第15話 カインの遭遇
力とは何か……
人に依ってその定義は変わる。
それは魔力だったり、武力だったり、将又学力だったりと様々だ。
だが、目の前の存在はその全てを覆し屈服させる。
生物の本能である抗う気力を根刮ぎ奪い、絶望の内にその生を終えるだろう。
竜王を見た瞬間に感じた率直な感想だ。
生物としての格が違うのは勿論、自分達とは何かが根本的にズレている様だ。
「……竜と言えども意外と俗っぽいですわね」
アイーズさんは竜の頭の中も読めるらしい。
……じゃなくて!その口を閉じろ!!
『ふむ。人族に我が領域を踏み込ませるとは……』
「我等が祖である竜王ラゼンドール様!この度は御身を復する万能完全回復薬をお持ち致しました!」
『何と、万能完全回復薬と言ったか!?』
竜王の声が直接頭に響いて来る。
念話か何かか?
「エルフ国が隠し持っておりましたが、此度何とか手に入れる事が叶い持参した次第でございます」
『おお、早く渡すのだ!』
竜人の1人が万能完全回復薬を手に竜王の足元に近付いて行く。
震える竜人の手から回復薬を奪い取ると、一気に煽った。
手が小さいからか動作が可愛く見える。
『!?……何だ、これは?お巫山戯にしてはやり過ぎておるぞ……』
竜王の威圧がこの場の全員を襲う。
泡を吹いて倒れる者も出始めた。
「竜王様!一体何を!」
『我に毒を盛るとは……してやられたわ!』
「ハル!」
「うん。分かった!」
間に合うか!?
「……神の御業を以て、其の異物を滅せよ『全解毒』!!」
光系高位魔法の『全解毒』の光が竜王を包んだ。
光が収まると苦しがっていた竜王が息を整えた。
と同時に抑えつけられていた圧が消える。
『そこの娘には礼を言っておく。……それで竜人共よ、此れは一体何の真似じゃ?説明出来ぬなら、それ相応の罰を下すぞ?』
これは不味くないか?
と言うか、大事な万能完全回復薬だぞ!
何処にやったんだよ!?
俺がアイーズさんを見ると、彼女は俺の耳元に口を近付けた。
「犯人は分かっておりますわ。ですが、正直に言うと申し上げたくありませんわ」
どう言う事だ?
アイーズさんが誰かを庇っている?
そもそも、アイーズさんは竜王が毒を飲む前に気付いていた筈。
……アイーズさんは竜王がそのまま死んでも良いと思っていた?
今回はハルが全解毒の魔法を使えたから、偶々助かっただけだ。
アイーズさんが幾ら頭の中が読めると言っても、一度も思考していなければ分かる筈もない。
だとしたら、やはり単純に竜王が死んでも構わないから告げなかったのだろう。
理由は……最初に竜王の思考を覗いたから。
アイーズさん的にそれは許し難いものだった、と。
「流石です、カインくん。さあ、あの悪しき竜を滅ぼしましょう!」
……何を言ってる?
アイーズさんの特技は本物なのは分かってる。
だが、それを鵜呑みにして良いのか?
もし、アイーズさんが相手に思考誘導されていたらどうなる?
それを絶対的に信じた俺は?
