第16話 嵐雪の地で寄り添う温もり
クルーザスト山脈は、フロストヘイヴンから更に北へ登ったところに位置する氷山でできた一帯のことだ。
長い年月をかけ形成された天然の氷山には太古より精霊が住み着いていて、彼らの浮遊する軌跡から『恵みの糸』と呼ばれる糸が生成される。
フロストヘイヴンの試練はこの『恵みの糸』を集めることなのだが、精霊に認められなければ糸は生成されない。
「許可は得た。これからクルーザスト山脈へ向かう」
「イエッサー!!」
ほんと無駄に元気なやつだな。
まあ、今となっては静かすぎるのも逆に心配になるが。
これまでは、ロザリアがその力を示すことで精霊に認められ、試練をクリアすることができていた。
果たして、俺に精霊を認めさせることができるか。
「それにしても、クルーザストなんて名前からしてすごく寒そうな響きですね。せっかくお鍋料理で温まったのに」
「お師匠様ほどではないですけど、これ以上寒くなるのはさすがに厳しいですよね。何か対策しないと危険な気がします」
前回までの山脈攻略は、ヴィオラの空間魔法で一定の気温を保つことで難を乗り越えていた。
この寒さを和らげるほどの、ましてや数十人にまで及ぶ広範囲の魔法は賢者でないと習得できない。
当然、賢者でもない俺たちにそんな魔法は使えない。
まさかこんな形でヴィオラに感謝する日が来ようとは。
「でしたら、お洋服屋さんで何か暖かくなりそうな服を見てみませんか?」
「それだけで解決できるとは思えない寒さだが」
「そうかもしれませんけど、何もしないよりはマシだと思いますよ」
まあ、確かにな。
服を着込む程度なら大して手間にもならない。
「行くだけ行ってみるか」
町の片隅にひっそりと佇む洋服屋まで足を運ぶと、ログハウスのような家の小窓からわずかに光が漏れていた。
どっさり被った雪が可愛らしさを演じ、重なる太い丸太の壁も相まって何とも温かみのある姿だ。
入り口には木板が立っており、『カーライル』と書かれている。
軋む木のドアをゆっくりと開け中へ入ると、大きなメガネを掛けた白髪の老婆が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていっておくれ」
木の匂いで満たされた店内はホッとするような安心感がある。
色とりどり様々なデザインの洋服が飾られていて、大きな切り株から作られたテーブルの上にはアクセサリーや小物も並んでいる。
「うわぁ〜。どれもふわふわしていて可愛い〜」
「見てください。このネックレスも綺麗ですよ」
二人はキャッキャしてお互いに合わせている。
見たところ女物の服がメインのようだ。
二人には気に入ったものがあれば買うとして、俺は我慢だな。
残念ではあるが、女物を着るわけにもいかないしな。
死ぬ気で試練を終わらせれば何とかなる。
「女性物の服ばかりで済まないねぇ。この町は女の子の方が多いからどうしてもね」
「元々あの二人のために来たようなものだ」
「小物ならお前さんに似合う物もあるかもしれないよ」
こんなもので寒さが凌げるならどれだけ楽か。
毛糸で編まれた輪状のアクセサリーを手に取る。
丁寧に編まれた糸の束は一本一本細部まで装飾が施されていて、とても繊細な技術が見て取れる。
「それはナディアと言って、ここの名産の一つだよ。昔この地で勇者様を支援していた司教様が無事に魔王を討伐できるようにという願いを込めて編んだ糸を勇者様に献上したことが始まりなんだ」
「願いが込められた網糸、か」
なかなか興味深い話だが、戦闘の邪魔になるからこういうチャラチャラしたものはあまり身に付けたくないんだがな。
ん・・・? 少し温かいような。
「決めました! これにします!」
「私も!」
カルマナとジュリエットが弾ける笑顔で服を渡してきた。
これらもだ。
外の気温との温度差でそう感じているだけか?
「婆さん。これをくれ」
「はいよ」
ばあさん越しに窓の外を覗くと、さっきよりも吹雪が強くなっていた。
雪が横殴りで視界もかなり悪い。
無理に進まずに一晩様子を見た方がいいか。
「カインさんは買わないんですか?」
「俺に女装しろとでも言うのか」
「それは名案です! ぜひやりましょう!」
着るか。期待した目で見るな。
「下らないこと言ってないで出るぞ」
すると、突然何かを押し付けるように手渡された。
白い、手袋・・・?
「何もしないで試練に臨むのは無謀というものですよ」
「この寒さを手袋一つで乗り切れるわけないだろ。それに、俺の片手は金属だ」
「そんなことありません。きっとその金属の義肢も温まりますよ。むしろ、私の慈愛の効果であなたの心まで温めてしまうでしょう」
そんなはずあるか。
そしてその一言も余計だ。
「もう片方の手袋が無駄になるだろ。婆さんの前で捨てろとでもいうのか」
「おばあさん! これもください♪」
カルマナは言い終わる前に手袋をふんだくり、婆さんのところ手袋を持って行った。
また人の話を最後まで聞かずに勝手な行動を。
「はいこれ」
白い手袋の片方を手渡される。
「ほら、こうすれば捨てずに済みますよ」
片方の手袋をつけたカルマナがニコッと微笑んだ。
その可憐な表情に一瞬ドキッとする。
「こうやって同じものを共有するとなんだか気持ちが通じ合っている気がしません? まあ、そんなことをしなくても私とカインさんは固〜い糸で結ばれていますけど」
「まったく・・・。そんなにつけさせたいのか」
本当に強引なやつだ。
でも、きっとこいつなりの優しさなんだろうな。
こういうのもたまには悪くはないか。
気付くと、婆さんは心配そうに窓の外を眺めていた。
「誰かを待っているのですか?」
俺よりも先にカルマナが話しかける。
「この店は孫のアネットが経営しているんだけどね。『糸』が少なくなってきたからと言って飛び出して行ったんだよ」
糸? まさか・・・。
「いつ頃出て行ったんだ?」
「朝だよ。今日はいつもより吹雪が強いから止めたんだけど聞かなくてね」
「婆さん。その糸というのは?」
「『恵みの糸』と言ってね。古くからこの地方に住み着いている精霊から採取できる不思議な糸で、彼らはここから北に進んだクルーザスト山脈に住んでいるんだよ」
フロストヘイヴンの試練は精霊が生み出す糸から生成される宝玉を得ること。
糸と聞いてもしやと思ったが当たりか。
クルーザスト山脈は険しく標高も高い。
一般人がこの天気のなか一人で山脈へ行くのは自殺行為だ。
どうせ目指す場所は同じ。
試練を突破するために必要な『恵みの糸』。
それを集めるために少女が吹雪の中へ消えたのなら、俺たちの試練と無関係とは言えない。
「行くぞ」
婆さんに寄り添うカルマナとジュリエットを尻目にドアノブに手をかけた時、婆さんの慌てた呼びかけに振り向く。
「待っておくれ。気持ちは嬉しいよ。けど、他所から来たあなた方に危険を犯させるわけには・・・」
急にカルマナが目の前に飛び出し婆さんに微笑みかけた。
「素晴らしいお洋服を提供してくれたお礼ですって♪」
「適当な要約するな」
「私はカインさんの思いを代弁しただけですよ。人々に『声』を届けるのは司教の務めですからね」
普段は抜けているくせに、こういう時に限ってまともなことを言う。
「バカなことを言っていると置いていくぞ」
思わずため息を漏らしたくなる猛吹雪。
意を決し、轟音唸る風に吹き荒ぶ、もはや空も地面も区別がつかない一面真っ白な世界へ飛び出した。
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