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【WEB版】八歳年下の王子さまと、政略結婚することになりました  作者: 新道 梨果子
本編

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37. 王子と約束

 そんな告白をして、すぐ。

 ボッと一気に、顔が熱くなった。じんわりと額に汗をかいている。


 今、私はものすごく、恥ずかしい発言をしたのではないのか。

 なぜあんな言葉を口走ってしまったのか。


 いや、けれどおかげで私は、ちゃんと『終わらせる』ことができる。曖昧で綺麗な言葉でごまかしたところで、終わりはしなかったのではないか。

 ならばこれでいいのだ。いいはずだ。

 とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。なにかもっと、いい言葉があったのではないか。


 一人、頭を抱えて羞恥に身悶えていると、隣から笑い声がする。

 恨めし気な目でそちらを見やると、ジュリアンは口元に手をやって、肩を揺らしていた。


「笑わなくても……」


 確かに恥ずかしい言葉ではあったけれど、それはひどいと思う。

 彼は口の端を上げて、こちらに顔を向けた。


「すみません、安心してしまって」

「安心?」

「どうしても、聞きたかった。じゃないと、決心できない」

「決心?」


 いったい、なんの話だろう。私は首を傾げるしかできない。

 すると彼は、笑いを引っ込めて、こちらに問うてくる。


「聞いてくれますか」


 その真摯な表情からして、これから彼の、『伝えたいこと』が語られる。

 私が背筋を伸ばして、こくりとうなずくと、彼はゆっくりと言葉を紡ぎだした。


「最初からの話をすると」

「ああ」

「この国に来てすぐの頃、カリーナは私と『家族になる』と言ったんです」


 言った。彼が泣いているところを聞いて、立ち去って、そして次にジュリアンが私の部屋を訪ねてくれた、そのときに。

 あのとき、彼はどんな表情をしていただろうか。思い出せない。


「私はそのとき、『家族』だなんて、薄ら寒い言葉を使う人だと思いました」

「薄ら寒い……」


 血の気が引く。まさかそんなことを考えていただなんて、思いもよらなかった。

 ジュリアンは続ける。


「母上はすでに亡くなっていたし、父上にもほとんど会うことはなくて。でも、兄弟はたくさんいる。だから私には家族がいると思っていた。血が繋がっているのだから、きっといつかわかり合えるだろうと思って、積極的に交流だってしようとした。兄弟たちは優しかった。だから家族だと、きっと向こうだってそう思っていると信じていた。なのに、結局のところ、駒でしかなかった。今も」


 彼は膝の上で、ぎゅっと拳を握る。それは、わずかに震えていた。言葉尻も荒い。


「だからカリーナが『家族』と口にすることに、イラつきました。どうせ同じなんだって。でも」


 そして彼は顔を上げる。表情に輝きが戻ってきているような気がした。


「この国の人たちは、血なんて繋がっていないのに、家族として扱ってくれる。欲して欲して、そして手に入らなかったものが、この国にはありました」


 マルセルが言っていた。『きっと、エイゼン王国にはなかったものが、この国にはあったんでしょう』と。

 まさしく、その通りだったのか。ジュリアンを慕う彼にだけは見えていたのだろう。


「そうして過ごしていたら、カリーナはいつでも本当のことしか言わないと知りました。それは態度からも知れました。あの言葉は真実だったんだと、それがどれだけ嬉しかったか、この心の中を見せたいくらいです」


