第1話 カインの日常
「……ハル。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。でもカインくんが……」
目の前には涙を浮かべ今にも泣き出しそうな顔をした幼馴染がいる。
助けられて本当に良かった……
今の状態を維持するのは相当辛いが、大切な人が無事でいられるならきっと耐えられる。
この時はそう思っていた……
「おい、無能が来たぞ」
「放課後は暇だから今日もあいつで遊ぶか?」
「あいつ生意気だから、ついやり過ぎちまうんだよなぁ〜」
教室に入るなり早速目を付けられたが、俺は相手にせず自分の席に向かった。
よくも毎日毎日飽きないものだ。
暇なら魔法学園の生徒らしく、魔法の詠唱を覚えるなり、魔法学の勉強でもやれば良いだろうに。
しかも、嫉妬によるいじめなので更に質が悪い。
俺は人知れず溜息を吐いた……
あの事件の後、成長した俺とハルは村から出て王都にあるバーソン魔法学園に入学した。
遥か昔に偉大なる功績を残した魔法使いの名を冠する学園だ。
バーソン魔法学園は国内各地にある魔法学園の中では珍しく、一般市民から貴族まで身分の別け隔てなく教育の場を提供している。
ハルはあの事件の後から魔法が使えるようになり、ハルの両親は娘が魔法使いとして大成するのを期待して学園に送り出した。
俺はと言うと、将来は歴史に名を残すレベルの魔法使いになるだろうと嘱望されていたが、魔法が使えなくなった途端に失望され落ちぶれていった。
俺の両親は余程頭にきたのか、学園で魔法を学び直せと半ば追い出されるように実家を叩き出された。
そして、周囲が目を奪われる程に美しく成長したハルとは対象的に、俺はいつも疲れ切っており、とても同い年に見えない程に草臥れた顔をしていた。
そんな冴えない俺が、ハルと一緒に居るのが気に食わない連中に目を付けられるのに時間は掛からなかった。
「はあ……全く。気が重いな」
「カインくん。おはよう」
「ハルか。おはよう」
俺とハルは別々の学生寮から通っているため、一緒に登校することはない。
逆に、ハルと一緒に教室に居る間はあいつ達も手を出して来ないから楽なんだが……
「今日の模擬戦頑張ろうね」
「ああ……」
そう言えば今日の実技授業は模擬戦だったか。
頑張ろうにも魔法学園で魔法が使えない俺は他の男子にとっては格好の的だ。
授業が男女別で良かった。
情けない俺の姿をハルに見せなくて済む。
何故俺が魔法を使えないかと言うと、魔法を使うには詠唱と魔力が必要なのだが、俺は初級魔法の中でも一番発動難易度が低い『ファイアボール』に必要な魔力量さえ確保出来ない。
そんな俺が模擬戦をやるとどうなるか。
勿論、相手からの一方的な攻撃を避け続ける事しか出来なかった。
体内に蓄積出来る魔力量の上限は、もう自分では把握出来ない程に増えているのだが、自動で発動する魔法の間隔が短くなり魔力の消費量も増大している。
明らかに自然回復する魔力量をオーバーしていた。
「……急がないと」
「何か言った?」
「いや、何でもない」
「そう?じゃあ、またね」
ハルはそう言ってクラスの友達の下に向かった。
「ハルって優しいよね〜」
「ん、何が?」
「だって、あいつに話しかけるのハルくらいだし」
「幼馴染なんだから当たり前だよ」
「本当に良い子や」
「私だったらとっくに見捨ててるかも」
「言えてる〜」
しっかりと聞こえてるぞ……
模擬戦と言う名の回避ゲームを何とか乗り切った後の昼休み、俺は別棟の図書室に向かった。
図書室の中は蔵書のジャンルごとに区画が別れており本が探しやすい。
とある情報を探しているのだが、入学してからずっと通っているにも関わらず、未だに見つかっていない。
「今日はここから見てみるか……」
「……回復薬に興味がおありで?」
「うわ!」
背後から一人の女生徒に急に話かけられたので普通にビビった。
「いつも来ていらっしゃいますよね?貪るように本を読まれているので気になってしまって……」
「えっと、あなたは?」
「ああ、ごめんなさい。私はアイーズ・ハミルトンと申しますわ」
この世界で姓を名乗るのは貴族だけだ。
所作に気品があるし、髪が金髪ドリルの平民は居ないだろう。
「貴族の方でしたか。無礼な物言いをしてしまい申し訳ございません」
「気にしなくて結構ですわ。身分差で距離を置かれるのは嫌なので……」
「それは助かります。敬語は慣れていないので」
知識だけはあるが、今まで使う機会など無かったのでしょうがない。
「それで……先程の質問なのですが」
「えっと、回復薬の話でしたか?」
「ええ、そうですわ」
「いえ、ちょっと作りたい物がありまして……」
俺は言い渋った。
親しくもない相手に全部話す必要はないだろう。
「……詮索するつもりはありませんでしたが、警戒させてしまったようですわね」
「!?」
ただ返答を濁しただけのつもりだったが、顔に出てしまったのだろうか?
