第21話 カインの救済
侍女のマインから無理難題を吹っ掛けられてしまった……
ただの一侍女から心配されると言う事は、余程鬼気迫った状況なのだろうか。
若しくは、聖女が慕われ過ぎていて周りが過保護気味になっているのか。
一旦、聖女に会って直接聞いてみないと何も分からないな。
その後、皆と合流し聖女と面会の時間となった。
ステンドグラスが日光の色を変え、広間は独特の雰囲気を醸し出していた。
聖女は一枚の薄い暗い魔法障壁が隔たった場所に座っており、その容姿は確認出来なかった。
『遠路遥々良くお越し下さいました。シーナさんの知り合いと言う事で、急ぎ事を済ませて来た次第です』
声も直接ではなくフィルターを通した様なくぐもった声だった。
「聖女マイナ様、今日はお忙しい中時間を作って頂きありがとうございます」
『構いません。『愛』は全ての者に等しく分け与えるものですから』
「他人が集めた財産までも『愛』と一括りにするのはどうなんだ?」
早速、ラゼが言葉で詰めていくが、この話題に関しては当人達の問題なので、黙って聖女の反応を待った。
『……陰気な山の奥に隠れ棲む忌まわしき大蜥蜴風勢が、よくも私の要求に背けたものですね。あの時と同じ結果にはなりませんよ』
「どうやら死にたいらしいな。お前の望み通り肉の一片も残らず喰らってやる!」
ブチギレたラゼが障壁を破壊し聖女に迫るが、お付きの聖騎士の剣に止められた。
「マイナ様には指一本触れる事は許さん!」
「リーモ!」
シーナさんが呼んだ名は以前聞いた第1騎士団の団長の名だった。
それに、障壁が無くなった事で聖女マイナの姿も見える。
「……マイン?」
「カイン様、どうか私を救って下さいませ」
彼女は泣きながら微笑んでいた。
聖女が侍女のフリをして俺に近付いた理由は何だ……
アイーズさんなら何か!
この状況では四の五の言っていられない。
だが、アイーズさんを見ると苦悶の表情を浮かべていた。
「……多重人格ですわ。複数の意識が雪崩れ込んで来て……頭が………」
アイーズさんは前のめりに倒れてそのまま気絶した。
「アイーズさん!」
アイーズさんが簡単に無力化されてしまった。
……いや、勝手に無力化した!
「リーモさん、タヨンさん、シーナさん、私を護りなさい!」
「「「はっ!!」」」
部屋の外に待機していた第2騎士団の団長まで合流して、聖女は護りを固める。
「竜王ですか。相手には不足なしと言った所……『神の恩寵』!!」
3人の団長に聖女の加護が掛かる。
パッと見だけで、『多重身体強化』『多重魔法障壁』『多重自動回復』の効果が分かった。
詠唱飛ばしの複数の高位魔法の重ね掛けだ。
もう無茶苦茶だろ!
どうやら、聖女と言う存在はその力を代々受け継いでいるのでは無く、奇妙な力で過去の聖女の人格を憑依させ疑似的な不老を実現している様だ。
知識と経験が年数分積み重なって、最早化け物じみた強さになっているに違いない。
「大蜥蜴よ。この場から立ち去りなさい!」
聖女の合図と共にシーナさん達3人の団長がラゼに攻撃を仕掛ける。
その勢いで部屋の壁をぶち破り外へと消えて行った。
「残るは貴方達ですが、忌まわしき竜と炎の化身を連れて一体何を成しに来たのかお聞かせ願えますか?返答次第によっては悪として断罪しなければなりません」
その言葉とは裏腹にその顔は醜悪に染まっていた。
この聖女はどう返答しても無駄な気がする。
あれは人を甚振るのを好む奴がする顔だ。
それに、あのマインの言葉が俺の中で引っ掛かっている。
「ハル。聖女と戦えるか?」
「えっ?でも……」
「どうやら今の聖女は過去の怨念に囚われているみたいだ」
「怨念……」
「俺は聖女を救ってやりたい。もしハルが嫌なら諦めるけど……」
「……分かった。やってみるね」
ハルが了承してくれた。
後は俺の交渉次第だが……
「聖女マイナと話がしたい」
一瞬の間の後に聖女の顔付きが変わった。
「カイン様、どうするおつもりですか?」
「マインから救ってくれと頼まれたからな。過去の聖女達をいい加減成仏させてやる」
他人を乗っ取ってまで長生きするのに執着するのは最早アンデッドと言っても過言では無いだろう。
「但し、戦うのは俺じゃなくてこっちのハルだ。俺は魔法が使えないからそこは大目に見てくれよな」
歴代の聖女達から非難の声が上がる。
やれ卑怯者だとか、屑野郎だとか、玉無しだとか。
後半は聖女が口にしてはいけない言葉が混じっていた。
「無尽蔵の魔力があるのに怖気付いてるのか?純粋な魔法の勝負だぞ」
「分かりました。そこまで言われるのでしたら、聖女として逃げる訳にはいきませんね」
マイナが勝手に仕切ってくれた。
「良いだろう。だが負けたらお前達は『信徒の奴隷』として生涯を尽くして貰うぞ」
「ハル、大丈夫か?」
「うん、カインくんを信じるよ!」
此処まで来たらもう負けられない。
俺の知識をフル稼働してやってやる!