 すると彼はまた腕を伸ばしてきて、そして私の手を握った。


「私にはカリーナが必要なんです」


 縋るような、声。


「誰にも渡したくない。ラーシュにだって」


 ふいに出てきた名前に息を呑む。

 私が見ないふりをしてきたことを、彼はきちんと正面から受け止めていたのだ。


「カリーナを失ったら、私はたぶん、生きてはいけない。だから」


 握る手に、さらに力が籠る。


「何年掛かろうとも、必ず、帰ってきます」


 きっぱりとした声が、私に向かって発される。

 私はただ、その新緑の色の瞳を見つめた。


「だから、待っていてほしい」


 その言葉に偽りはない。それが感じられる。

 これは、彼の本気だ。

 国と国との関係だとか、エイゼンでの彼の政治的立場だとか、そういう障害はすべて薙ぎ払ってくるという、宣言だ。


 ジュリアンなら、やれるのかもしれない。

 けれどその間、私の時間は止まってはくれないのだ。


「でも、何年も掛かると、私はもっと年を取る」


 そうして、彼に似合う、美しくて年の近い令嬢が現れるのかもしれない。ジュリアンはその女性に心惹かれるのかもしれない。

 そのとき私が彼の枷になるのは……きっと、耐えられない。


 私の返事に、ジュリアンは黙って私の顔を見つめたあと。

 小さく噴き出した。


「ああ、それはそうですね」

「そうですよ」

「でも逆を言えば、そのときは私も、少し頼りがいのある大人の男になっていますよ」

「そうか」

「ずいぶん年上の女性を娶っても、包み込めるくらいの男です」

「ああ」

「だから、それを信じて待っていてほしい」


 頭の中がグラグラと揺れている気がする。熱に浮かされているみたいだ。

 これを受け入れてもいいのか、と私の弱い心が囁いている。彼の激情は、今だけではないのか、と疑っている。


「では、期待せずに待っているから、もしも他に好きな人ができたときには、遠慮なく捨ててくれ」


 それを聞いたジュリアンは、しばしの間、言葉を失ったあとに、大きなため息をついた。


「まったく、カリーナは」


 呆れたように返してくる。


「こんなときでも、無神経です」

「すまない」


 反射的に謝ってしまった。


「そういうときには、ただ、『お待ちしています』と言えばいいんです」

「なるほど」


 つまりもう、腹を括るしかない。彼の懇願に抵抗できるわけがない。

 初めて恋をしてしまったのだから。


 私は、彼を、信じて待つ。

 だから私はそれを伝える。


「お待ちしています、ジュリアン」

「はい」

「必ず迎えに来てくれ」

「はい」

「必ずだ」

「はい」

「でないと私は一生、独り身だ」


 そう付け加えると、彼は目を細める。


「つまりそれは、他の男に目移りしないという意味?」


 私はその質問に、深くうなずく。

 二回目の恋は、私には想像がつかなかった。


「では、私も」


 ジュリアンは私の手を、祈るように両手で包み込む。


「誓います。生涯、カリーナだけを想うと」


 それから彼は、ソファの上に膝を置いて立ち上がると、突然に私の顔に顔を寄せてきた。


 なにをしようとしているのか私が気付く前に、彼は素早く、唇に唇を重ねる。

 触れるだけのその口づけは、私の顔に一気に熱を集めた。


「えっ、うそっ、なにっ」


 動揺しすぎて、なにがなんだかわからなくて、思わず飛びずさるように離れて、そして手を突いたところにはソファはなかった。


「わっ、わっ!」


 落ちる、と思った瞬間に、サッと腕が伸びてきて私の二の腕が掴まれる。

 ぐい、と引っ張られると私の身体は浮き上がった。

 バタバタと腕を暴れさせてなんとか背もたれを掴み落ち着くと、ソファに埋もれるような恰好になって、呆然とジュリアンの顔を見つめてしまう。

 私と違い、彼は、平然と余裕のある笑みを口元に浮かべていた。


 もう何度も思ったことを、そのときも思う。

 目の前のこの少年は、本当に十歳なんだろうか?


 すると、ははは、と彼は声を上げて笑いだした。


「カリーナでも、そんな顔をするんですね」

「そんな顔っ?」

「変な顔」

「だっ……だって」


 こんなに突然に口づけされて、冷静でいられるわけがない。たとえ無表情と言われ続けた私であっても、それは無理な相談だ。


 ジュリアンは私の顔を覗き込むようにして、口を開いた。


「忘れないでくださいね。約束ですよ。何年掛かるかわかりませんが、なるべく急ぎますので、待っていてください」


 そして、そう念押ししてくる。

 私は、とにかくコクコクとうなずくことしかできなかった。


 こんなことをされて、忘れられるはずがないのだから。

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『王女カリーナの初恋 弓音響く王国で、八歳年下の王子さまと政略結婚することになりました 』
i838817/
― 新着の感想 ―
[良い点] ジュリアン様、凄い……カリーナ様、可愛い……尊といが過ぎて萌え死んでしまいそうです……(ぐふっ) 十歳の男の子のキス、と言うよりも大人の男の誓いのキス、みたいで格好良かったです。 動揺して…
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