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ショートショート6月〜5回目

筋斗雲ひろった

作者: たかさば

 ……少し前に、おかしなものを拾った。


 モコモコしていて、白っぽくて。

 呼ぶと来てくれて、乗ることができて。


 いわゆる……、筋斗雲である。



 先週の事だ。

 毎朝近所の公園を一周することをルーティンとしている私は、芝生の丘の横にススキがわさわさと生えているのを見かけて…なんかエモいと思い、写真を取るために近づいた。


 すると…、なんか明らかにちょっと違う感じのモコモコしたものが落ちていることに気がついた。


 もしかしたら子猫かもしれないと思ってそっと近づき、ひょっとしたら念願の猫飼いになれるかもしれないとドキドキしながら…手をのばした。


 モコモコは、ただの綿っぽいものでしかなかった。

 がっかりしながらも、これは一体何なんだろうという疑問が湧いたので、観察してみることにした。


 真っ白で、きれいで、汚れてなくて。

 ふわふわしてて、触ってるけどいまいち現実味がない質感で。

 軽くて、ちょっと温かさを感じて、しっぽみたいなのが生えてて。


「……なんか、筋斗雲みたい」


 何も考えずに、ごく自然に、ふいに、…ぽそっと口から言葉が出た。


 ……そしたら。


 モコモコがぐんぐん大きくなって。

 すうっと私の足元に潜り込んで。

 体がぷかぷかと浮き始めて。


 ビックリしてバランスを崩して、しりもちをついたけど…、痛くなくて。

 ゆっくり浮上していく自分に驚きつつ、夢じゃないかと頬をつねってみたら…、しっかり痛くて。


 ―――うわ…ナニ、これ、すごい!

 ―――もしかして…本物の筋斗雲?!


「わっふ、わふっ!!」


 大喜びで急浮上しようとしたその瞬間、ススキのフワフワの向こうから…顔なじみの秋田犬、マロの声が聞こえた。


 ちちちん、りりん!!


 おじさんが腰につけている鈴の音も聞こえた。


 ―――こんなところを見られたら…、大騒ぎになる!!!


 急いで筋斗雲から飛び降りて、グルグルと丸めて…ポケットに詰め込んだ。


 焦りながらもいつも通りに挨拶をして…、気持ち足早に帰宅した。

 筋斗雲を狭苦しいポケットの中から開放してから、いつも通りにシャワーを浴びた。


 髪をタオルでボフボフやりながら出ていくと、部屋の真ん中で筋斗雲がリラックスして浮いていた。


 物の少ない6畳のワンルームのど真ん中で、なんとなくふわふわと揺らいでいて…、明らかに場違いというか、ありえない不思議な光景だった。

 まるで呼吸をしているような、生き物っぽいような、でも確かに雲にしか見えなくて、違和感がすごかった。


 出勤前の一時間、身なりを整えたりコーヒーを飲みながらいろいろ試してみたところ、やはりこれは筋斗雲で間違いないという判断に至った。


 呼べば来るし、私を乗せて浮き上がることができて、移動することもできる。

 思わず天井の端っこにできていたクモの巣をティッシュで取る作業に没頭してしまって…、危うく遅刻しそうになってしまった。


 会社に向かう電車の中で、遠くに浮かぶ雲を見ながら…いろいろ考えた。


 ―――なんで筋斗雲が落ちていたんだろう?

 ―――誰が落としたんだろう?

 ―――もしかして私めっちゃ運がいい?

 ―――本当に雲みたいな見た目なんだな…。

 ―――本当に呼ぶと来るんだな…。

 ―――しゃべらないけど微妙に動いてるし、ペットっぽいよね…。

 ―――意思の疎通はできるんだろうか?

 ―――呼べば来る位なんだから、ある程度はコミュニケーションが取れるはずだよね…。

 ―――エサとかいるのかな?

 ―――普通雲はものを食べないよね…。

 ―――家に帰ったらしぼんでたりしないかな?

