第7話 カインの休息
熟睡出来たのは何年振りだろうか。
アイーズさんの家には最新の医療魔道具が揃えてあった。
今俺が使っているのは、高魔力回復薬を入れた容器に繋がれた管が俺の腕と繋がっていて、一定時間で一定量の回復薬を摂取出来る仕組みの物らしい。
寝ている間も魔力切れの心配がない優れモノだ!
是非、自分用に売って欲しいのだが……
「申し訳ありません。お父様が特注で作らせた物なのでお売り出来ませんわ」
ナチュラルに思考を読んで会話してくるアイーズさん。
それに、今迄気にしていなかったが、邪な思考は厳禁だよな。
「一向に構いませんわ。もう慣れておりますので……」
「……分かりました」
まあ、別に良いか。
アイーズさんは嫌な事は嫌と言ってくれるだろうから、俺が遠慮してても仕方ない。
「……カインくんは変わった方ですわね」
アイーズさんはそう言って微笑んだ。
「ところでハルは今何処に?」
「まだ眠っておりますわ。ご案内します」
アイーズさんに連れられてハルが居る部屋に着いた。
ハルは豪華なベッドの上でスヤスヤと眠っていた。
「ハル……」
「……う、ううん。……カインくん、おはよう」
丁度、ハルが目を覚ました。
「……狸寝入りがお上手ですこと」
「何で分かったの!?」
どうやら俺が来るまで寝た振りをしていたようだ。
「しっかり話して下さいな。今後の事も決めないといけませんので……」
そう言って、アイーズさんは部屋を出て行った。
「……………」
「……………」
何故か緊張してしまって言葉が出ない。
俺は沈黙に耐えきれず、部屋の窓から広い庭を眺めた。
美しい庭だった。
芝生が敷きつめられて、綺麗に花木が手入れされている。
だが、ある地点を境に地面が抉れ、焼け野原になっていた。
俺はすぐに目を逸らした……
「な、なあ。俺から話して良いか?」
「う、うん」
ハルがベッドの上で姿勢を正して畏まる。
俺もベッドに腰掛けてゆっくりと話し始めた。
「俺の事を全部話すよ。驚くかもしれないけど、取り乱さずに聞いてくれ。どう思うかはハルの自由だけど、その気持ちをちゃんとハルの口から聞きたい」
「……分かった」
………
……………
…………………
どれくらい経っただろうか。
幼い頃から今までの事を語り続ける。
感情は込めずに只々淡々と……
漸く話し終える。
気が付くとハルが涙を流していた。
「大丈夫か?」
「それは私の台詞だよ……。そんなになるまで……どうして……」
「ハルが死ぬのは嫌なんだ……」
俺は幼い頃に決めた決意を口にした。
「でも……でも!このままじゃ、カインくんが……」
「当てはあるんだ。エルフ国の魔王ミリアに『万能完全回復薬』を譲って貰う約束をしてる。それがあればハルの呪いも消える筈だ」
「本当!?」
「でも、今はエルフ国は戦争中らしい。だから、俺の方からエルフ国に出向こうと思ってる」
「か、カインくん。私も……」
その時、部屋のドアが勢い良く開いた。
「話は聞かせて貰いましたわ!不肖、このアイーズ・ハミルトンがカインくんの手となり、足となり、魔力となりますわ!」
「アイーズさん?」
いや、侯爵令嬢を私事で戦争中の国に連れて行くわけにはいかないだろ……
「大丈夫ですわ。お父様には既に許可を貰っております。存分に力を振るって来いと」
「……何で俺がエルフ国に行こうとしてるの知ってるんですか?」
「カインくんの思考は読みやすいので、先読みしてお父様に相談しておりましたの」
「マジかよ……」
た、確かに、アイーズさんが一緒に来てくれれば頼りになるが、もしアイーズさんの身に何かあっても責任取れなくないか?
「私はそのような狭量ではございませんわ!」
「う〜ん」
「取り敢えず、今から食事にしますので、お父様と会ってお決めくださいませ」
「……えっ?」
そんなの聞いてないよ?
今から侯爵様に会うの?
