隠れた盟友たち
夜の帳が降りたオステリア東帝国。シェリダン夫人の手配で行われる秘密の会合の場は、王都のはずれにある古びた屋敷だった。リヤとルマンは、暗闇に身を潜めながらその屋敷へと向かっていた。
「ここに本当に協力してくれる貴族が集まっているの?」
リヤは不安げに囁いた。
「安心しろ。シェリダン夫人が手配した人々だ。彼女が嘘をつくとは思えない」
ルマンの冷静な声が、リヤの胸の奥にわずかな安堵をもたらす。
「でも、彼らが私を信用してくれるかは分からない……」
リヤの声は弱々しかったが、瞳の奥には固い決意が宿っていた。
「それを証明するのは君自身だ」
ルマンは短く答え、屋敷の扉を押し開けた。
屋敷の中は意外なほど静かで、広間には重厚なテーブルが置かれ、その周囲には数人の貴族が座っていた。それぞれが慎重な目つきでリヤとルマンを見つめている。
「リヤ様、よくお越しくださいました」
シェリダン夫人が優雅に微笑みながら迎え入れる。その声が場を和らげたが、貴族たちの目にはまだ警戒心が残っている。
「リヤ様、まずは私たちにお聞かせいただけますか。なぜ、この場にいらしたのかを」
貴族の一人、ブラント侯爵が静かに口を開いた。
リヤは少し緊張しながらも、一歩前に進み出て、彼らに向き直った。
「私は……この国を変えたいんです」
彼女の声は初めは小さかったが、次第に力強さを増していく。
「母が無実の罪で殺され、私自身も『混血』と蔑まれてきました。でも、それ以上に、この国には根深い差別や不平等がはびこっています。それを変えるために、私は行動を起こしたいと思っています」
その言葉に、一部の貴族たちは驚きの表情を浮かべた。しかし、ブラント侯爵は冷静な声で問いを重ねる。
「それは理想としては美しい。しかし、王族としてそれを掲げることが本当に現実的だと思われますか?」
「現実的かどうかではなく、それが必要だからです!」
リヤの声は強い意志を込めて響いた。
「現状を放置すれば、フレリック兄上の差別的な政策で国全体が崩壊してしまいます。私たちには、すべての人々が平等に生きられる国を作る責任があるはずです」
「しかし、あなたがその旗頭となることで、反対勢力から狙われる危険性もあります。それでもなお、進むと?」
別の貴族が問いかける。
リヤはその目をしっかりと見据え、答えた。
「はい。その危険を覚悟してでも、私は進みます。それが母の願いでもあり、私の使命ですから」
その言葉に、広間の空気がわずかに変わった。数人の貴族がうなずき合い、少しずつ信頼を見せ始めた。
「なるほど……」
ブラント侯爵は腕を組み、慎重に言葉を選びながら答えた。
「確かに、フレリック様のやり方に不満を持つ者は多い。リヤ様がその旗頭となるのなら、私も協力を惜しまない」
他の貴族たちも次々に賛同を表明し始めた。リヤは胸の中で小さく息をつき、ほっとしたように微笑んだ。
その帰り道。リヤとルマンは暗い路地を抜け、屋敷へと戻ろうとしていた。だが、突如としてその静寂を破るように影が現れる。
「待て。貴様らを通すわけにはいかん」
黒装束に身を包んだ男たちが現れた。フレリックが放った密偵だ。
「リヤ、後ろに下がれ」
ルマンが即座に剣を抜き、敵に立ち向かう。その動きは迅速で、リヤを守るために一歩も引かない。
しかし、密偵たちの数は多く、次々と襲いかかってくる。
「ルマン、大丈夫!?」
リヤが声を上げると、ルマンは息を切らしながらも振り返らずに答える。
「俺は大丈夫だ。だが、ここは危険すぎる。リヤ、お前だけでも逃げろ」
「嫌よ! あなたを置いて行けるわけがない!」
リヤは周囲を見回しながら必死に隙を探すが、密偵たちの包囲網は狭まっていく。
その時、遠くから馬の蹄の音が響いた。やがて現れたのは、シェリダン夫人の手配した援軍だった。
「リヤ様! こちらへ!」
彼らの助けを得て、リヤとルマンはようやくその場を脱出する。
屋敷へと戻ったリヤは、無事であったことに安堵しながらも、フレリックの手がここまで迫っていることに恐怖を覚えた。
「彼はどこまでも私たちを追い詰めようとしている……」
リヤは悔しそうに呟いた。
「だからこそ、俺たちもさらに力を集める必要がある」
ルマンがそう言いながらリヤを見つめる。
「ええ、分かってる……私は諦めないわ。お母さまの願いを叶えるために、絶対に進む」
リヤの瞳には再び強い決意が宿っていた。その決意が、新たな動きを生む大きな一歩となることを、彼女自身も確信していた。