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【WEB版】八歳年下の王子さまと、政略結婚することになりました  作者: 新道 梨果子
本編

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36/40

36. 王女の本心

 ジュリアンは目を瞬かせて、なにも言わずにこちらを見つめている。


「す、すまない。こんな夜更けに。その……本当はお茶会に誘おうと思っていたのだが、気が付いたらこんな時間になってしまって、えと」


 なぜか私は言葉を詰まらせながら、言い訳ばかりをズラズラと並べてしまった。

 すると小さく噴き出したジュリアンは、ソファを手のひらで指した。


「どうぞ、座ってください」

「就寝……するところだったか?」


 部屋の中はランプが灯っていたし、それまで彼はソファに腰掛けていたが、寝衣を身に着けている。


「いえ、眠れませんし。それに、馬車の中は暇ですから、眠くなれば移動中に寝ますよ」

「あ……そう、か」


 移動の馬車の中。エイゼンに帰国するための。

 なんだか息をするのが苦しくなって、私は胸に手を当てて、息を深く吸い込む。


 そうして、うながされるまま三人掛けのソファに腰を落とした。

 するとジュリアンは、なぜか私の隣にやってくる。


「なんっ」


 なんで。目の前に、一人掛けのソファが、テーブルを挟んで二台あるのに。

 身体を引く私に向かって、ジュリアンは人差し指を口元に当てると、小さな声で語り掛けてきた。


「もう夜も遅いですから。大きな声を出さないように、隣に来ました」

「あ、ああ、なるほど」


 確かにテーブルを間に置くと、ある程度の音量が出るだろう。

 そういうことなら、と私は姿勢を正して座り直す。


「その……少し、話をしておきたくて。迷惑じゃないか?」


 すると彼は、ふるふると首を横に振った。


「いいえ、来てくれてよかったです。昨日のお茶会には参加してくださいませんでしたし」


 多少、皮肉めいた口調だった。

 だから私は慌てて弁解をしてしまう。


「あ、いや、それはちょうど、マティルダに会ったから」

「ええ、マティルダ嬢にもエリオット殿下にも会いたかったので、それはとても嬉しかったんですけど、カリーナは立ち去ってしまうから」


 しょんぼり、といった感じで、ジュリアンは肩を落とした。


「友人たちだけのほうがいいかと思ったんだが」

「そうかもしれませんけど、もしかしたら、私と話をしたくないのかと思って」


 そうしてこちらを見上げてくる。


「避けられているような気がして、あまり無理強いするのもよくないかと思っていました」


 だから、再度のお誘いもなかったし、昼食も夕食も遠慮したのだ。

 ここまで来て、言い訳するのも変な話だろう。


「実は、なにを話していいのかわからなくて、逃げ回っていた」

「なるほど? けれどやってきたということは、なにか話がある?」


 そう疑問を口にして、小首を傾げてくる。

 さきほどから芝居がかっている感じがするのは、気のせいなのか。どうにも誘導されているような気がして仕方ない。


「でも、先にお茶会に誘ってくれたのはジュリアンでは」

「そうですよ」

「だったらジュリアンこそ、なにか言いたいことが、あるのでは」


 主導権を握られてはたまらない、と私はそう話を振る。

 すると彼はわざとらしく顎に手を当てて、うーんと考え込んだ。

 なんだなんだ。


「でも、こちらが話をする前に、カリーナは逃げてしまったんですよね?」

「まあ……そうなるか」

「でしたらやっぱり、カリーナから話をするのが筋だと思いますよ?」


 そう返してきて、にっこりと笑う。最初の頃のような笑顔だ。

 これはひょっとすると、怒っているのではないだろうか。

 実際のところ、怒られるようなことをしでかしたわけだし、ここは折れるべきかもしれない。


「ええと……」

「はい」


 私が口を開くと、ジュリアンはこちらをじっと見つめてくる。

 私は一度、大きく息を吸い込むと、話し始めた。


「いや……。やっぱり最後に、きちんとお別れをしないといけないと思ったんだ」

「お別れ」


 そうおうむ返しにすると、ジュリアンはパッと俯いて黙り込む。


「明日は、いつ出立するのだろうか」

「……早朝から、とは言われています」


 やっぱり。

 本当に、なにも伝えられないまま、お別れになってしまう可能性もあったのだ。

 良かった。最後に会えて、本当に良かった。


「今まで、ありがとう」


 そう礼を述べるが、ジュリアンは下を向いたまま、なにも答えない。


「本当に楽しかった。出会えてよかったと思う」


 やはり沈黙は続く。苦しいけれど、言わなければ。後悔のないように。


「エイゼンでも、元気で。どうか、幸せに」


