第18話 頼りなき時の旅人
こじんまりとした聖堂内は静かで、わずかにそよぐ風が新鮮な空気を運んでくる。
通路から壁に至るまで、ガラスのように透き通っていて、触れると少しひんやりとする。
クリスタルのような輝きを放つその荘厳な作りが神秘的な雰囲気を演出していた。
「すごく綺麗な聖堂ですねぇ。とても珍しい作りです」
「あ、私たちの姿が映ってますよ」
二人はすっかり聖堂の持つ不思議な魅力の虜になっていた。
まったく呑気なものだ。
キシ・・・。
まただ。今度は左腕か。
少し多いな。
「あまり離れるなよ。リブラが無効化されていて構造が不明なんだ」
「いざとなれば超人無敵のカインさんがいるから大丈夫ですよ。ね、ジュリエットさん♪」
カルマナの呼びかけに激しく何度も頷くジュリエット。
「万が一ということもある。無防備に信頼しない方がいいと思うがな」
カルマナとジュリエットは、互いに顔を見合わせたと思ったらいきなり笑い出した。
「何言ってるんですか。弱気になるなんてカインさんらしくありませんよ。たとえ万が一のことがあっても、そのチートステータスでしれっと解決しちゃうのがカインさんじゃないですか」
「そうですよ。お師匠様なら、たとえ首だけになっても戦えそうな勢いです」
それはそうかもしれないが、さっきからどうも微かに湧き出る不安感を拭えない。
経験上、こういう時は大抵良くないことが起こる。
四度目ともなれば尚更慎重にもなるというものだ。
氷のようにキラキラと光る身廊を通り抜けると、祭壇の前に下へと続く階段が伸びていた。
「奥へ進め、ということでしょうか?」
「辺りを見回しても特別な仕掛けもなさそうだ。ここ以外に選択肢はないようだな」
透き通る長い階段を下っていくと、壁の模様や装飾が次第に洞窟のようなゴツゴツしたものへと変わっていき、やがて開けた大きな空洞へと辿り着いた。
輝くような美しい光景はそのままに、それを分断するように突如現れた巨大な谷間が走っている。
その底知れぬ深さに思わず息を呑んだ。
真ん中には、すれ違うのがやっとの幅のひび割れた地面が蛇行しながら心細く向こう側へと繋がっている。
まるで大地の裂け目。
これは流石に飛び越えられそうもない距離だな。
まさか山の中にこんな場所があったとは。
「聖堂の地下がこんな風になってるなんて思いもしませんでした」
「落ちたら帰って来れそうにないですね・・・」
辺りを見渡しても、高い天井と底知れぬ谷間が広がるばかりで他に通路は見当たらない。
どうやらここを渡るしかなさそうだ。
「俺が先に渡って安全を確認する。お前たちは後から来るんだ」
「わ、わかりました」
心配そうに見守る二人を背に、静寂に包まれるなか細い道を踏み締め進んでいく。
特に変わった様子はないな。
これならあの二人も無事に・・・。
半分ほど進んだところで、急に悪寒が走った。
同時に捉えた凄まじい殺気。
この気配。
すると、目の前に大きな魔法陣が展開され、中から巨大な飛龍が飛び出した。
大きな翼を羽ばたかせ深青に輝くその姿は、まるで聖堂の番人そのものだ。
『グオオオオオ!!!』
ドラゴンの激しい咆哮に地面が揺れる。
唸るような低い音は空気を伝わり天井に反射し、パラパラと氷の破片が雨粒のように降り注いだ。
「クリスタルドラゴンか。この程度の魔物ならすぐに片付けて・・・」
迫り来る敵に備え脚に力を込めたその時だった。
バキンッ・・・!!
義足の膝部が砕け電撃が走ると同時に、その制御を失った。
くそっ! こんな時に!
完全にバランスを崩し、無様に地面に転がる。
同時に、視界に表示された能力値が、まるで時限爆弾のようにカウントダウンを始めた。
すぐ後ろは底知れぬ谷間。
眼前には鋭い牙を剥くクリスタルドラゴン。
逃げ場がない。
絶体絶命だ。
くそっ。ロザリア・・・。
「『神域結界』!」
突如目の前に現れた光の障壁がクリスタルドラゴンを弾き飛ばした。
「カインさん!!」
「お師匠様!!」
駆け寄る二人が二重に見える。
どうやら義眼の方も機能不全に陥ったようだ。
「ジュリエットさん! 私が援護しますからカインさんを!」
「分かりました!」
ジュリエットの肩に半身を預ける形で担がれた。
か細い肩は少し震えている。
少女に大人の男を担ぐなんて無理だ。
「無茶をするな。お前たちまで巻き込まれ・・・」
「今は黙っててください!」
いつになく強気なカルマナの勢いに押され、思わず口を噤んだ。
カルマナの支援魔法でドラゴンの攻撃を受け流し、ジュリエットに支えられ何とか道を渡り切った。
「礼を言う。あとは俺がやる」
一人で立つことができず、再びジュリエットに寄りかかる。
支えられたままゆっくりと腰を下ろし、片膝をついた。
そっとカルマナの手が触れる。
「魔力を流す回路が壊れてしまっています。これでは指一本動かすことはできません」
「直せるのか?」
「まさか。魔法が関わっていればこうして分析することはできますけど、私が癒せるのはあくまで人体です。これを直すには別のスキルが必要です。専門職の方に見てもらうしかないと思います」
魔力を流すのは神経や感覚と深く関わる行為。
確かに、素人が自己判断で治療を試みるにはリスクが高すぎるか。
どうする・・・。
カルマナは能力値的にもジョブ的にも完全に後衛だ。
となると、やはりジュリエットに前線で戦ってもらうしかないが、たとえポテンシャルは高くても実践経験の乏しさに不安は残る。
恐らくボスクラスの大型の魔物と戦ったことなんてないはずだ。
やはり俺が戦うしかない。
今の状態で果たしてどこまでやれるか分からないが、たとえこの身を犠牲にしてでも仲間は守る。
そう決めた。
立ちあがろうとする俺の肩がそっと押さえられた。
「今は私とジュリエットさんのターンです。カインさんはお休みですよ♪」
「馬鹿を言うな。お前たちには手の余る相手だ」
「あー! 私たちを信用していませんね? これだけ一緒に旅をしてきた相棒だというのに!」
「あのな。そういう問題じゃない。俺は・・・」
カルマナは俺の前で仁王立ちし、聖剣に手を添えた。
「ふっ。ついにこの時が来てしまいましたね。私の本当の力を見せる時が」
カルマナの放った言葉に大きな不安を抱くとともに、一縷の望みに託すしかない現実に拳を強く握った。
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