第22話 カインの魔法
『あなた、キモい……』
聖母神ルイースのお告げはその一言だけだった。
だが、そのせいで聖女マリアンヌは精神が崩壊し意識ごと消滅した。
同時に彼女が作ったであろう人格を伝承する魔法も効果を失う。
周囲に響き渡る謎の絶叫と共に歴代の聖女の意識が消えていき、残ったのは聖女マイナただ1人だけとなった。
「……カイン様。本当にありがとうございます」
聖女マイナの両目から涙が溢れる。
自分の中に多数の人格があるのは余程辛かったのだろう。
「今度は私がカイン様をお救いします。と、言いたい所なのですが……」
「殆どの魔法を使えなくなったんだな」
「はい。歴代の聖女達が使っていた魔法が彼女達と共に消滅致しました。生憎私が使えるのは『魔力譲渡』のみ。聖騎士達を強化する目的で聖女に選ばれました」
聖母神ルイースの加護による無尽蔵の魔力と永い年月によって蓄えられた様々な魔法。
これでメンタルも強かったら……
いや、無意味な推測は止めておこう。
俺達は勝ったのだから。
ん?ちょっと待て……マイナは今『魔力譲渡』と言ったか?
無尽蔵の魔力を持つ者が他人に魔力を与える事が出来るなら、それは誰もが無尽蔵の魔力を扱えるのと同義だ。
それでハルに掛けた魔法を肩代わりして貰えば……
だが、マイナの立場を考えると自分達の旅に同行するのは難しいだろう。
ハルの呪いを解くのが主目的である以上、最悪の場合は無期限に連れ回す事になるだろうし。
「継承の儀を行えばカイン様に同行する事は可能です。ですが、ルイース様の加護が後継者に移ってしまいます……」
ダメ元で提案してみると、悔しそうな顔のマイナにそう告げられた。
加護自体は強力だが、そこまで都合が良いものでもないらしい。
『加護はそのままにしてあげる。何か面白そうだし……』
「うおっ!!」
「ルイース様!?」
会話中に急に脳に声が聞こえたのでビビった。
どうやら姿は見えないが、聖母神ルイースはまだ去っていなかったようだ。
『あなた、面白い。そこのハルって言う子の呪いは悪魔王ベルザークのもの。その子が今も生き残っているのは奇跡としか言いようがない』
「あの悪魔の事知ってるんですか!?」
自分でも調べようと思っていたが、こんな所で情報を得られるとは思わなかった。
『あの悪魔がどの悪魔かは分からないけど、『絶命』の呪いを使えるのはベルザークだけ』
「『絶命』……」
『……やっぱり気になる。その子何で呪いを受けたのに生きてるの?』
何でと言われても……
ルイースにハルの身に使っている魔法を説明した。
『ふふ。そんな力技聞いた事ない。あなた面白い』
こちらとしては面白くするつもりでやっている訳ではない。
今は魔導具のおかげで支障は少ないが、眠れないのは身体的に結構きつかったからな。
『……聖女マイナ。今からあなたに憑依する。1人分だけだから平気』
「えっ?」
マイナの体が一瞬跳ねたかと思うと、カッと目を見開いた。
「『これで常にあなたを観察出来る』」
耳と脳に2重に声が響いてきた。
ルイースが喋るとこんな感じになるらしい。
「いやいやいやいや!魔法で間接的に見れば良いでしょ!?」
「『……面倒臭い』」
「マイナも言う事あるだろ!」
「ルイース様に憑依して頂けるなんて至極光栄に存じます!」
「『ほら、問題ない』」
「……もうヤダ」
こうして、同行人が増えた……
「……カインくんは滅茶苦茶ですわね」
気絶していたアイーズさんが目覚めたので事の顛末を説明した。
やはり、歴代の聖女全員の意識がまとめて頭に入って来たせいで、処理が出来なかったらしい。
あと、滅茶苦茶なのは俺じゃない!
その後、ラゼが団長の3人を引きずって戻って来た。
「おお。泣き虫ルイースがおるぞ!」
「竜王……」
「『奴は隙を見て殺るから大丈夫』」
大丈夫じゃねえ!
そんな物騒なパーティーは嫌だ!
