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4. 王子と従者

 そういうわけで私は城に戻ると、ドレスに着替えることにした。

 ほとんど着たことがないので、一人で素早く着るのは無理だと判断して、滅多に鳴らしたことがないベルを手に取る。

 するとベルを一回振ったと同時に、バタバタと侍女が二人で入室してきたかと思うと衣装戸棚を開き、迷わずドレスとアクセサリーを手に取り、鏡台の前に立たせられた。


「そうですよねえ、エイゼンの王子さまを出迎えるんですものねえ」

「なのにいつも通りに乗馬服を着ていらっしゃって、でも誰も何も言わないし、そんなものかと納得してしまって」

「それでもやっぱり普通はドレスを着るんじゃないかなとは思っていたんですよ」


 侍女たちはなにやら納得したように、うんうんとうなずいている。

 どうやら、そんなこともあろうかと待機していたらしい。


「姫さまがドレスだなんて、どれくらいぶりかしら」

三月(みつき)くらい?」

「あれは侯爵家のお嬢さまの誕生日だったから、四月(よつき)ね」


 黙り込む私とは対照的に、二人ははしゃいだ声でしゃべり続けている。それでも手が止まらないのはさすがだ。

 久しぶりのドレスを着て、髪を結い、化粧を施され、かろうじて王女らしい姿になる。


「さあ、参りましょう。エイゼンの王子殿下は謁見室に向かわれたということですから、急がないと」


 そうして私は、婚約者となる王子さまが待つ部屋へと向かったのだった。


          ◇


 謁見室にたどり着くと、目の前で侍女たちが扉を開ける。玉座の近くにある扉だ。

 私は楚々として中に足を踏み入れる。というか、ドレスは動きにくいので楚々とするしかない。


「お待たせして申し訳ありません、マッティア第一王女、カリーナにございます」


 背後で扉が閉まると同時に、私は右足を後ろに引き、淑女の礼をとる。

 顔を上げると、その場にいた者たちから注目されているのがわかった。


 玉座には父、その隣に母、兄と弟は父の横あたりで起立している。衛兵たちが何人か壁際にいて、その中にはすでにラーシュが紛れ込んでいた。


 玉座から伸びるように敷かれた深紅の絨毯の上に、金の髪の王子殿下、そしてその斜め後ろにあの従者が立っている。


 大国エイゼンの王子が、小国マッティアの王族の者に傅くように立っているのは、なんとなく奇妙な感覚がする。

 けれど、どんな小国であろうとも、父は国王なのだ。

 大国の王子であっても、父のほうが立場は上だ。

 それならこれでいいんだな、と心の中で納得する。

 ならば私は母の隣に行こう、と玉座の後ろ側に回ろうとしたところで。


「……王女殿下?」


 ぼそりとつぶやかれた言葉が耳に入る。

 声がしたほうに視線を向けると、ぽかんと口を開けた従者の顔が見えた。

 みるみるうちに、従者の顔色が蒼白になっていく。

 血の気が引く、というのをこの目で確認することがあろうとは、思ってもみなかった。


「も、申し訳ありません!」


 従者は、ガバッと頭を下げ腰を折った。


「まさか王女殿下、御自ら出迎えに来てくださるとは思いもしませんで、無礼なことを!」


 彼はそのままの姿勢で動こうとしない。

 いやまあ、そんなことだろうとは……指摘されて初めて気付いたわけだが。


「ああ、構いません。気にしておりませんし」


 私はそう声を掛けたが、従者は顔を上げない。

 困ったな。そこまでされることでもないのだが。


 壁際のラーシュが目に入ったが、彼は嬉しそうにニヤニヤと笑っている。まったく、趣味の悪い。

 知らない間になにかあったのかと、父も母も兄弟も、首を捻っている。


 どう説明してどう収めようかと考えていると、事の成り行きを見守っていた、王子殿下が口を開いた。


「カリーナ王女殿下。私の従者も、そして私自身も、大変失礼をいたしました」


 そうゆったりとした口調で言うと、ジュリアン殿下は頭を下げた。


「殿下……!」


