38. 王女たちのその後
ジュリアンがエイゼンに帰国してしまったあと。
私たちの生活は、さして変わらなかった。
ときどき、そこにいたはずの人がいないことに気付いて、ハッとすることもある。
それでもやっぱり、日々は過ぎていくし、季節は巡るのだ。
◇
兄がやたらと外遊に出るようになったので、私は王家所有の山の管理を任せられるようになったし、舞踏会への出席なども自分で決めるようになった。
どうやら兄は、隣国クラッセとの国交をより開くことに尽力しているらしい。間に合わなかった、というのはこのことのようだ。
政略結婚を重ねて生き残ってきた我が国は、もちろんクラッセとの血縁もあるのだが、あまりにも前のこと過ぎて、もう遠い昔の話になりつつあった。
「やっぱり、並外れて違い過ぎる国力は、脅威でしかないからね。できればエイゼンと我が国に挟まれているクラッセとは、友好関係を築きたいところだよ。前々から接触は図っていたんだけれど、ようやくあちらの王家の方々と親密になってきたというところかな」
その中でも特に、末姫との親交を深めているらしい。
兄曰く、「もちろん外交」ということだそうだ。
しかし、ずいぶん年下の姫君に、きりきり舞いをさせられている兄は少し見ものである。
「ぜんっぜんわからない!」
と手紙に向かって叫んでいるのを聞いたときには、兄でもそんな声が出せるのかと驚いた。
ついでに、なにかわからないのかもわからない。
「もう知るか!」
と頭を抱えながらの叫びも聞いた。ちょっと心配になってくる。
「大丈夫なんだろうか。そんなに気に入らないのに、本当に友好関係は築けるんだろうか。お相手の姫君が気の毒になってくる」
私もクラッセに出向き、お会いしたことがある。可憐で朗らかな少女だった。ゆくゆくは結婚、と両王家で話は進んでいるらしいのだが、兄の叫びを聞くと、頓挫したほうがお互いのため、という気がする。
私の言葉に、ラーシュはひらひらと手を振った。
「いやあれ、外交がどうとか、言い訳ですよ。実際は、コンラード殿下のほうがベタ惚れなんだと思います」
「えっ、あれで?」
「ついでに言うと、お相手の姫君は、あたふたしているコンラード殿下を見て楽しんでいるんじゃないですかね」
「ええ? まさか」
「姫さま……さすがにそろそろ、そういうの、わかったほうがいいと思います」
「そうか……」
私は少々反省して、しゅんと肩を落とす。
結局ラーシュは、今も私の騎士をしている。
念のため、「嫌なら言え」と訊いてはみたのだが、
「俺を職なしにしないで!」
と返された。
彼がそれでいいのなら、今しばらくはこのままでいよう、と思っているのだが、もしもこの先、彼が自分の人生を違うところで歩みたいと選択するのなら、快く解放できればいい、と思う。
◇
ヨンセン家とオークランス家の事業は、ますますの発展を遂げている。
その報告のために、フレヤとフィリップもよく登城するようになった。
今日も二人は、仲良さそうに並んでいた。そろそろ、婚約者から夫婦になる、との報告も聞けるのかもしれない。
「エリオット殿下のご婚約も整うそうですね。おめでとうございます」
二人から、そう祝いの言葉を掛けられる。
「ああ、ありがとう」
「お相手が心配ですけどね」
クスッと笑ってフレヤがいたずらっぽい声を出す。
そのお相手とは、マティルダである。
婚約話をルンデバリ侯爵家に持って行ったとき、彼女は戸惑いながらも、美しく淑女の礼をして応えた。
「畏れ多い話ではございますが、この上なく光栄に思います。謹んでお受けしたいと存じます」
人は、変わるものである。
今はマティルダは、とても淑やかで慎み深く、そして美しい少女である。
「ちょっと寂しいくらいだよ」
とエリオットは苦笑交じりに言っていた。あの十歳の頃のマティルダのことも、彼は気に入っていたらしい。
そうして私の周辺はどんどんと変わっていく。
けれど私だけは、世界から切り離されたように、なにも変わらずただひたすら待ち続けている。




