39. 八歳年下の王子さまと、政略結婚することになりました
私は手紙を何度も書いた。
最初はまったく返ってこなかったが、しばらくすると、返事が届くようになった。
案の定、私からの手紙はジュリアンの元には届いていなかったらしい。
そしてそれを届くように尽力してくれたのは、ジュリアンが言うところによると、バイエ侯爵だというから驚きだ。
『彼はあれで、実は優しいんですよ』とジュリアンが書いていて、それに一筆、『いつぞやは失礼いたしました』と違う人間の字が添えられていた。まさか侯爵に書かされているということはあるまい。
ということは、ラーシュが言った、『三日間をくれた』というのも的外れでもなかったのだろう。
その証拠に、ジュリアンは約束通り、マッティアに帰ってくる。
兄曰く、「考え得る限り、最速の秩序の回復」とのことだそうだ。
「きっと、誰とでもそつなく交渉できる誰かが、いろいろと画策したんだろうね。血が流れずにいたのは幸いだった。おかげで平定も早かったし安定したよ」
なにをどうやったのか私の頭では想像もつかないが、あれだけ荒れていたエイゼン王城も、王太子である第二王子を中心として落ち着いているらしい。
かつて王太子であった第一王子やその派閥は僻地への降下とはなったが、極刑よりはかなりマシだろう。
とはいえ、要らぬ内乱でいくばくかの国力は削がれた。エイゼン王国としては他国との関係も考えねばならない。特に国力が拮抗していた隣国クラッセとの関係悪化を危惧するエイゼンは、他国との繋がりの強化に舵を切った。
兄がクラッセとの縁談を進めていることもあり、エイゼンから我が国に、「第七王子との政略結婚」の申し出があった。
「是非にということなら、お受けするのもいいだろう」
父の言葉は絶対なので、そうして再びの政略結婚の運びとなった。
あれから六年経った。私は二十四歳になり、そして彼は十六歳になっての再会になる。
ほんの少しの恐怖心とともに、私はその日を迎える。
◇
私はサジェの街まで出迎えに行く。
最初にジュリアンが入国したときと同じように。
王城を出るときに、本人が出迎えにいくべきかいかないべきか、父と母でひと悶着あったが、私は変わっていないという証明をするような気分で、結局、出迎えることにした。
しばらく不安な気持ちとともに待っていると、にわかに街道の向こうが騒がしくなってきた。
ラーシュは目の上に手をかざして、遠くを見やる。
「おっ、ご到着みたいですね」
「ああ」
私は馬から降り、国境検問所の砦の脇に立った。
「さあ、並ぼう」
私が振り返ってそう声を掛けると、その場にいたマッティアの衛兵たちは下馬し、十人ずつ、両脇に等間隔できちんと並ぶ。
そのとき、強烈な既視感に襲われた。
同じだ。初めて会った日と同じことが繰り返されている。
あれから本当に六年経ったのか。もしかしたら、あの日に戻ったのではないのか。そんな妙な感覚に包まれる。
砦をくぐり、マッティアに入国してきた黒い馬車。エイゼン王国の剣の意匠の紋章が入った馬車。
同じ馬車ではないかもしれないが、あのときの馬車との違いは私にはわからなかった。
私の心臓は、バクバクと脈打ち始める。
馬から下りて待つ私の前に、馬車は停まる。
それを眺めるしかできない私の前で、扉が開いた。
まず、こげ茶の髪をした青年が降りてくる。マルセルだ。少し痩せたかもしれない。苦労したのかも。
そんなことを思っていたら、彼はこちらを見て、ほっとしたように柔らかく笑みを浮かべると、頭を下げた。
「王女殿下、御自らのお出迎えに感謝いたします」
どうやら、同じ失態は繰り返さないらしい。やはりあのときとは違うのだ。なんだか私はおかしくて、つい小さく笑ってしまった。
「長の旅、お疲れ様でございました」
