第18話 カインの説教
「カインくん、勝ったよ!」
「ああ、ハルだから勝てた。お祝いにその魔法陣はハルが使って良いぞ」
「本当!?頑張って覚えないと……」
魔法陣は消えない様にする事も可能だが、一定の間隔で描き換える際に魔力を消費する。
ハルに使ってる魔法陣も同じタイプなのだが、数が多いので魔力消費量の異常さに拍車を掛けているのだ。
描き方さえ覚えれば再現はそんなに難しく無いので頑張って欲しい。
次の相手はラゼだ。
ブレスは吐けないだろうから、竜の膂力と頑丈さで突っ込んで来そうだ。
「ハル。次の作戦だけど……」
色々と準備をして、ラゼの元に向かう。
ラゼは腕を組んで仁王立ちしていた。
「持たせたな」
「随分と長かったな。先に言っておくが我に小細工は通用せぬぞ」
「ラゼちゃん、ごめんね。勝っちゃうかも」
「……人族の若い娘に負けたとあっては竜の名を捨てねばなるまい。ペットでも何でもなってやるぞ」
それはフラグと言うやつらしいぞ……
「では、始めるのじゃ!」
ミリアの合図と同時にラゼが物凄い勢いで跳び出した。
蹴った地面が衝撃で陥没している。
迎え撃つハルは両手を前に出した。
「何だ?力比べか?面白い!」
ラゼの両手がその勢いのまま、ハルの両手にぶつかった。
衝撃が発生するが、ハルは一歩も引いていない。
「馬鹿な!?幾ら身体強化と言えど、我の力に敵うはずが……」
「……ごめんね」
ハルは謝りながらラゼの足を払う。
仰向けに倒れたラゼの腹部に、ハルは渾身の拳を叩き込んだ。
爆音と共に打撃の衝撃がラゼの体を貫通し、地面に巨大なクレーターを作った。
「ぐはっ!!」
ラゼは口から血を吐いて気絶した……
ハルが慌ててラゼを回復している。
「ハルの勝ちじゃな。……しかし、どうやったのじゃ?ただの身体強化ではあるまい?」
「多重魔法陣とは別のかなり特殊なやつだ。発動するだけにしてたけど、ハルが上手く扱ってくれたみたいだ……」
言葉とは裏腹に内心ではかなり動揺していた。
魔力物質化もそうだが、ハルの魔力操作のセンスが常軌を逸している。
『累乗化魔法陣』
実験もしていない考案しただけの魔法陣だ。
ハルなら使えると思って提案したが、効果が未知数で危険過ぎるので今後の使用は控えておこう。
アイーズさんと回復したラゼを正座させた。
「2人の戦力は頼もしいし期待もしてます。ただ、使う時と場所を選べって言ってるんです。周りを気にせず力を振るってたら狂人と何ら変わりません。それすら我慢出来ないのなら、自分は同行出来ないので此処でお別れです」
ハルが前に言っていた強い力には責任が伴うみたいな高尚な事じゃない。
周りが迷惑だから大人しくしろって事だ。
「……無意識の内に力に呑まれていた様ですわ。初心に帰って、私はカインくんの魔力になる事を再度誓いますわ」
「我はハル様に付き従うぞ」
ふう。
これで、一安心かな。
まあ、今回の事を言うなら、2人なら大丈夫と思って置いていった俺も相当節穴だったって事だ。
結局、俺自身が戦力にならない以上、誰かに頼らないといけないのは変わらないのにな。
草原から引き上げた俺達は、首都ランデルの宿で一泊して次の目的地に向かう事にした。
聖王国リーミティア。
聖母神ルイースを信奉する信徒達によって作られた国で、聖女を国の代表に据える統治国家である。
今迄見落としていたのだが、聖女の魔法ならハルの呪いを解けるのではないだろうか。
ミリアに別れを告げると名残惜しそうに何度も引き止められた。
勿論断ったのだが、先日見せてくれた魔法のお礼と言う事でクルッポーを貸してくれた。
これで国境まではスムーズに行けるだろう。
今度は鳥籠を2つ用意してくれたのでありがたかった。
聖王国リーミティアは獣人連合国を越えた先にあるため、先ずは獣人連合国に入国する。
以前来た時と違って翼竜も居ないため、国境を越えてからは歩きでの移動になった。
「リーミティアってどんな国なの?」
街道を歩いていると、ハルがそんな質問をしてきた。
「う〜ん。まあ、一言で言うと聖女の独裁国家かな?」
「カインくん、それは余りにも偏見では?」
「聖女か……。確かに奴等は中々厄介だぞ」
流石にラゼは長生きしてるだけあって博識の様だ。
「特に聖女が直轄する聖騎士と呼ばれる軍の兵士達は死を恐れずに攻めて来るのだ。威圧を放つ我ら竜相手にも全く怯まん」
それは凄いな。
俺が初めてラゼに会った時は完全に日和ったからな。
それに聖女は代々、光系特位魔法の『反魂の奇跡』を相伝している。
回復魔法や支援魔法も多種多様だろうし、戦場で助けられた兵士の信仰心が暴走して狂戦士化しても不思議ではない。
「そんな怖い国に行って大丈夫かな?」
「大丈夫だ。取り敢えず聖母神ルイースを信仰してる振りをすれば問題は起きない筈だ」
「……相当に罰当たりですわね」
「ハル様は我が護るぞ」
「ラゼちゃん、ありがとう!」
ハルがラゼに抱き着く。
仲が良い姉妹っぽくて心が和んだ。
そんなほんわかした時間も長くは続かず、何処からともなく剣戟の音が聞こえた。
音がする方に向かってみると、馬車数台が盗賊に襲われていた。
馬車って何で襲われ易いんだろう?
