表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/66

信頼の香り

市場の朝は、活気に満ちていた。商人たちの声が飛び交い、人々が行き交う中で、リヤはまっすぐにその中心部へと歩みを進めていた。昨日の屈辱的なやり取りを思い出しながらも、彼女の足取りには迷いはない。


「今日は、どのように動くつもりなんだい?」

ルマンが隣から声をかける。彼の赤い瞳は彼女を見守りながらも、どこかに不安を秘めているようだった。


リヤは少し微笑んで答えた。

「昨日の商人たちが何を恐れているかは分かったわ。信用を失うことと、利益がないこと。それなら、彼らが得をする方法を提示すれば、話を聞いてもらえるはずよ」


ルマンは彼女の横顔を見つめ、静かに頷いた。

「君の決意が伝わることを願っている。だが、無理をしすぎないでくれ。君は……一人で抱えすぎているように見える」


その言葉に、リヤは少しだけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

「ありがとう。でも、私はやり遂げなきゃいけないの。これは私自身の使命だから」


リヤが最初に目をつけたのは、薬草を売る年配の女性商人の店だった。昨日見た店と違い、彼女の店には人だかりができていたが、客たちは商品の効果に半信半疑な様子だった。


「これは本当に効くのか?」

「匂いも形も同じに見えるが、どれが一番効果的なんだ?」


そのやり取りを聞いて、リヤはふと考え込んだ。森で見た獣人族の嗅覚――薬草を瞬時に見極めるその能力が、この場で役に立つのではないか、と。


リヤは店先に歩み寄り、商人に声をかけた。

「あなたの商品を試す方法があります。よろしければ、私にお手伝いさせていただけませんか?」


商人は最初、リヤを見上げて微笑んだが、彼女の耳に気づいた途端、その表情が硬くなった。


「おや、あなた……あの王族の混血だって噂の?」

「ええ、そうです」


リヤは動じることなく頷いた。


「ですが、それは関係ありません。あなたの商品が優れていると証明できれば、もっと多くの人に信頼してもらえると思うのです」


商人は怪訝そうな顔をしたが、リヤの真剣な目に負けたのか、しぶしぶ頷いた。

「分かったわ。でも、どうやって証明するつもり?」


リヤは振り返り、森から連れてきた若い獣人族の女性を呼び寄せた。彼女は一瞬尻込みしたが、リヤが穏やかな笑顔で励ますと、前に出てきた。


「彼女の嗅覚を使えば、最も効果的な薬草を見つけられます。それを実際にお客様に見せてみましょう」


獣人族の女性は商品を一つずつ手に取り、慎重に匂いを嗅ぎ分けていった。そして、ある薬草を手に取り、小さく頷く。


「これが最も効果が高いわ。他のものは乾燥しすぎていて、成分が薄くなっている」


周囲に集まっていた客たちが驚きの声を上げた。商人自身もその正確さに目を見張り、他の商品と比べると確かに彼女の言う通りであることが分かった。


「こんなことが本当に……」

商人は信じられないような表情で呟いた。


リヤは微笑みながら言った。

「どうですか? 獣人族の力を活用すれば、あなたの商品をさらに価値のあるものにできるでしょう」


商人はしばらく沈黙したあと、小さく頷いた。


「確かに、この力はすごい。でも、だからと言って簡単に信用は……」

「信用は、一歩ずつ築き上げるものです」


リヤは冷静に言葉を続けた。


「それに、この力を見せ続ければ、やがてそれが偏見を超えると信じています」


商人は複雑な表情を浮かべながらも、少しずつ心を開いていくようだった。


その日の午後、リヤが市場を歩いていると、別の商人が声をかけてきた。野菜を扱う若い男性で、彼の目には興味と期待が混じっていた。


「王女様、さっきの話を聞きました。もしよければ、俺の店の商品も試してみてもらえませんか?」


リヤはその言葉に一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。


「もちろんです」


商人は複雑そうな笑顔をのぞかせる。

やはり一朝一夕には、差別はなくならない。


その夜、リヤとルマンは宿に戻り、小さな部屋で肩を並べて座っていた。窓の外では市場の明かりがちらちらと瞬いている。


「少しだけ進んだわ。でも、まだこれからね」

リヤは静かに呟いた。


ルマンは彼女を見つめ、少し微笑んだ。

「君は素晴らしい努力をしている。きっと母上も君を誇りに思っているだろう。でも、どうか自分のことも大切にしてくれ。君が倒れてしまえば、誰も君を助けられない」


その言葉にリヤは一瞬驚いたが、やがて小さく頷いた。


「ありがとう。気をつけるわ。……でも、まだ終わらせられないの」


彼女の瞳には、さらなる挑戦への決意が輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