私がそう応えると、彼は馬車の中に呼び掛ける。
「殿下」
すると、中で人影が動いたのが目に入った。
彼が、降りてくる。
金色に輝く、癖のある短い巻き毛。新緑色の瞳。
そしてこちらに顔を向け、彼は微笑んだ。
「カリーナ」
いくぶん、低くなった声で呼び掛けられて、私は硬直してしまう。
そして。
「お」
思わず、大声を上げてしまった。
「大きくなったなあー!」
彼の身長は、私を追い抜いてしまっていた。
それに身長も伸びたが、体躯もがっちりして、胸板も厚くなっている。
いや六年経てば、もちろん成長しているだろうとは思っていたが、もうすっかり青年ではないか。
元々、幼さがあまりない表情をしてはいたが、外見は間違いなく少年であった。けれどもう、立派な男性としか言いようがない。
私が驚きのあまりに、開いた口が塞がらなくなってしまっていると、背後からラーシュの声がした。
「姫さま……それは、久しぶりに会った親戚の子どもに対する反応だと思います……」
「そ、そうか?」
「さすがの俺も、可哀想に思えてきた……」
ラーシュは両手で顔を覆ってしまっている。周りにいた皆も、気の毒そうな目でこちらを眺めていた。
ジュリアンは、俯いて肩を震わせている。
けれど堪えきれなくなったのか、声を上げて、お腹を抱えて笑い出した。
「カ……カリーナ、まさか、そん、な……反応、だとは……」
まともに喋れぬほどに、笑い続けている。
どう考えても、笑い過ぎだと思う。
「ええーと、乗り換えの馬車は……」
さすがに気まずくなったのか、マルセルがこわごわと尋ねてきた。
「あ、ああ、こちらに」
私が手のひらで我が国の馬車を差すと、まなじりから出てくる涙を指で拭いながら、ジュリアンはそちらに歩き出す。
「今回は、カリーナも同乗してほしい」
笑いを含ませた声でジュリアンがそう言うので、私はうなずく。
先に乗り込んだ彼は、こちらに手を差し出してきて、私の手を握ると中に引っ張った。
ほとんど振り回されるような形で、私は座席に腰掛ける。手も大きくなったし、力だって強くなったのだ、と思うと、どぎまぎしてしまう。
外から扉が閉められると、ジュリアンは私の横に座る。しばらくすると、ゆるゆると馬車は動き出した。
そして馬車に乗り込んでも、まだジュリアンはお腹を抱えて笑っていた。やっぱり、いくらなんでも笑い過ぎだ。
六年経っても、そこは変わらなかったらしい。
「いや……さすがにそこまで大きくなっているとは思っていなくて……手紙だとわからないし……」
ボソボソと言い訳じみたことを口にすると、ジュリアンはとりあえず笑うのを止め、こちらに顔を向けて口を開く。
「かっこよくなった?」
「なった」
素直にうなずく私を見ると、彼は目を細めた。
なんだか気恥ずかしくなって、私は俯いてしまう。
彼はかっこよくなったが、私はどうだろう。
フレヤとマティルダに美容のアレコレを訊いて、手入れは怠らないようにはしてきたのだが、野山を駆け回るせいで、日に焼けることも多い。
がっかりされていないだろうか。
私は不安を胸に、ぽつりと問い掛ける。
「私も、変わったか?」
さすがに六年の歳月は、私の姿も変えただろう。
「いや」
ジュリアンは、緩く首を横に振る。
「カリーナはいつでも、綺麗だ」
彼は私に腕を伸ばしてきて、手を握る。あの頃より大きくなった手は、けれど変わらず、優しく包み込むようだ。
すると彼は顔をこちらに近付けてくる。
私は目を閉じて応える。
唇が触れた瞬間、私は、あの日の誓いがまだ守られていたことを、その温もりから感じ取った。
きっとこの先も、その誓いは破られないのだろうと、私は彼の腕の中で、確信めいた気持ちを抱いたのだった。
了
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