 それに気付いたのか、従者は慌てふためいている。


「殿下が頭を下げるようなことではありません。私めの不徳の致すところです!」

「いや、私も気が利かなかったし、それにお前は私の従者だ。お前になにか落ち度があるというのなら、それは私の落ち度なのだ」

「殿下……」


 従者は今にも泣きそうである。

 そして見た感じ、二人のやり取りは、ものすごく芝居っぽい。

 だから傍からは、こちらの温情を狙っての演技かのようにも見えるだろう。でも私には、二人が大真面目にこちらに謝罪しているように感じられた。


 すると、はっはっは、という豪快な笑い声が湧いた。


「いやいや、お二人とも、頭を上げなさい」


 父だった。

 少々浮かれているように見える。

 マッティア国王の言葉に従わないわけにもいかないのか、二人はゆっくりと顔を上げた。

 父は口の端を上げ、愉快げな声を出す。


「カリーナは見ての通り、少々跳ねっかえりでしてな。いやこのマッティアにおいては、そのほうがいいのだが」


 そして苦笑交じりに続けた。


「普通なら、王女という立場の者が出迎えになど行かぬだろうから、勘違いも致し方ないでしょうしな」


 なるほど、これか。

 隣に座る母が、それを聞いて、少し口を尖らせている。

 知りませんよ。今は良くても、あとから癇癪を起こされるのは間違いない。

 父はどうにも、母に対する学習能力が足りない、と思う。


          ◇


「お疲れでしょう。今日のところはゆるりとしていらして。食事も部屋に運ばせます。また明日にでも会食のお時間をいただけると嬉しく思いますわ」


 と母が労い、


「お気遣いに感謝いたします」


 と王子殿下が頭を下げた。

 そうして挨拶が終わると、二人は侍女に案内されながら、謁見室を退室していった。


 そういうわけでせっかく着たドレスは、あっという間に無用の長物と化した。

 こんなことなら乗馬服のままで謁見室に来るべきだったかと、ため息が漏れる。


「で? カリーナ、なにがあったんだ?」


 兄がそうこちらに問うてきたので、事の次第を語った。


「疲労もあったのでしょう。苛立つのも致し方ないかと」


 私が淡々とそう述べると、兄は軽く肩をすくめた。


「カリーナがそう言うなら、問題はないが」

「でも、相手が誰であれ、そういうのは良くないと思います」


 弟が少し憤慨した様子で意見する。可愛い。


「いや、却って良かったかもしれないぞ」


 父が肘当てで頬杖をついて、にやりと笑った。


「第七王子とはいえ、やはり大国の王子殿下だからな。これでこちらを軽く見ることはないだろう」


 弱みを握ってやった、というところだろうか。

 確かに最初の従者の態度は、マッティア側を軽く見ていた、と思えるものではあった。


「まあ、あんなに幼い王子殿下に、そんな意地悪なことを思わなくても」


 母が父の発言に眉根を寄せる。

 たぶん、先ほどの父の逆襲に対する怒りも含まれている気がする。


「それに、今は衛兵たちもついていますけれど、近々帰国するとか。お寂しいでしょうし、温かい目で見てあげてはどうかしら。結局ここに残るのは、あの従者だけなのでしょう?」

「えっ、そうなのですか」


 確かに大国の王子にしては寂しい隊だ、とは感じた。けれど長旅でもあるし、必要最低限の装備で入国したのかも、と考えていたのに。

 王子の馬車を守るように囲んでいた騎兵たちも、王子の世話をしていたのであろう侍女たちも、皆帰ってしまうのか。


「ええ、そうよ。あの従者……マルセルと言ったかしら、彼はジュリアン殿下の騎士だから、ずっと付き従うそうだけど」

「へえ……」


 ではジュリアン殿下は、あの年齢で、家族とも、おそらくいたであろう親しい者たちとも離れ、このマッティアに輿入れしたということか。

 それはあのマルセルという従者も同じこと。

 ならば、あの程度の苛立ちは受け入れて差し上げるべきではないだろうか、と思った。

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