前に立った。
「困ったことがあったらいつでも言ってくれよ。必ず助けるからさ」
「大袈裟だな。元々お前を助けるためにここへ来たわけでないんだ」
「それでも、君たちのおかげでこうして無事に帰って来られた。たとえ生きる意味を見つけたとしても、肝心な命がなきゃそれを全うできないだろ?」
「その気持ちだけもらっておこう」
本当に、一体いつからこんなに人に懐かれるようになったんだか。
そうならないように人を遠ざけてきたはずなんだがな。
別れの言葉の代わりにニカっと笑うアネット。
まっすぐ突き出された迷いのないその拳に応え、俺たちは洋服屋を後にした。
残るはロックバスティオンと王都ドルガリスの二つ。
ドルガリスは、太古より魔王のいる異空間へ繋ぐ儀式を執り行うための場所としての役割と、勇者を支援するエテルヌス教の総本山であることから、巡礼の最終地となっている。
「さぁ! 次はどこに行きましょうか♪」
「観光地を巡るようなテンションで言うな。次はロックバスティオンと決まっている」
「えー!? お鍋料理食べないんですか?」
「お前な。これで三度目だぞ・・・」
実を言うと、クルーザスト山脈を下山した直後アネットを巻き込み、その足で鍋料理屋に直行していたのだ。
カルマナは無言で呆けるジュリエットの手を取り、無理矢理味方に引き込もうと眼で訴える。
「ほら。ジュリエットさんも言ってますよ」
何も言ってないだろうが。
お前以外の人間が呆れ返っていることを自覚するべきだ。
「いいじゃないですかぁ〜。カインさんの義肢が動くうちに行っておきたいんですよぅ。またここに来れるか分かりませんし〜」
そこまで考えていながら早くロックバスティオンへ行って装具士に見てもらおう、という発想には至ってくれないんだな。
「・・・食ったらすぐに発つ」
「やった! そう来なくっちゃ♪」
突然、カルマナは俺とジュリエットの手を引き軽やかにスキップし始めた。
まったく。
変なところで自信家のくせに一人ぼっちになるとすぐ泣き喚く。
偉そうに説教すると思えば子供のように無邪気になる。
本当に面倒なやつだ。
もはやそれも慣れつつあるが。
「今度はカインさんの好きな激辛お鍋ですね!」
「前を見ないと転ぶぞ」
吹雪のなか舞い踊る彼女を繋ぎ止めるように、真っ白な手袋越しに重なり合う手は固く結ばれていた。
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