6. 王子と会食
その翌日の夕食は、ジュリアン殿下との会食だった。
いつもの食堂で、いつものように家族で集まり、テーブルを囲む。それにジュリアン殿下が混ざっている形だ。
けれど食堂で国王一家が揃って食事をする、というのが彼にとっては信じられないことだったようだ。
「賑やかな食事なのですね」
そう驚いたように口にしたあと、にこりと笑う。
「もしかすると、静かに食事をしたかったでしょうか」
兄が不安げにそう問うと、彼は慌てたように、手を顔の前で振った。
「いえっ、そんなことは。家族と食事をすることはほとんどないので、楽しいです」
「ほとんどない?」
私には、そのほうが驚きだ。
「はい、エイゼンでは皆、食事の時間というものは、家族ではなく、自分の助けをしてくれる貴族たちとするものです」
要は、接待を受けたり接待したりするようなものか。
もちろん私たちにもそういう機会はあるが、たいていは家族と一緒だ。
「でも今日は、顔合わせの会食ですから、似たようなものかもしれませんわ」
ほほ、と笑いながら母が話し掛ける。
ちなみに昨晩は、母の怒号が王室の中で響き渡っていたらしい。すっきりしたのか、今日は少々上機嫌だ。
それに、今日は食堂内の様子が違うからかもしれない。
いつもの食事は、給仕人や侍女たちは数人しか付かないのに、今日はやたらに人が集まっている。
給仕人はエイゼンの王子殿下がいらっしゃるということで張り切っているし、粗相のないようにと何人もの侍女も控えている。
食卓の上も、花やら燭台やらで、いつもよりも豪華に飾り付けられていた。
またジュリアン殿下の食事を見守るようにマルセルが後方に控えているのを見て、いつもは食堂の外で待機している騎士たちも、今日は食堂内に入っている。
張り合っているつもりなのか、ラーシュもいつもの気が抜けたような感じではなくて、ぴしりと背筋を伸ばして立っていた。
ジュリアン殿下はこれがいつもの食事風景と思うかもしれないが、私たちとしてはかなり気合が入っているのだ。
父も母も兄も弟も、いつもよりも上等な装いだし、そして私も今日はドレスを着せられている。
「食事にあまり華美なものもおかしいですよね」
と侍女たちが見繕ってくれたドレスは、紺色の生地に新緑色の糸で、木蔦が裾や袖に刺繍されたものだ。手は込んでいるが派手さはなく、上品さを醸し出している。
やはり任せて良かった、と私は感心してしまった。
ただ、ソースを飛ばして汚しはしないかと少し心配ではある。
「昨日は少々、落ち着きませんでしたものね、自己紹介をしましょう」
母は食卓を見回して、そう明るい声で提案した。皆、異論はないのか首を縦に振っている。
そうして私がソースを飛ばさないようにと恐る恐るフォークを扱っている間に、どんどんと自己紹介は進んでいった。
最初はまず、この場に慣れ親しんでいない者から始まった。
「では改めまして、私から。マッティア国王グスタフ陛下、並びに王妃イーリス殿下。私はエイゼン第七王子、ジュリアンです。お世話になることも多々あろうかと思いますが、よろしくお願いします」
ジュリアン殿下はおよそ十歳とは思えぬ落ち着いた口調と態度で、途切れることなくそう述べた。
父と母は目を細め、微笑みとともに軽くうなずく。
次に兄が、母似の金の髪と青い瞳を輝かせ、胸に手を当てて口元に弧を描く。
城の侍女たちは兄を見かけるたびに、きゃあきゃあはしゃいでいるが、躊躇いなく獲物に鉈を振るう様を見ても変わらないのか、常々疑問である。
「私はマッティア王国王太子、コンラードです。なにか不都合があれば遠慮なく私にでも仰ってください。善処しましょう」
「よろしくお願いします」
兄の自己紹介が終わると、皆の視線が私に集まってきた。
私は慌てて口に入っていた人参のグラッセを噛んで飲み込むと、ジュリアン殿下のほうに向き直った。
「第一王女、カリーナです。その……」
私があなたの婚約者となる女です、と言うべきなのかどうなのか悩んでいる間に、ジュリアン殿下は先に口を開いた。
「私の婚約者がこんなに素敵な女性で嬉しいです」
にこにこと笑顔でそう褒めてくる。
それは本音か? と訊き返したくなるような、演技がかった澱みない言葉だった。
「あ、あの、ジュリアン殿下」
そこでエリオットが思い切ったように声を上げた。
ジュリアン殿下がそちらを向いたと同時に、エリオットは身を乗り出すようにして、口を開く。
「ぼ、僕は第二王子のエリオットです。ジュリアン殿下と同じ十歳です」
「はい、聞き及んでおります。よろしくお願いします」
懸命に言葉を紡ぐエリオットとは対照的に、ジュリアン殿下は落ち着いた様子で返している。
「あの、同い年ですし、仲良くしてくださいね」
エリオットはそう挨拶を終えると、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら言いたかったことはちゃんと言えたらしい。可愛い。
「私も仲良くしていただけると嬉しいと思っていました」
またしてもジュリアン殿下は澱みなくそう口にする。
もちろん、まるきり嘘というわけではないのだろう。
けれどこれが本当に十歳の男の子の態度なのだろうか。近くにいるだけに、エリオットとの違いが浮き彫りになる。
感情が、まるで読めない。
大国の王子として生まれ育つと、こうなってしまうのだろうか。
無理をしているのでなければいいのだが、と私の胸に一抹の不安が残ってしまった。
◇
それから数日後。エイゼンからやってきた人たちは、本当にジュリアン殿下を残して、マルセル以外は全員、帰国の途に就いた。
彼らが城を出て行き、そして見えなくなるまで、ジュリアン殿下はずっと背を伸ばしたまま見つめていた。