第20話 カインの入浴
シーナさんの騎士団の馬車に乗って聖王国リーミティアに向かう。
聖王国の聖騎士団は3つに別れており、それぞれの役割を交代で担っている。
聖都ナラグシャの守護と警邏部隊。
聖母神ルイースの教えを広める宣教部隊。
聖女マイナの加護の元で己を鍛える鍛練部隊の3つだ。
最後の1つが特殊だが、個人がそれぞれ強くなれば必然的に集団が強くなるのは自明の理だ。
シーナさんは第3騎士団の団長の座に就いており、付けられた渾名が『天来白夜』と言うらしい。
……意味は分からないが響きがカッコいい。
偶々、宣教の為に訪れていた故郷の街で俺に再会した様だ。
歳も俺達と殆ど変わらないのに、騎士団一つを任せられるのは単純に凄いな。
「次があるなら是非各々と一騎打ちをしたいですね」
「……私の『聖なる審判』で貴女を滅して差し上げますわ」
「私も負けないよ!」
「我も一聖騎士如きに負ける気はせぬな」
揃いも揃って血の気が多い連中である。
「確か、戦時の聖騎士には聖女の加護が与えられるんだっけ?」
「そうですね。詳しく申し上げる事は出来ませんが、聖女マイナ様の無尽蔵の魔力により、全ての聖騎士が加護を受けております。……あっ、勿論カイン様だけでしたらお教え出来ますからね」
無尽蔵の魔力か……
魔力を切らさない方法を調べた事があるが、多分その内の一つを確保しているのだろう。
神の寵愛、龍脈の交わり、伝説の魔導具など、いずれも条件が限られているため俺には無理だった。
因みに、アイーズさんの『聖なる審判』は異例過ぎて参考にはならない。
聖女の加護は気になるが、今から頼み事をする相手の事をあれこれ詮索するのは失礼な気がした。
「いや、気になってるだけだから別に詳細は知らなくても大丈夫だ」
「やはりカイン様は謙虚な御方ですね。お付きの方達も見習って欲しいものです」
「あっ。今のに関してアイーズさんは何も言えませんからね」
「……先読みしないで下さるかしら」
どうせ「私こそが謙虚が具現化した存在ですわ!」とか言いそうだし。
「ぐぎぎ……」
令嬢が歯軋りしてる時点で論外だよ……
「ハルさん、先程は無礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」
「別に良いよ。シーナさんにも思う所があるんだよね?」
「はい。ハルさんの意思とは関係なく、お2人の関係に何かしらの影響が及んでいると思っています」
全ては聖女マイナに会えば判明する筈だ。
順調に旅は続き、聖王国に入る事が出来た。
立ち寄る村や街には必ず聖母神ルイースの像が祀ってあるので、改めて信教者の国だと感じる。
聖母神ルイースの教えは一言で言うと『愛』だ。
敬愛、慈愛、憎愛、情愛など、ありとあらゆる愛を容認し救いとする。
愛の力で個を救い、やがて世界を救うらしい。
その教えを具現化する為には武力が必要で、教えを広める為には他者を排さなければならない。
まるで、エセ宗教の謳い文句である。
「カインくん、くれぐれも聖女に失言などなさらないようにお願いしますわ」
「大丈夫ですよ。悪い見本が近くに居ますから」
「…………」
アイーズさんにだけは言われたくない。
カイン語録に対抗して、アイーズさんの失言集でも作ってやろうか!
「ねえ、シーナさん。聖女マイナ様ってどんな人なの?」
「そうですね。……一言で言うと畏怖すべき対象でしょうか。謁見する際はまるで神と対峙している様な不思議な圧を感じます」
「……何が神だ。ちょっと力があるだけの凡俗な連中だぞ」
「ラゼは神様を見た事があるのか?」
「見たどころか実際に当時仕えていた神の駒として戦ったからな。あの時代にどれだけの同胞が散った事か……」
竜族半端ねえな!