「……ま、マイナ様、申し訳ありません」
「貴女達のせいではありません。途中で加護が消えてしまったのでしょう?」
「はい。暴れ回って手が付けられなくなってしまい……」
比較的軽症のシーナさんが代表して謝罪した。
先んじて戦った事があるおかげだろう。
ラゼとハルの戦闘は力比べで行動を制限したから上手く行った部分もある。
あの膂力で動き回られたら的を絞るのも一苦労なのは明白だ。
「『私はルイース。あなた達はまだまだ鍛練不足。竜王を殺せるまで鍛えるのが目標』」
「ま、まさか、ルイース様!?……畏まりました。今後も研鑽を続けたく存じます」
「『頑張れ、応援してる』」
「はい!!」
シーナさんが目を輝かせて返事をした。
具体的な案を示さずに応援するだけと言うのは、上に立つ者としては無能である。
急に決まった聖女の交代だが、明日までに次世代の聖女候補の中から選んで決めるそうだ。
いきなり聖女を任される人のプレッシャーが凄そう。
時間が空いたので、マイナの『魔力譲渡』で俺の魔力を回復して貰った。
今ならハルに使っている魔法陣を最新のものに入れ替える事が出来る筈だ。
消費魔力軽減や魔力効率上昇、魔法陣の持続時間延長など、これで更に負担が減って魔法を使う余裕が……
「カインくん……」
「やっとですわね。まだ解決してはおりませんが」
魔法を使えると分かった途端に無意識に涙が溢れて来た。
「『……おかしい。全然満たされない。私の魔力量が足りない?』」
「えっ?今迄、魔力が切れた事はありませんでしたが……」
どうやら無尽蔵の魔力の正体はルイースの魔力量の上限だった様だ。
「『何で神族一の魔力量を持つ私より人族のあなたの方が多い?』」
「何でと言われても……」
神族の魔力量上限を知らないので何とも答えようがない。
自分のもある時期から把握しきれなくなったので放置状態だったし。
「『私の唯一の取り柄が……』」
急に脳内に啜り泣きが聞こえて来た。
メンタル弱過ぎでは!?
泣き虫ルイースの名は伊達では無い様だ。
「ルイース様。この場に居る全員があなたが神である事を疑っていません。あなたは聖母神ルイースです。あなた様を信じる我等人の子をどうか導いて下さい。それに、俺もルイース様の事は沢山知りたいです」
「『ありがと。初めて優しくされたかも……』」
俺のフォロースキルが発動したおかげで少しはメンタルが回復した様だ。
勿論、ラゼの口はハルに抑えて貰っている。
「『あなたの側は落ち着く。今後は此処が私の定位置』」
すると、急にルイースが俺の隣に来て腕を組んで来た。
「ちょっと待って!そんなの聞いてないよ!」
「ポッと出の神如きに奪われる訳には参りませんわ!」
「何だ、あいつを殺るのか?私も混ぜろ!」
この時、ルイースが憑依した事によって、思考を読めなくなっていたマイナが1人ほくそ笑んでいた事を誰も知らない……
マイナに隣に付いて貰ったまま、ハルの魔法陣の上書きを行う。
魔法を使うのは久々だが、イメージはしてあるので多分大丈夫だ。
「先ずは、『立体魔法陣』を幾つか発動して……」
俺の周りに球体の魔法陣が現れた。
「『これ何?』」
「綺麗……」
「『多重魔法陣』を隙間なく重ねたものですね。魔力があれば誰でも出来ますよ」
「『…………』」
『多重魔法陣』は2〜5枚程度の間隔が空いた魔法陣を通過させて効果を高める魔法だ。
対してこれは一個の球体につき20枚は重ねてあるので効果もそれなりに高い。
「次は……助手がいるな」
俺は『魔力物質化』で仮面を被った人型を2体作り出した。
「『これは?』」
「怖い……」
「『魔力物質化』ですね。ハルにも教えてあります」
人型にも魔法を唱えさせ待機させておく。
俺の意思で動いてくれるから間違いも起きない。
全力だと何体くらい作れるのだろうか。
後は、自分で『並列思考』と『高速思考』を唱えて、別の魔法を宙空に3つほど待機させた。
「『この魔力の塊は何?』」
「凄い……」
「『魔力包装』ですね。唱えた魔法を魔力でコーティングして維持出来ます」
さあ、準備完了だ。
……………
…………………
………………………
結論、魔法陣の入れ替えは上手くいった。
だが、相変わらず消費魔力は多いので、俺が使えるのも初級魔法までだろう。
「ふう。終わりました。マイナ様、ありがとうございました」
「……えっ?いえ!私にはこれくらいしか出来ませんし」
「『魔力譲渡』があったから出来たんですよ。これくらいなんて言わないで下さい」
「カイン様……」
久々に全力で魔力を扱えて楽しかったしな。
正面のハルを見ると口を開けて驚いたまま固まっていた。
「ハル、口が開きっぱなしだぞ?」
「……う、うん。でも、前より体が軽いかも?」
「ハルが動きやすい様に身体補助系の魔法陣を幾つか追加してるからな。動きやすくなったら余計な魔法を使わなくて済むかもしれないし」
ハルがその場で跳ぶと、浮き上がったまま暫く落ちて来なかった。
「浮いてるよ!?」
「重量軽減の魔法だな。『天使の翼』の消費魔力が減ると思う。後は『並列思考』と『高速思考』、『魔法障壁』をデフォで付けたから戦いやすくなった筈だ」
ハルの戦いには安全マージンを取っているとはいえ、今後強敵が現れるとも限らない。
備えはし過ぎてもし足りないのだ。
ハルの強化ぶりに満足していると、隣に居たルイースに袖を引かれた。
「ん?どうしました?」
「『あなた、キモい……』」
「同感ですわ」
「同感だな」
……何で!!?