第12話 カインの到来
バイスデール中立国の首都カシムを出た俺達だったが、馬車の旅は続いていた。
アイーズさんの特技の事を考えて御者は断ったのだが、俺とハルもすぐに覚えてローテーションを組む事が出来た。
1人が御者をやって残りの2人は馬車の中で各々やりたい事をやっている。
俺は空いた時間は回復薬を作る事を決めているのである意味いつも通りだ。
アイーズさんは、『聖なる審判』の熱線を輪にして遊……鍛錬をしていた。
少しでもズレたら一瞬で馬車ごと大爆発するので止めて欲しい。
「大丈夫ですわ。今は特位魔法の名前を考えおりますの」
大丈夫の根拠はどこ!?
「今回、バトラー王と一戦交えたおかげで弱点も浮き彫りになりましたし、少しでも対策を考えませんと……」
そう。アイーズさんは『聖なる審判』の魔法しか使えなくなっているので、魔法障壁が張れない。
所謂、紙装甲だ。
「でも、バトラー王の攻撃で体に穴が空いた時に回復してませんでしたか?」
「あれは傷口に『聖なる審判』を撃ち込んだだけですわ。超熱量で細胞を再生しましたの」
「!!?」
平然と物凄い事を言っている。
あの状況で良く試す気になったな。
「そもそも、この魔法の発動待機状態の筈の左腕の炎が、何故服だけを燃やさないのかずっと疑問に思っておりました」
「そう言うものだと自身が認識しているから……」
「はい。ですので『聖なる審判』は火系高位魔法と言う分類はありますが、それ自体は私の魔力そのものなのですわ」
魔法を使うのに詠唱と魔力しか必要としない事がアイーズさんの考えを証明している。
その応用で『聖なる審判』の爆発の熱エネルギーを全て傷の再生に回した、と……
まあ、それをあの土壇場でやれるのは純粋に戦闘センスが高いんだろうな。
「ふふ。褒めても何も出ませんわよ」
「令嬢に対する褒め言葉では無いですけどね……」
次はアイーズさんが御者で俺とハルが馬車の中になった。
「カインくん、ネックレスありがとう!」
「ハルに似合いそうだったから衝動買いしちまった」
ハルの胸元には紫色の宝石が輝いていた。
胸元に垂れた桃色の髪の隙間からチラチラと見え隠れしている。
「えへへ。嬉しいなぁ〜」
「頬が緩んでるぞ」
「だって、嬉しいんだもん」
ああ、守りたいこの笑顔。
ハルは指で宝石を転がしながらうっとりと眺めている。
露店で買った割りに高価そうな宝石が付いているのだが、実を言うと宝石が呪われていた。
ハルの首に着けた時に分かったのだが、既に外せなくなっていたのだ。
ガタン!
その時、馬車が急に大きく揺れた。
「キャッ!」
「危ない」
此方に倒れて来たハルを抱き止める。
今は俺やハルではなく、経験があるアイーズさんが御者だ。
何かあったのだろうか?
俺は馬車の前方の会話用の小さな扉を開けて話し掛けた。
「アイーズさん、大丈夫ですか?」
「え、ええ、問題ないですわ。ちょっと乗り上げてしまったみたいです……」
「……そうですか」
扉を閉めて、俺の腕の中に居るハルを見ると不意に目が合った。
宝石と同じ澄んだ紫色の瞳に吸い込まれそうになる。
「大丈夫か?」
「う、うん。ビックリしちゃった」
どう言う訳か、今日のハルは一段と可愛く見える。
もし、何かお願いされたら絶対に叶えてやりたいくらいだ。
……呪いの種類は『魅了』。
男女問わず相手を自分に惚れさせる呪いだが、俺の予想だと魅了の呪いは機能していない。
多分、魅了の呪いを更に強力な呪いが上書きしているのだ。
そう、あの悪魔による死の呪いが……
「バッチリ効いてますわー!!!」
アイーズさんの絶叫は風に流されて消えて行った……
最後のローテーションは俺が御者でハルとアイーズさんが馬車の中だ。
馬を扱える様にはなったが、やはりまだ緊張する。
俺は手綱をしっかりと握り、脇見せず前方を見据えた。
…………
………………
……………………
5日後……
馬車の振動でお尻が極限まで痛くなったり、回復薬用の鞄がパンパンになったり、アイーズさんの『聖なる審判』の熱線が自由自在になったりして、
俺達は漸くエルフ国の国境に着いた。
此処は、獣人連合国が攻め入ってる国境とは真逆の位置なので、検問は厳しいが入国は可能だと予想している。
そして、この国ではアイーズさんの身分を隠して貰う事にした。
決してトラブルを回避したい訳ではないからな。
「魔法学園の生徒が3名。エルフ国に何の御用ですか?」
検問担当官が身分証を確認し早速質問されるが、事前に打ち合わせしているので大丈夫な筈だ。
「親戚がカリースに居るので安否を確認したくて直接来たんです!手紙も返って来なくて心配で!」
ハルは演技派だった。
そのまま勢いで行けそうな迫力だ。
カリースはエルフ国の都市の1つで首都ランデルに近い。
戦力差的にすぐに首都が攻め落とされる事は無いだろうから、距離的にもいけそうな都市を選んだ。
「カリースですか……。確かに戦時下対策で外部からの流通は制限させていますね」
ビンゴだ!