俺がうんうん唸っていると、ハルが俺の肩を叩いた。
振り向くとハルは頬を膨らませていた。
「私も行くから!!!」
ハルとアイーズさんが言い合っているのを横目に見ながら、俺は先程の事を考えていた。
ハルには悪魔と遭遇した時の事も話したのだが、やはり記憶が抜け落ちているようで全く思い出せないらしい。
あの時、悪魔は確かに「願いは叶えた」と言った。
ハルは一体何を願ったのか……
食事の準備が出来たとの事で、正装に着替えて待っていた俺達も食堂に向かった。
こんな立派な服着たことないし、変な所ないよな?
逆にハルは派手な貴族のドレスを十分に着こなしていた。
何処ぞの貴族の令嬢と言われても違和感がない。
「えへへ。カインくん、どうかな?」
「ああ、凄く似合ってるぞ」
「ふふ。凄く嬉しい」
「アイーズさんにお礼言わないとな」
「……うん。昨日の事も謝りたい」
「因みにアイーズさんは人の嘘が分かるから気を付けろよ」
「わ、分かった……」
ハルにはアイーズさんが心が読める事は伝えなかった。
言いたくなったらアイーズさんが直接言うだろう。
俺は平気だが、ハルも同じだとは限らないしな。
メイドさんに案内されて食堂に入る。
その部屋には、白くて長いテーブルに豪華な椅子が並べられていた。
そして、アイーズさんとアイーズさんに似た妙齢の女性……母親かな?それと、恰幅が良い男性が居た。
顔が何かに似ている気がする………そうだ、タヌキだ!
「ぶふっ!!」
アイーズさんが噴き出した。
アイーズさんの両親は娘のそんな姿を見て笑っていた。
「さあ、そこの席に掛けてくれたまえ」
促されてぎこちなく席に着く。
「先ずは自己紹介かな?私は此処から南東にあるハミルトン領を治めているランド・ハミルトンだ」
「妻のテレーズですわ」
やべぇ。本物の侯爵様だ。何かオーラみたいなものが出てる気がする。
「えっと、お……わ、私はカインと言います。アイーズさんには日頃から良くして頂いております」
「わ、わた、私はハルと言います!アイーズさん、昨日はごめんなさい!」
ハルが勢い良く頭を下げた。
それは多分今する事じゃないぞ……
「過ぎた事ですわ。ハルさん、顔をお上げになって下さい」
だが、アイーズさんはその寛大な心でハルをお許しになられた。
まるで聖母神ルイースが降臨なされたかのようだ。
「……カインくん?」
「いえ、何でも……申し訳ありません」
頭の中で巫山戯ていたら注意された。
すると、そんな俺達を見て侯爵様が話し出した。
「カインくん、私は君に凄く感謝している。我が愛娘はとても心が強い子だ。だがそれ故に、初級魔法を使えない事にずっと苦悩していたんだ。しかし、ある日魔法が使える様になったと笑顔で報告しに来た。それから間を置かずに中級魔法、高位魔法まで……。私は何が起きているのか分からなかったよ。だが、我が娘のあの心から嬉しそうな顔を見たのは私も初めてだった。……カインくん、君は我が娘と相性も良い様だ。どうだろう、娘の婿として我が家に来てくれないだろうか?」
「……えっ?」
「お、お父様!?」
今、婿って言ったのか?
婿は結婚相手の妻の家系に入る事で……
「……だ、ダメです!だって、カインくんはすぐに此処を発ちますから」
ハルが勢い良く立ち上がった。
「……そう言えばそうだったな。どうも気が急いたようだ」
「……あなた、食事にしましょうか?」
「そうだな。さあ、我が家のもてなしだ。存分に味わってくれ」
ふう。
何とか切り抜けた……のか?
その後は食事をしながら雑談した。
アイーズさんを指導した時の方法を教えて欲しいと言われたが、「私は特別な事はしてないです。アイーズさんの努力の成果です」と言ってやり過ごした。
あの特訓方法はとても人に話せるものではない。
もしバレたら俺は処刑されてしまう……
アイーズさん、黙っていて下さい。お願いします!
俺は心の中で叫んだ。
「あのスパルタなカインくんも素敵でしたわ。また私の事を貴様と呼んで罵って欲しいですわ」
「わあああ!!!ああああ!!!」
俺は全力で誤魔化す。
アイーズさんは何故か恍惚の表情を浮かべていた……