「何をごちゃごちゃと考えているのですか?正義は此方にあります!」
「…………」
俺はアイーズさんの頭に思い切り拳骨を落とした。
「痛っ!?」
「アイーズさんはちょっと大人しくしてて下さい!」
俺は竜王に向き直る。
まだ、説明出来る者を待っていてくれた様だ。
助かる。
「竜王様。俺はカインと言います。出来れば2人だけでお話しがしたいのですが……」
『ふむ。お前はその娘の連れだな。良かろう、話だけは聞いてやる』
俺と竜王は穴の更に奥へと進む。
最奥には綺羅びやかな金銀財宝が山の様に積まれていた。
竜王がその大きな腰?を下ろしたので、俺もその場に座った。
『此処で良かろう』
「助かります」
『それで話とは何だ?』
「それは……」
…………
………………
……………………
俺は全てを話した。
旅の目的から此処に至る経緯。
先程の事件と、アイーズさんが思考を読める事まで。
『ふむ。その様な者が存在するとは……我も永く生きておるが初めて会ったぞ。しかし、我を滅ぼすか……初めて会った者に言われる筋合いは無いな』
どうやら話を聞くと、ずっと昔から続く習慣が関わっている様だ。
竜人族が生まれたばかりの時代は、他種族が圧倒的に強く、放って置くと蹂躙され略奪されるしか未来しか無かった。
ある程度の勢力になるまで竜王が護っていたらしい。
更に竜王は政にも助言をしていたが、竜人達は種族的に大事な決定までも竜王に任せていたとの事。
だが、何時しかそれは願いを叶え、その対価を献上する関係へと変わっていった。
その中には100年に一度生け贄を用意する決まりもあった。
最初は大型の動物や罪人で構わないと伝えた筈が、時が経つにつれ歪曲され若い年頃の娘が連れて来られる様になった。
勿論最初は断ったが、竜王の気分を害したと勘違いした民にその娘が殺されたとの話を聞いて考えを改めたそうだ。
生け贄は村に戻す事なく、生涯をこの穴で過ごさせる。
勿論、軟禁状態ではなく行きたい所があれば連れてやった。
食べたい物や欲しい物は揃えてやった。
だが、竜人は竜に近い力を宿す代わりに人に近い寿命しかない。
天寿を全うした生け贄を看取って、また次の生け贄を待つ事になった。
一つ前の生け贄の献上から大体100年くらい経っているので、今回の来訪もそうだと思っていた。
不治の病云々の話は確かに百年前に伝えたが、竜族的にはあと千年は問題無いとの事。
万能完全回復薬も手に入るなら儲け物くらいのつもりだったとか。
そうか、アイーズさんは竜王が生け贄と献上品を欲しているのを読み取って嫌悪したのだろうな。
もしかして、竜王が生け贄を手籠めにする所まで想像してしまったのかもしれない。
『何を勘違いしておるのだ?我の性別は雌だ!』
「えっ?でも竜王って……」
『この場合の王は一番強いの意味だ!』
アイーズさんが早とちりした事を伝えたが、どうやらそもそもが間違っていた様だ。
じゃあ、竜人を産んだのが竜王だったって事!?
『そうだ!あやつは実に良い雄だったぞ!』
こうして、俺は竜娘になった竜王と一緒に皆の所に戻った……
「……説明して貰えるだろうか?」
竜人王が怖ず怖ずと聞いて来た。
「竜王ラゼンドール様もとい竜娘のラゼ様です」
「先程のお主らの無礼は不問とする。此奴に感謝する事だな」
驚く者、安堵する者、失神する者と様々だが、まとめてラゼが威圧で黙らせる。
「聞くが良い!我は此処を去る事を決めた。故に生け贄も他の献上品も今後は必要無い。奥の金品の類も竜人族の発展に使うが良いぞ」
「ラゼンドール様!?一体何を!お考え直し下さい!」
「何を言っても無駄だ。我は此奴と一緒に行くと決めた。何せ、また殺されかけては堪らんからな」
竜人王は何も言えなくなった……
「ラゼちゃん。よろしくね!」
「ら、ラゼちゃん!?」
ハルが背が低いラゼに抱き着く。
ラゼは特に嫌がる事なく撫でられていた。
「カインくん、本当に申し訳ありませんでしたわ!」
アイーズさんが俺に頭を下げる。
「アイーズさん、頭を上げて下さい。今回は確かに危なかったですけど、前に比べると俺に判断を委ねている分マシですから」
これでもバトラー王の時よりも幾分かマシと言う事実。
勝手に煽って、勝手に戦って、勝手に勝つ……って本当に意味が分からない。
いつ暴発するか分からない魔法なんて唱えない方がマシである。
「………………許して欲しいですわ」
本当に落ち込んでしまった。
「俺が注意した時に止めてくれたら良いですから」
「……分かりましたわ」
ハルが言った通り、アイーズさんは俺の下僕じゃない。
それに、アイーズさんは尊大不遜くらいが丁度良いのだ。
「私は別に驕っておりませんわよ!?」
「はは。そうですね」
「本当に違いましてよー!!」
アイーズさんが俺の胸をぽかぽかと叩いて来る。
全然痛くは無いが……熱い!?
「ぎゃああああ!!」
アイーズさんに俺の半径1メートル以内に近付かない様に約束させた……