まさに神代の時代を生き抜いた生き字引である。
今では絶滅した種族なども知っていてもおかしくはない。
文献を見た事はあるが、今度ラゼから詳しく聞いてみたいな。
「聖母神ルイース様は、現代に顕現された事はありませんが竜くらいなら軽く屠れる事でしょう」
「そんな訳あるか。神同士の対話で泣き虫ルイースとして話題に上がっていたぞ」
「…………」
シーナさんが完全論破されてしまった。
多分、絶対に勝てないので諦めた方が良い。
「まあ、殆どの神が死を恐れて幽世に逃げたからな。逃げずに残っただけでも偉いんじゃないか?」
「せ、聖母神ルイース様はそうかもしれませんが、聖女マイナ様は違います!」
シーナさんも必死だ。
自分が信奉して来たものを全否定されているのだから。
「そもそも、代々聖女に伝わる教えには、悪しき竜によって数多の同胞が謂れなき死を迎えたと……」
「何百年か前の聖女が『愛』の為に我が集めた財宝を無償で寄越せと攻めて来た時は流石に追い払ったぞ」
「酷い……」
「盗賊団も顔負けですわね」
シーナさんの体がワナワナと震えている。
脳が情報を処理するのを拒んでいるのだろう。
「で、ですが!……あ、会わないとその人の本質なんて分かりませんから!!!」
「う、うむ……」
シーナさんが涙目で当たり前の事を言って開き直った。
こんな調子で宣教なんて出来ているのだろうか?
シーナさんを皆で慰めていると聖王国の首都フォーテンに着いた。
石柱が何本も立った大きな神殿や各所に小さな教会などがあり、まさに世界宗教の本拠地であった。
俺達が乗る馬車はそのまま大通りを通過し、一際大きな神殿の入口に停まった。
「窓からチラッと見えたけど、兵隊さんが整列してたよ!」
「ああ、シーナさんの次に降りる奴は目立つだろうな。……アイーズさん、お願いします!」
「……私は別に目立ちたい訳ではありませんのに」
掌を上に向けてやれやれみたいな仕草をするアイーズさん。
正直にイラッとした。
「じゃあ、我が行こう!」
「待て待て待て!ラゼが先だとややこしくなりそうだから最後で頼む!」
「そ、そうか」
「では、私が参りましてよ!者共、続きなさい!」
「馬車から降りるだけなのですが……」
シーナさんに続いてアイーズさんが降りると集団からどよめきが起こった。
良かった。俺が降りてたら絶対に「何だ、あの野郎?」になってたと思う。
次に降りたハルの美少女具合で更にどよめきが大きくなり、俺が降りて沈静化。
からのラゼが威圧しながら降りたので大惨事になった……
ラゼといいアイーズさんといい、余計な事をしないと死ぬ病にでも罹ってるのか!?
「余計な事ではありませんわ。自身の優位性を確立する為に必要なのです。特に今から交渉事に臨むのですから」
交渉じゃねえよ!
俺が一方的にお願いする立場なのにマウント取ってどうすんだ!
トラブルはあったが何とか神殿内に入る事が出来た。
聖女は心が広い人物の様だ。
普通なら門前払いでもおかしくはない。
聖女に会う前に身を清めなければならないらしく、俺達は別行動となった。
連れて行かれたのは大量のお湯が溜まった槽がある部屋。
アイーズさんの家にも風呂はあったが此処まで大きくはなかった。
「くあぁぁぁ!」
思わず声が漏れた。
湯に浸かるだけでどうしてこんなに気持ちが良いのだろう。
村に居た頃は無論風呂などという物はなく、皆が桶に用意した湯を使って体を拭いていた。
俺は独自に洗浄魔法を開発して使っていたが、効率は良いがあっさりと終わるので、満足感など無くただの作業だった。
そう。自分用の風呂が欲しくなった。
服も専用のものに着替える。
世話係の侍女が着替えさせてくれるが、どうにも慣れそうにない。
「身体中が傷だらけですね。名誉の負傷か何かですか?」
「えっ?……ああ、そうですね。ある意味名誉の負傷かな」
急に侍女が話し掛けて来たので、誤魔化しておく。
俺的には名誉の負傷だし。
「私はマインと申します。急にすみません。どうしても気になってしまって……。お客様はこの傷の治療にいらっしゃったのですか?」
「自分はカインと言います。此処に来たのは先程途中まで一緒だったハルって言う女の子の治療ですね」
「ああ!あのとてもお美しい人ですね!それに、炎で燃えてる女性と竜王様まで一緒だなんて、カイン様のお連れ様の個性が凄いですね!」
「あはは……」
かなり言葉を包んでくれたな。
まあ、立場的に変人とは言えないだろうが。
「……聖女様は如何なる時如何なる者であっても癒しを施します。ですが、その御身と心は一体誰が癒して差し上げれるのでしょう。カイン様、どうか聖女様をお救い下さいませ」
……何かいきなり重い事言われました。