 ―――というか、丸めてポッケに入るなら持って来れば良かったんじゃ…。

 ―――というか、丸めてよかったの?

 ―――丸めたらかわいそうか。

 ―――確か本家の筋斗雲って、空に浮いているのがデフォで持ち運びはできなかったような。

 ―――帰ったら外に出してあげたほうが良いかな?

 ―――でもススキ畑に落ちてたってことは、飛べなくなったってことじゃ?

 ―――いやいや、私を乗せて確かに浮き上がったよね…?

 ―――それにしても…私って筋斗雲に乗れるくらいいい人だったんだ。

 ―――確か悪い人って乗れないんだよね。

 ―――私…心が清らかってこと?

 ―――悪い人ではないと思って生きてきたけど、なんかくすぐったいな。

 ―――ぼちぼち善行はしてるほうだとは思うけどね。

 ―――落ちてるごみは拾いがちだし、言われなくてもロビーの汚れを掃除しちゃうタイプだし。

 ―――人の悪口はいわないし、クレームだって言ったことがないもん。

 ―――そうだよね、昨日もおばあちゃんに席譲ったし!

 ―――真面目に生きてきてよかった!

 ―――神様っているんだなあ。

 ―――これがあれば頻繁に実家にも帰れそうじゃない?飛行機代も浮くし!


 テンション爆上がりでいつも以上ににっこり笑顔で働いて、ウキウキしながら帰宅すると…、筋斗雲は部屋の真ん中でふわふわと浮いていた。


「きんとうーん!」


 パンプスを履いたまま呼びかけると、すうっとこちらに近づいてきた。……そのすがたの、かわいいことといったら、もう!


 音もなく足元にやってきて、パンプスを脱いだ私を少しだけ浮かせて、部屋の中央へと移動し始めた。


 ……ナニこれ、すごく健気じゃない?!

 たかが歩いて五歩の距離を、懸命に運んでくれる筋斗雲に感動してしまった。


 愛情がぐんぐん膨張していくのがわかった。

 誰が捨てたのかはわからないけど、大切にしてあげようと、かわいがってあげようと思った。


 とはいえ…まさか街中でいきなり雲に乗るわけにもいかない。


 とりあえず仕事のある日は家の中で我慢してもらって、休みの前日の夜、目立たない時間帯に散歩に連れて行ってあげる事を決めた。夜間、遠目で見ればモコモコした大型犬に見えなくもなさそうだと思ったのだ。



 そして本日…、ようやく念願の土曜日がやってきた。


 引きこもらせ生活も四日目。天井のホコリやライトの汚れを根こそぎ掃除した結果、くすみがすっかり取れて、ワンルームの雰囲気が少しばかり明るくなったのが地味にうれしい。


 明日は休みなので、仮に今日夜明けまで空中散歩をしたとしても、翌日寝て過ごせるので無理もできるはずだ。


「帰ったら思いっきりお散歩に連れてってあげるからね!!」


 何も言わずにふわふわと浮いている筋斗雲に声をかけ、家を出た。



 ルンルン気分で仕事を終え、スーパーに寄って食糧を買い込んで帰宅すると、筋斗雲はいつものようにぷかぷかと浮いていた。


 ふわふわとこちらに近づいてきて、スーパーのレジ袋を乗せてキッチンまで運んでくれて…うれしくなる。……ホントかわいいなあ、もう!


 スーツを脱ぎ、ウォーキングウエアに着替え、エネルギーチャージゼリーを一本飲んで、ポッケに丸めた筋斗雲を忍ばせて家を出る。


 私は普段、休みの前日の夜には長めのウォーキングに行くことにしている。事務職ということもあって運動不足になりがちなので、なるべく体を動かすようにしているのだ。

 いつもは人通りの多い商店街のアーケードを二往復したあと公園の入り口まで行って、コンビニでコーヒーを買って帰ってくるのだけど…今日は芝生の上で飛行練習をしよう。でもってうまく飛べそうなら、闇が身を隠してくれる時間帯を存分に活用して、空中散歩としゃれこもう!!