「邪魔になっては申し訳ないですね。私はあそこのカウンターに居りますので、お困りでしたら何時でも声をかけて下さいませ」
「あ、ありがとうございます」
「では、また」
アイーズさんはそう言ってカウンターの奥の椅子に座った。
ずっと通っているが、今まであの場所に人が居るのに気付けなかったのだが……
いつも居る訳じゃないのか?
その後も休み時間ギリギリまで粘ってみたが、探している情報は見つからなかった。
そして、放課後……
「カインく〜ん。遊びましょ〜」
「ギャハハ。女声気持ち悪ぃ!」
「どうせお前も暇だろ?付き合えよ」
帰ろうとすると朝俺を煽っていた男子連中に絡まれた。
ハルは友達と帰っていてもう居ない。
「はあ……」
俺が無視して通り過ぎようとしたら肩を掴まれ地面に叩きつけられた。
「ぐあっ!」
「おいおい、無視すんなよ。俺達友達だろ?」
………………
……………………
…………………………
「っ!……痛えな」
暫くの間、彼等のサンドバッグになった俺はヨロヨロと立ち上がり寮に帰った……
部屋に戻って体に自作の傷薬を塗る。
痛みが和らぎ傷が塞がっていく。
即効性がある『高回復薬』だが、まだ全然足りない。
俺が求めているのは『万能完全回復薬』。
ありとあらゆる怪我や病気を治し、体の欠損も修復、更には様々な呪いの解呪まで出来ると云われる伝説の薬だ。
何百年前かに一度、王族に使用されたと言う記録以外は何も残っていない。
……まだまだ先は長いな。
次の日の昼休み……
図書室に行く途中にハルと見知らぬ男が中庭を一緒に歩いているのを見掛けた。
気になった俺は跡を付けた。
女々しいと思われるがもしれないが、俺はどうでも良い他人を救う為に苦行を受け入れられる程聖人ではない。
決して見返りを求めてやっている訳では無いが、もしハルが悪い男に引っ掛かるようであれば幼馴染として苦言を呈するくらいはしても良い筈だ。
2人が立ち止まったので俺も物陰に隠れる。
「ここで良いかな」
「あの、先輩。話って何ですか?」
「率直に言おうか。ハルくん、君はとても美しい。君に僕と付き合う名誉を与えようじゃないか!」
「……えっ?無理ですけど」
「照れる事はないよ。この学園の生徒会長にしてローレンス家の跡継ぎ。成績は常にトップで学園の競技会でも優勝した。一応、ファンクラブもあるんだよ。そう、このヴォルド・ローレンスと付き合う事は君にとって圧倒的なステータスとなるだろう!」
ヴォルド・ローレンスか……思い出したぞ。
入学式の時に在校生挨拶で総代って名乗ってた男だ。
周りの女子が甲高い声援を送っていたっけ。
金髪の爽やかイケメンだが、あの自己中心的な考えは一体何なのか?
彼の言うステータスで自身を着飾っている様にも見える。
「ぜ、絶対に嫌です……」
「ふ、ふふ。付き合ったら絶対に僕の素晴らしさに気付く筈さ。じゃあ、これから恋人としてよろしくお願いするよ」
典型的な話を聞かないタイプだな。
困ってるみたいだし助けてやるか。
俺は何食わぬ顔で2人の間に歩み出た。
「何だよ、ハル。こんな所に居たのか。付き合い始めたばかりだから一緒に居たいってハルが言ったんだぞ」
「う、うん!ごめんね」
俺はハルの手を取って強引に歩きだした。
ハルは特に抵抗する事もなく俺に着いて来た。
先輩が見えなくなってから手を離す。
「あっ……」
「勝手な事して悪かったな。何か困ってそうだったから思わず体が動いちまった」
「……ううん。ありがとう、カインくん」
「……それじゃあ」
「ま、待って!さっき私達付き合ってるって……」
「あのままだと絶対明日にはあの先輩と付き合ってるって事にされてたぞ。あれくらいの嘘を言わないと効かなそうだったからな」
「嘘……」
「ハルも早く教室戻れよ」
こうしてハルと別れた。
別れ際に悲しそうな顔をしていたが見て見ぬふりをした。
翌日から、先輩の取り巻き連中からの嫌がらせが追加された……