第16話 カインの贈物
後から聞いた話だが、万能完全回復薬を毒と入れ替えたのはカノンさんだった。
次の生け贄が自分に決まり、どうしても死にたくなかったのだとか。
アイーズさんもカノンさんの心を読んでいたせいで、初見の思い込みが深まったのだろう。
じゃあ、毒と入れ替わった万能完全回復薬はと言うと……
最初から無かったかの様に消失してしまった。
カノンさんも毒と交換した後の事は知らないらしい。
カノンさんは軍部に属している訳では無いので、渡した竜人が本当に軍に所属していたかどうかまでは流石に覚えていなかったそうだ。
だが、何の目的で奪ったのだろうか?
換金して金にするつもりだったのか。
それとも何か別の目的が……
結局、此処まで来て振り出しに戻ってしまった。
だが、学園に戻るよりはこのまま旅を続けて万能完全回復薬の手掛かりを探した方が遥かに見つかる可能性が高い気がする。
「取り敢えず、エルフ国に戻ります」
「ああ。国境までしか送れんが、翼竜に乗っていれば攻撃はされない筈だ」
「ありがとうございます。それで十分です」
バルクトがエルフ国の王城に攻め入った時は、とにかく特攻だったらしく、後の事は考えずに空から突っ込んだらしい。
背水の陣も顔負けの無謀である。
逆に俺達が居たからバルクトは生き残ったのかもしれない。
「うむ。他竜に運ばれるとは幼い頃以来だ。楽しみだのう」
ラゼを運ぶ予定の翼竜は、緊張しすぎて気絶してるけどな。
「では、カインよ。ラゼ様をよろしく頼む……」
「ええ。分かりました」
自分の妹が竜王の毒殺を企てた首謀者で、死にたくなかったからと泣きながら訴えるのを聞いたバルクトの心境は複雑だろう。
バルクト達に見送られ首都ゼールを後にする。
空の旅なので特に何事もなく国境に着いた。
ラゼが名乗ったのとアイーズさんの腕の炎のせいで多少騒ぎになったが、事情を説明し国境を越えた。
最近、事情を説明しないといけない場面がやたらと増えた気がする……
ミリアは俺達が戻って来るのを見越してクルッポーを国境まで寄越してくれていた。
……この忌まわしいストーカー魔法の解除を真剣に考えないといけない。
「クルッポー!」
「クルッティーオウルではないか!美味しそうだのう」
クルッポーじゃない……だと……!?
しかも、美味しいらしい。
案の定、クルッティーオウル?長いのでクルッポーで良いや……はラゼを直接掴む事が出来なかったので、アイーズさんと同じ鳥籠の中行きとなった。
こうして見ると……
「……カインくん、それ以上はいけませんわ」
「これでは我等は珍獣扱いではないか!」
「……ぷっ」
ハルが堪え切れず噴き出した。
実際に鳥籠の中から金網を掴んで訴えているのが余計に哀愁を誘う。
結局、他に方法を思い付かなかったので、クルッポー達はそのまま運んでくれた。
因みに、ラゼの変身魔法は見た目だけでなく、骨格や臓器も全て変化させるため変身後は全く飛べなくなるとの事。
膂力や魔力が元の姿時のままなので、強さ自体はそれ程変わらないのだとか……
「おい、近いぞ!我の服が燃えるであろうが!」
「……何処にも行きようがありませんわ。辛抱下さいませ」
「ああ!燃えてる!燃えておるぞ!!」
驚いたクルッポーが鳥籠を落としてしまったが、アイーズさんは空中で鳥籠から抜け出した後、地上に『聖なる審判』を放ちその爆風で落下の衝撃を和らげて優雅に着地していた。
ラゼはそのまま地面に叩き付けられたが特にダメージは無かったらしく、普通に立ち上がってアイーズさんに文句を言っていた。
……もうどっちも珍獣扱いで良いだろ!
2人が途中でリタイアしたため、俺とハルはそのままエルフ国の首都ランデルに向かう事にした。
決して見捨てる訳ではない!
あの2人なら道中も何の心配も要らない。
そう、信頼の証なのだ!