戦時中のスパイ活動や破壊工作は特に注意しなければならないからな。
外部との連絡手段は極力絞った方が良い。
「手荷物も大丈夫なようなのでお通り下さい。ですが……」
この場全員の視線がアイーズさんに集まった……
「見捨てるなんて酷いですわー!!」
別室に連行されるアイーズさんを静かに見送る。
通れないものは仕方がない。
今迄ありがとう、アイーズさん。
君の事は忘れないよ!
俺とハルが一緒に国境を跨ごうとした瞬間、上空で爆発音がした。
慌ててアイーズさんが連れて行かれた方を見るが抵抗した様子はない。
だが、この建物に居る衛兵は違う。
現在は戦争中なのだ。
爆発音なぞ聞こえたら正気では居られなかった。
場が一気に混乱する。
アイーズさんを連行している兵もオロオロしていた。
アイーズさんが何かを訴えている様に見えるが、周りが騒がしくて聞こえない。
俺はアイーズさんの口元を注視して読唇してみた。
「つ……れて?いかないと……あばれますわよ?…………連れて行かないと暴れますわよ!?」
まさかの脅しだった……
アイーズさんの事を説明し始めてから1時間後。
俺達は漸くエルフ国に入る事が出来た。
エルフ国は国土の大半が森林で木の上が生活基盤となっており、特に首都ランデルは世界樹の上に都市が存在しているのだ。
「よっ!ほっ!」
ハルが木の枝から枝へと跳び移る。
土系中級魔法の『重力軽減』で体を軽くしているようだ。
俺が御者をしているが、隣にアイーズさんが座っていた。
「また置いて行かれては堪りませんので……」
かなり根に持っていらっしゃる。
流石にやりすぎたか……
「カインくんの気持ちは分からなくもないですが、私は魔力を戻すお手伝いがしたいのです!色々と言ってはおりますが、全く見合ったお礼が出来ておりません!」
「分かりました。もう絶対に置いて行ったりはしないと約束します。その代わり、バトラー王の時の様な無茶はしないと約束して下さい」
実際、何とかなったから良かったが一歩間違えていたらアイーズさんは無事では済まなかっただろう。
侯爵様に何と伝えれば良い?
特に敵意があった訳ではないバトラー王と戦ってやられました……は幾ら何でも酷すぎる。
何故そうなる前に止めなかったんだとなるだろう。
「……私も約束致しますわ。ですが強者と対峙するとどうしても血肉が沸き立つのですわ。破壊衝動が抑えられないのです」
そう言えば、アイーズさんは戦闘狂だったわ……
馬車が何とか通れる程の道を進む事半日。
俺達は辺境の街ラハトに到着した。
人族で言う所の辺境伯に当たる四魔賢人が治める街で、国外からの侵略や武力行使などに対し矢面に立たされる重要地点でもある。
この街は森の中でも拓けた土地にあり、木の上に建っている家は無かった。
前線とは離れているが戦争中と言う事もあり、武装した衛兵が街を闊歩している。
逆に街の住人が殆ど見当たらなかった。
「静かな街だね」
「戦争中だからだと思うぞ」
「あちらの兵士にお気を付け下さい」
アイーズさんの言葉に従い見てみると、少し離れた場所からエルフの兵士2人が此方を見てニヤニヤしている。
どうやら良からぬ事を考えているようだ。
「……………」
アイーズさんが絶句している。
「あのイカした腕何だよ!最高かよ!」「どうする?声掛けてみるか?」みたいな感じか?
アイーズさんに鼻で笑われた……
「あの兵士達が特殊ではありますが、どうやら人族の奴隷をお持ちのようです。私達3人を品定めしていますわ」
奴隷か……
奴隷制度は王国にもあるし、制度として認められている。
俺は人を物の様に扱うのはどうかと思うが、日頃から奴隷と生活しているなら考え方そのものが違うのかもしれない。
「……最低」
「ハル?」
「ハルさん……」
隣から驚く程低音の呟きが聞こえた。
ハルがこんなに感情を剥き出しにするのは珍しい。
余程、奴隷制度が嫌いなようだ。
俺はそのままやり過ごすつもりだったが、そこに兵士達の奴隷がやって来て、エルフから暴力を振るわれているのを見たハルがキレた。
そして、俺達はまた捕まった……