「ハル。俺が指示を出した時は従ってくれ。魔法陣も何個か渡しておくからな」
「それ以外の時は勝手に動いて良いの?」
「ああ、ハルの戦闘センスはずば抜けてるから、きっとやれると信じてるよ」
「うん!やってみる!!」
色々と準備を済ませて、ハルが聖女と対峙する。
「幾ら策を練った所で全ては無駄です」
「蹴散らしてやるわよ」
「聖母神ルイースに楯突く不遜な輩よ。その身を以て罪を償いなさい」
思考が複数あるのは厄介だが、どうにか切り崩したい。
俺はハルに託した『集音』の魔法陣で指示を出す。
「そんなに意識が沢山あったら不便そうですね。誰が一番優れているとかで喧嘩しそう」
「そんな迷言如きで動揺するとでも?」
「だって、もしかしたら内心で序列付けてる人とか絶対に居ると思う。私より醜いとか、独身女で終わった憐れな人とか?」
「聖女は生涯独身なのです。聖母神ルイースは男の存在を許しません」
「「「……えっ?」」」
「今のは誰ですか!?まさかこの中に男に体を許した不届き者が居ると!?」
聖女の中の何人かが反応した。
聖母神ルイースは周りからハブられてたみたいだから、男神を嫌悪していたと予想してみたが当たっていた様だ。
「何と穢らわしい事でしょう!この戦いが終わったら意識を消滅して差し上げます!」
「枯れた女が何勝手に仕切ってるの?ルイース様は全ての『愛』をお認めになってるんだから男と愛し合ったって良いでしょうが!」
「そうよ!生涯独身とか言いつつ男に相手にされなかっただけでしょうに!」
「……………良いでしょう。もう貴女達の様な阿婆擦れの意見は聞き入れません。私、初代聖女マリアンヌが未来永劫聖女として生き続けます!」
「このお局ババアが!」
「理不尽よ!歳食ってるだけで偉そうにするんじゃないわよ!」
「………」
「………」
段々と聖女達の声が減っていき聞こえなくなった。
「……さあ、漸く邪魔者達は消えました。聖母神ルイースの正統なる信徒である私、聖女マリアンヌがお相手致しましょう」
此処まで効果があるのは計算外だったが、まだ終わってはいない。
「聖女マリアンヌ様。戦う前にもう一つ聞いておきたい事がございます」
「……私に今更揺さぶりは効きませんが、一体何でしょうか?」
「近年、聖母神ルイース様は顕現なされていないと聞きました。もしかしたらですが、敬虔な聖女が居なかったせいで見捨てられたのでは?」
「何を言うかと思えば、その様な戯言を……」
聖女マリアンヌは反論しようとしたが、途中で止まってしまった。
「まさか、そんな……確かに私の呼び声にも全く反応なさらなくなりましたが、今ならきっと大丈夫な筈です!」
意を決した様に祈りの体勢を取る聖女マリアンヌ。
だが、暫くしても辺りは静まり返ったままで何も起きなかった……
「ルイース様!私です、マリアンヌです!どうか、我が呼び声にお応え下さい!」
宙空に向けて叫ぶが何も起きない。
「どうしてお応え下さらないのですか!私は死を超越してまで今迄貴女様にお仕えして来ました!是非、一言だけでも貴女様のお言葉を!!!」
必死の訴えが通じたのか、広間が眩い光に覆われて聖女マリアンヌに神託が下った。
『あなた、キモい……』