なんて事を力説したら2人は納得してくれた。
アイーズさんは俺の内心が読めるから、そもそもある程度諦めていただろうしな。
2人と別れて命の保証が無い空の旅を続ける事暫し、俺達は首都ランデルの王城に到着した。
早速、ミリアが出迎えてくれた。
アイーズさんとラゼが後から来る事を伝える。
多分、徒歩でも半日くらいで着く筈だ。
「なんちゅうもんを連れて来るんじゃ!じゃが、変身魔法は興味があるのう……」
流石、知識に貪欲なだけあってすぐに興味の方が勝った様だ。
変身魔法は今の所竜族しか扱えない特別な魔法なので俺も興味はある。
「そうか。万能完全回復薬が……」
「情報を集めるならエルフ国が良いと思ったんだ」
「うむ。では城に滞在すると良いぞ。と、言いたい所じゃが……」
言い渋った理由は何となく察するが……
「やっぱり、ラゼはダメか……」
「うむ。竜人族とはまだ互いに相容れないくらいで済むが、竜族は本能的に忌避するレベルじゃ。大昔の大戦で幾多の同胞の命が散った事か……」
魔法を最優先するミリアですらこうなのだから、他のエルフでは説得する以前の話なのだろう。
「分かった。城下町なら大丈夫か?」
「うむ。竜の姿に戻らなければ問題無いじゃろう。今の話も若い連中には伝わっておらんしな」
「滞在出来るだけでも十分だ。ありがとう」
「妾は何時でも城に居るから訪ねてくると良いぞ。お主の知識と引き換えの報酬を用意して待っておるからの」
「はは……。お手柔らかに頼むよ」
ミリアと別れアイーズさん達を出迎えるために首都の入口に向う。
そんな俺達の後姿を見られているのには気付けなかった……
「あやつはそんなに戦力を集めて何と戦うつもりなのじゃ?」
首都の外門に辿り着く前に店で食事を済ませる。
久しぶりにハルと2人きりな気がするな。
「これ美味しいね」
「さっぱりしてて体に良さそうだ」
味付けもシンプルで胃に優しい感じがする。
「ハル、ごめんな」
「?……突然どうしたの?」
「今更だけど、まさか俺の旅にアイーズさんが一緒に来るとは思わなくてさ。ラゼは良く分からんが……」
「でも、移動は速いよ?歩きだったら今頃やっとエルフ国に入ってるくらいかも……」
これは……気にするなって事かな?
最近はアイーズさんと仲が悪く見える事はあるが、基本ハルは我儘を言わないから助かってるんだ。
「なあ、ハル?」
「なぁに?」
「まだ時間あるし、今から市場でも見に行かないか?」
「うん。良いよ」
「何か欲しい物があったら言ってくれ。俺がハルに買ってやりたい」
「それって……プレゼントって事?」
「ああ、日頃のお礼がしたいんだ。ハルが側に居てくれないと困るからな」
本当に困る。
特に俺の精神衛生上的に……
「!!?……えへへ。えへへへ!」
「顔が凄い事になってるぞ?」
「だって、嬉しいんだもん!」
ハルは余程嬉しかったのか、市場に着くまで俺達は手を繋いで歩いた。
首都ランデルは世界樹の枝の上に建設されているが、市場は根っこが剥き出しの地面部分にある。
夕暮れ時ではあるが、市場は活気に溢れていた。
「人が多いね」
「これは……逸れたら大事だな。また手を握っておくか?」
「うん!」
市場はかなり大規模で、食材から日用品、装飾品や武器なんかも露店で売っていた。
装飾品の店を物色する。
以前プレゼントしたネックレスは呪われていたので、是非ともリベンジしたい。
ハルが一点を見詰めていたので、視線の先を追うとペアの指輪があった。
装飾もなくシンプルな金属の指輪だ。
「カインくん!私、これが良いかも!」
若干興奮した様子のハル。
お金を払って指輪を購入した。
ついでに店主に指輪の効果を聞いてみた。
「あ〜、その指輪か。確か、互いの指輪がある方角が分かるんだったか……」
ミリアが俺に掛けたストーカー魔法の低級版かな?
失くした時に便利そうだ。
「嬉しいな〜。幸せだな〜」
「足元に気を付けろよ」
買い物を済ませ、鼻歌交じりの上機嫌なハルと一緒に首都から出た。
あの2人だけだと、多分中には入れなさそうだからな。
深夜まで待ったが2人は現れなかった……