自分達の乗った馬車、商隊の馬車、そして目の前の馬車。
既に3回目である。
しかも、襲撃後の悲惨な状態の馬車ではなく、絶賛襲撃中のタイミングである。
馬車の呪いにでも掛かっている様な頻度だな……と、考えながら駆け寄っていると、既にハルとラゼが賊を鎮圧していた。
早くない!?
「ラゼさんがハルさんを大砲の様にぶん投げたのですわ。そのまま『光の翼』で飛んで行って『光の羽根』で賊だけ殲滅されました。まあ、見ていて美しかったのは否定出来ませんわ」
魔法競技会の準決勝の時のコンボだな。
『光の羽根』は集中させて物量攻撃出来るし、拡散させれば殲滅攻撃が出来る万能魔法だ。
但し、魔力操作の難易度は桁違いで、羽根の動きの制御まで含めて高位魔法扱いになっている程だ。
「ふい〜。終わったよ」
あんな風に、ちょっとお使い行ってきましたみたいな感じで済ませる魔法ではない。
「い、いずれ『聖なる審判』でもやってみせますわ!」
一つでもミスったら敵味方共に全滅確定なので止めて下さい。
と言うか、一発当たったら大爆発して周りは火の海なのだが……
「ハル様、まるで天使族の様に可憐でしたぞ。何処ぞの破壊の化身と違ってな」
「ぐぬぬ……」
そのナチュラル煽りを止めろ!
アイーズさんが動揺して腕の炎が七色に変化している。
だが、傍から見る分には綺麗だった……
「助けて頂きありがとうございました!」
戦闘不能になった獣人の盗賊達を縄で縛っていると、馬車の近くに居た獣人が歩いて来てお礼を言われた。
因みに、ハルの魔力操作についてはもう何も言わない。
「僕の名前はパトロと申します。急な話で申し訳ないのですが……」
大きな耳が垂れている体毛がフサフサの犬の獣人だ。
何故かモフモフしたい衝動に駆られてしまう。
「賊との戦闘で雇った護衛が負傷してしまい、出来ればあなた方に次の街まで護衛を頼みたいのですが……あっ、勿論報酬は出しますので!」
俺とハルは見合って頷いた。
「報酬はパトロさんを撫でるだけで結構です!」
「えぇ……」
自信満々に言い切ったのだが、ドン引きされた。
元々護衛していた冒険者達を治療し、馬車の列の後方には盗賊達を引き連れて街を目指す。
出たぞ、冒険者!
俺は再び護衛と冒険の関係性について熟考したが、やはり答えは出なかった。
夜が更ける前に街に着いた。
街の名はフレンダ。
パトロの様な商人達が利用する宿場町の様だ。
盗賊達を街の衛兵に引き渡し、パトロから報酬を受け取る。
彼のモフモフ具合は最高だったとだけ言っておこう。
俺とハルが余りにも楽しそうにモフモフしていたので、アイーズさんとラゼも加わってモフモフ祭りとなった。
皆が満足した頃には、パトロさんは少し涙目になっていた。
彼の尊厳を著しく傷付けてしまったかもしれない。
だが、後悔はしているが反省はしていない!
逃げる様に去っていったパトロさんと別れ今日泊まる宿を探していると、前方から大きい熊の獣人が歩いて来た。
おいおい……此処はパラダイスかよ!!