第21話 絆の契り
「授けることができないって・・・。一体どういうことなんだい?」
困惑したアネットが尋ねてもマイアの表情は変わらない。
『あなたには『恵みの糸』を得る資格がない。資格のない者に糸を授けるわけにはいきません』
「資格って言われても・・・」
マイアは透き通る青色の羽を羽ばたかせ、アネットの顔をまっすぐ見つめた。
『私は古代より勇者に試練を与えし存在。我々に想いの強さと絆の力を示し、私に認められた者だけが『恵みの糸』を授かることが許されるのです』
「想いの強さと、絆の力・・・」
『あなたは、アンナの妹ですね?』
アンナ? 知らない名だ。
だが、影を落とすアネットの表情から、彼女に関わる人物なのは間違いなさそうだ。
「ど、どうして君がその名前を?」
『アンナ・カーライルは、我々精霊と契りを結んだ数少ない人間の一人でした。彼女は、寒さに苦しむフロストヘイヴンの住民を救うために自らが営む洋服店の衣類に『恵みの糸』を織り込むことを思いつきました。その願いを実現するために、存在するかも定かでない糸を求め、彼女は毎日のように山脈を登り、我々に祈りを捧げていました』
マイアは、想いに耽るように晴天を仰ぐ。
『そんな彼女の想いと覚悟に心を動かされた私は、ついにその願いを聞き入れることにしたのです。絆の契りを交わし、彼女に糸を授けることと、自由にこの地へ立ち入る権利を与えたのです。結局、それ以来姿を現すことはなかったけれど、我々は彼女を仲間と認めています』
アネットはマイアの話に完全に黙りこみ、俯いてしまった。
その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
『あの子のような想いの強さと覚悟が、あなたにありますか?』
問われたアネットは逃げるように顔を伏せた。
「姉ちゃんは、ずっと私の憧れだったんだ。いつも笑顔で優しくて。でも芯はとても強くて。まだ十代だったのに店を構えて。一度言い出したら聞かないくらい頑固だったけど、それでも色々なことを私に教えてくれた。賢くて頼りになる姉ちゃんが大好きだった」
「ある日を境に、姉ちゃんは毎日婆ちゃんや私に店番を頼んで出掛けるようになった。引き止める私たちを振り切って、姉ちゃんは外出を続けた。それは、このためだったんだ。町の皆んなを助けるためだったんだ・・・」
やがてアネットは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
「初めは嫌々やっていた。姉ちゃんが倒れて働けなくなって、両親は忙しいし婆ちゃんも高齢だから私しかいなかった。でも、私は私の人生を生きたかった。やりたいことを見つけたかった。結局やりたいことは見つからなくて、仕方なく店を切り盛りするようになって、それからずっと悶々とした気持ちを抱えたまま店を続けていた」
「でも、君の話を聞いて初めて自分の本当の気持ちに気付けた。私は、店を続けたい。姉ちゃんの始めたあの店を無くしたくない。今は、心からそう思うんだ」
まっすぐマイアの目を見つめるアネットからは強い覚悟が伺える。
見定めるようにアネットの顔を見つめるマイアはしばらく沈黙したままだったが、ついにその表情が優しくほころんだ。
『よくぞ示してくれました。その想い、しかと受け止めました』
マイアがそう伝えると、空を舞う精霊たちから舞い落ちる小さな光の粒が戯れ合うように集まっていく。
やがて、生成された虹色の束が幾重にも折り重なり、アネットの手にふわりと積もっていった。
「姉ちゃんの編む服はさ、皆んなを笑顔にするんだ。わざわざ買ったばかりの服を着た姿を見せに来るお客さんもいたくらいさ。皆んな、姉ちゃんの服を大切に使ってくれていたんだ。私はそんな姉ちゃんが作る服が大好きだったんだ」
『あなたは、アンナにとてもよく似ていますね。その髪の色も。翡翠の瞳も。そして、その芯の強さも。きっと、あの子と結んだ絆が私とあなたを出会わせたのでしょうね』
微笑むアネットの頬に、一筋の涙が伝う。
「長い間、ずっと・・・。君に言われるまで気付かなかった。あの店は、もうとっくの昔に私の生きる理由になっていたんだ。それを、君が思い出させてくれた。ありがとう」
『私は精霊の長として。そして、アンナの友人としての役目を果たしたに過ぎません。それでも言わせていただきましょう。立派だったと』
「マイア・・・」
虹色に輝く『恵みの糸』を見つめるアネットの表情はどこか穏やかだ。
『アンナの具合はどうですか? いつかまたその姿を見たいものですが』
一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべるアネットだったが、やがて微笑んだままその視線を落とした。
「姉ちゃんは、五年前に亡くなったよ」
『そうだったのですか・・・』
「眠っているかのように安らかだった。すごく満たされた顔だった。生きた年月こそ短かったかも知れないけど、姉ちゃんは自分の人生に満足していたんだと思う」
マイアはアネットの額にそっと触れた。
『あの子はいつもあなたのことを話してくれました。笑顔にしたい人がいる。ずっと守りたい人がいると。病弱の自分のせいで、したいことをさせてあげられないあなたが不憫でならないと。あの子はきっと、寒さに苦しむ住民を救う前に、誰よりも身近で一番大切な存在であるあなたを救いたかったのでしょうね』
「姉ちゃん・・・」
『糸が必要になった時はいつでもいらしてください』
涙を拭い真っ赤な瞳で見つめるアネットに優しく微笑むマイア。
『我々とあなたの間に、契りは交わされたのですから』
「マイア・・・」
『もちろん目的がなくとも構いませんよ。いくらでも、何気ない話をしましょう。アンナがそうしてくれたように』
「あはは。姉ちゃん、話好きだったからなぁ」
『ふふ。ほとんどあなたのことでしたよ』
・・・想いの強さと覚悟、か。
四度の時の逆行を経てもなお握りしめるこの想いは、果たしてマイアに届くのだろうか。
皆の笑い声が響く中、俺一人、見つめるその手を強く握っていた。
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