疑念の中で
翌朝、リヤたちは市場に向かい、再び街の様子を探ることにした。前日の犬たちの不安そうな行動が気になっていたキーノは、市場の片隅でまた別の犬たちと接触を試みてうry。
「おい、落ち着け」
しゃがみ込んで犬たちの目を覗き込み、キーノが低い声で語りかける。周囲の人々はその様子を遠巻きに見ている。犬たちは一瞬警戒していたが、キーノの落ち着いた雰囲気に安心したのか、やがて静かに唸りを上げながら尻尾を揺らし始めた。
「何を感じているんだ?」
キーノが犬の動きを観察しながら呟く。その表情は真剣そのもので、彼の耳が微かに震えていた。
その時、ひとりの女の人が急ぎ足でリヤたちの元に駆け寄ってきた。
「王女様、ありがとうございます!」
「えっ?」
突然の感謝にリヤが驚いて振り返ると、その女性は息を切らしながら続けた。
「息子の熱が下がったんです! あの時、あなたたちがくれた薬草のおかげです。本当に、本当に助かりました!」
「息子さんの熱が……?」
リヤは眉をひそめた。確かに流行り病が始まる前に、その女性に薬草を渡した記憶はあったが、渡したのは毒消しの薬草だったはずだ。
「でも、私たちが渡したのは毒消しの薬草でした。それが効いたんですか?」
「はい。熱さましが全然効かなくて、でも、どうにかしたくて毒消しを飲ませたら……熱が引いたんです」
女性は泣きそうな顔で言った。
その言葉に、リヤとルマン、そしてキーノが同時に顔を見合わせた。
「毒消しが……熱に効いた?」
リヤが困惑した表情で呟く。
「普通なら考えられない話だ」
ルマンが低い声で言いながら腕を組んだ。
キーノは耳を動かしながら、再び犬たちに目を向けた。
「毒が原因だとしたら、話はつながる。犬たちが不安そうにしているのも、何か毒に関連しているのかもしれない」
「毒……それなら、どこかに原因があるはずね」
リヤは視線を市場全体に向けながら考え込んだ。
「キーノ、犬たちがどこを気にしているのか、もう少し探れる?」
リヤが尋ねると、キーノは力強く頷いた。
「任せてくれ。奴らが何を感じ取っているのか、もっと詳しく聞き出してみる」
彼はそう言うと、犬たちに再び声をかけ、ゆっくりと歩き始めた。
犬たちはキーノに従うように進み、やがて市場の端にある古い井戸の近くで立ち止まった。尻尾を下げ、低く唸りながら周囲を見回している。
「この井戸か……」
キーノが小さく呟いた。
リヤが井戸の縁に近づき、中を覗き込む。
「何かあるのかしら? 水脈がこの街全体に広がっているなら、ここが問題の原因になっている可能性も……」
「病気の発症者が多い地域と、この井戸がつながっているかもしれない」
ルマンが地図を広げながら言った。
その夜、宿に戻ったリヤたちは、地図を使って水脈の流れを詳しく調べ始めた。市場で情報を集めた結果、病気が広がっている地域はほとんどが、ある水脈を利用している井戸を使う家庭に集中していることが分かった。
「やっぱり水脈に問題がある可能性が高いわ」
リヤは地図を指さしながら言った。
「水を通じて毒が広がっているのか?」
ルマンが険しい顔で呟く。
キーノが低く唸り声を上げた。
「あの犬たちの反応を見る限り、何かが確実におかしい。この水脈を辿れば、原因が分かるかもしれない」
「水脈を調べるのは簡単なことじゃないわ。森や地下を掘る必要があるかもしれないし、時間もかかる……」
リヤは少し不安げに言ったが、キーノは力強く頷いた。
「俺たち獣人族なら、それができる。自然の中で感じ取れるものがあるはずだ」
リヤはその言葉に励まされるように微笑み、再び視線を地図に向けた。
「原因が分かれば、この病気を止める手がかりになる。諦めずに調べましょう」
こうしてリヤたちは、水脈の調査という新たな試練に挑む決意を固めた。