 公園は市内でも有数の大きな公共施設で、日中はかなりの賑わいを見せるものの…、早朝と夜間はひっそりとしている。

 夜間にジョギングをしている人はいないこともないが、ムーディーに照らされている歩道ではなく、照明のない芝生の上であればおそらく目立つこともないはず。

 もしバランスを崩して落っこちたとしても、芝生の上ならば怪我もするまい…。


「筋斗雲、ほんの少し浮いた状態で、ゆっくり飛んでみて…」


 ポッケの中でぎゅっとなってる筋斗雲を芝生の上に開放し、ささやくように…お願いをしてみる。

 大きな声を出して目立ってしまったら…見つかってしまったら、騒ぎになる危険がある。注意を払いながら、慎重にことを進めなければ。


 できればモコモコしてる部分が、もっとぺちゃんこになってくれたほうが良いのにな…、そんなことを思ったら、筋斗雲が足元の芝生に沿うように薄くなった。

 なんて気の利く雲なんだと思ったけど、よくよく考えたら…当たり前のことなのかもしれない。

 心の清い人しか乗せないって事は、心が清いかどうかがわかっているということで、おそらく…思っていることが筒抜けなのだろう。


 筋斗雲は、何も言わなくても、思ったとおりに動いてくれた。


 遠目には歩いているようにしか見えないスピードで芝生の丘を飛んだり、走っているような抑揚をつけつつ高台に向かったり、極限まで薄いシート状になって動く廊下みたいになったり、足の裏サイズになってみたり…汎用性の高さに驚く。


 大喜びで公園内を飛んで(移動して)いると、ふと目の端に…ピンク色の光が見えた。


 あの光は…ああなんだ、ファッションホテルの照明か。

 このあたりは高速道路の出入り口が近いから、あの手のホテルが乱立してるんだよね。


 ホント365日毎日毎晩昼も夜も盛んなことで…。

 良いですね、恋人がいらっしゃる方々は…。

 うらやましくなんてないからね?!

 さびしい独り身にあの光は目の毒っていうか。

 まあ、一回も間近で見たことないんだけどさ!

 というかああいうことするための施設ってどうなの…。

 堂々とこれからやる事しますよ的なさあ…。

 従業員も大変だろうなあ…。

 他人のお楽しみの後の片付けなんて相当ストレスが溜まると思うよ…。

 最近じゃ飲食の提供とかもあるんだってね。

 これからハッスルするカップルとご対面とかどうなの。

 やっぱ素っ裸でカレーとか受け取るのかなあ。

 そういえばラブホ従業員の実録マンガ面白かったなあ。

 リアリティあふれる描写がまた秀逸でさあ。

 土曜の夜だしめちゃめちゃ混んでるんだろうなあ。

 朝までコースがほとんどなんだろうねえ、体力あるねえ…。


 あの建物の中では、今まさにあんな事にこんな事まさかのプレイも繰り広げられているに違いない。

 イチャコラ楽しそうに幸せそうに、ねっちりむっちりぐっちょりエロいこ


「…えっ!!!」


 ややスピードに乗って坂道を下っていたら!!


 いきなり足の裏が地面に貼りついて?!


「と、ととっと…!!!」


 危うく転びそうになり、あわててバランスを取り直して、何とか堪える事に…成功した、けどっ!!!


「うわ、びっくり、した…え、何?どうしたの??」


 何かに躓いたのかなと思って足元を見ると、きんとうんが足の裏の形のまま…少し離れたところの地面にくっついているのが見える。

 どうしたんだろう、何か見つけたのかなと思って近づいたら、きんとうんがモコモコとした雲の形に変形していく…。


 危ないなと思って、大きめのサイズに変形してくれたんだろうか。

 ……ホント気の利く子だなあ、もう!


 近づいて、ゆっくり足を乗せてみると……。


 ……??


 なんと、さっきまでアレほど存在感があった筋斗雲が…信じられないくらい希薄なものになっている!!


 確かに雲はあるのに、足が筒抜けるような。

 ちゃんと踏んでいるはずなのに、霞を突き抜けたような。


 ……ちょっと待って、これってもしかして。


 私、筋斗雲に乗る資格がなくなったってこと?!


 アレほど仲良く一緒に暮らしていた筋斗雲が、私の足元から…すり抜けていく。


 夜の闇によく映える、真っ白な…きんとうん。

 捕まえようと手をのばしたけれど、私の手は何も掴まず、パタパタと空をかくばかり。


 ………。


 たった…アレだけで?!


 ほんのちょっとエロ(たみ)のことを思い浮かべただけで?!

 ものの十秒いかがわしいワンシーンを思い浮かべただけで?!


 こんなにも塩対応になるもの?!

 バッサリし過ぎてるでしょ?!

 ナニこの容赦ない感じ!!

 なんかめっちゃ清純じゃん!!

 潔癖すぎるじゃん!!

 真面目すぎにもほどがあるじゃん!!!


 こんなの…うかつに物事を考えられないやつじゃない!!

 危なかった…もし大空に飛び立っていたら!!

 取り返しのつかないことになってたに違いない!!


 目の前でふわふわと浮いている筋斗雲を見つめながら、つい…怒りの感情を向けてしまう。


 ……筋斗雲はただただ、忠実に己の信念を貫いているだけなのに。


 というか、エロって悪って考え方なんだね…。

 どこからがエロラインなんだろう…。

 乗るのはOKではあるんだよね?

 触るのはいいのかな?

 たぶん舐めたらだめなんだよね。

 雲の構造なんて知らないし、もしかしてヤバい場所を舐めちゃう可能性だってあるわけで。

 触っていい場所とか決めてるのかな。

 指先を突き刺してもアウトなのかな?

 てゆっかお医者さんなんかの場合はどうなるんだろう。

 たぶんごっこはダメだろうけど、本職は許される?

 いやいや、仲良しの女医さんはそれはそれはハイレベルな御腐人で…。

 ここぞとばかりに触りまくって偶然を装っていろいろやらかす未来しか…。

 あの人擬人化至上主義だから、たぶんいろんなCP…プレイ…ご愁傷様…。

 確かに雲を使ったプレイとか魅力的ではあるよね…。

 青空のど真ん中で開放的にくんずほぐれつとか…。

 あ~も~、創作してたら、筋斗雲なんか乗れるわけないじゃん…。

 常にネタ探ししてるような私に、乗りこなせるはずないじゃん…。

 床が抜けそうなくらい溜め込んだ薄い本見に行くために実家に帰れるって思ったのにな…。

 実家にあるお宝の心配したら即落下するってことだよね…。

 そうだ、素っ裸で移動中にエロいことを考えて落っこちた先にグフフがムフフでエヘヘののちにバッチリ―――!!!


 一度きっかけを得てしまった脳内には、次から次へと……エロい妄想があふれ出す。

 煩悩が渦巻いて、いつも以上におかしな方向に創造が膨らんでいく。


 おっかしいなあ、私、普段、本当にごく一般的で平凡なアラフォー事務員でしかないはずなのに。

 どうしてこんなにも、エロ妄想の才能に満ちあふれているんだろう。


 頭の中が筒抜けなのは……確認済みだ。


 (ただ)れた思考をばっちり受け取ってしまったであろう、筋斗雲は。

 文句を言うでもなく、震えるでもなく、縮こまるでもなく。

 穏やかに、ごく普通に、ふわふわと浮いていたものの。


 ほのかな夜風に乗るように、私のもとから…離れていき。


 そのまま、遠くの方へと……、飛んで行ってしまったのだった。

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