 私のことは忘れてもいい。彼が母国で幸せに暮らせるのならば。その願いを込めて、言葉を紡ぐ。

 しかし返ってきたのは、ぼそりとした、冷えた声だった。


「……本当に?」

「え?」

「本当に、エイゼンに帰って、私が幸せになれると思いますか?」


 その問いに、私はグッと詰まる。

 返事に躊躇している私に向かって、ジュリアンはパッと顔を上げた。その瞳には光るものが浮かんでいた。

 心臓が、痛い。


「……エイゼンでも幸せになって欲しいと、願っている」


 心とは裏腹な言葉を舌に乗せると、ジュリアンはこちらに身を乗り出してきた。


「私は、そんな言葉を聞きたいんじゃない!」


 大声を出さないように、と言ったのに、彼は耳が痛くなるほどの声で訴えてきた。


「なんでそんなことを言うんだ、なんで!」


 エイゼンに帰って、それで幸せになれるかと問われると、すぐにうなずくことはできない。

 いつも彼は、都合よく振り回されている。マッティアにやってきたときも、そして帰国する今も。

 この国にやってきてすぐの頃、彼は常に笑顔を顔に貼り付かせていた。なにごともそつなくこなしていたし、誰とでも上手く付き合っていた。


 なぜかと言えば、かの国ではそうでないと生きられなかったからだ。

 十歳という年齢に見合う生き方ができなかったからだ。


 きっと彼は、この国でずっと暮らしたほうが幸せだっただろう。

 けれど私では、彼を今のこの状況から救い出すことはできない。悲しいくらいに、私は無力だ。


「カリーナ、お願いだから、ちゃんと本心を聞かせてほしい」


 縋るような目と声で、そう訴えてくる。


「本当に、このままお別れしてもいいと思う? もう婚約者でなくなってもいいと?」


 よくない。そんなことは、まったく望んでいない。

 けれど今の私に、なにを語ることができるだろう。私にはなにもできないと、つい二日前に思い知ったばかりだ。


 伝えたい、とは思った。けれど今、私の気持ちは、『伝えたくても伝えられない想い』ではないのか。

 無責任なことは、言えない。


「……エイゼンに戻ったら、きっと素敵なご令嬢もたくさんいることだろう」


 ああ、本当だ。よくわかった。


「……カリーナはそれでいいと?」

「それは、もちろん。だって私たちは、元々、年が離れすぎていたから」


 人は、本当の気持ちを言えなくて、嘘をついてしまうときがあるのだ。


「結婚相手としてはどうかと、前々から疑問に思っていた」


 私の声は、みっともなく震えていたし、強張ってもいた。

 それから、痛いほどの静寂がやってくる。


 いたたまれない。やっぱり来るべきではなかったのではないか。きっと無駄に傷つけてしまっている。

 膝の上で拳を握って、早くこの時間が終わってくれないかと願っていると、ちいさなため息が聞こえてきた。

 それからボソボソと問い掛けてくる。


「それが、カリーナの本心なんですね?」

「実は、そうなんだ」

「こんなに年下の男の子なんて、そりゃあ嫌ですよね。なのに嫌々付き合わせてしまって……」


 消え入りそうな声を出され、これは傷つけ過ぎたのでは、と慌てて言い繕う。


「え、嫌々、じゃない。本当に」


 けれど彼は俯いて、床に視線を落としたままだ。


「さきほどの楽しかったというのも、嘘だったんだ……」

「い、いや、そこは嘘じゃない」

「そこは? じゃあどこが嘘なんですか」

「いや、その……」


 どうして上手く言えないのだろう。ちゃんと終わらせられないのだろう。

 私がそうして頭の中でいろんな言葉を取捨選択しながら、口を開けたり閉じたりしていると。


 ふと、小さな笑い声が聞こえてきた。


「え……」

「残念だけれど、カリーナは嘘をつき慣れていないから、わかりやすいんだ」


 泣き笑いの表情で、彼はそう返してきた。そして続ける。


「誰も聞いていない。だから、今度こそ、本心を聞かせて」


 どうやら見透かされているらしい。やっぱり彼は、幼い男の子なんかじゃない。


 けれど本当に、これを口にしてもいいのか。

 伝えたい。それは間違いない。

 けれどそれは、彼にとって、重荷になることではないのか。

 本当に私の想いを伝えてもいいのか。


 その判断ができなくて、私は膝の上でぎゅっと手を握る。

 その手に、小さな手が乗せられた。

 このわずかな期間に、多少、硬くなってきた手が。


「カリーナ」


 呼び掛けられて、顔を上げる。


「言って」


 その声に誘われるように、私の口は動き始める。


「私……」

「うん」

「私は、ジュリアンに」

「うん」

「初めての、恋をしました」

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― 新着の感想 ―
[良い点] うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、告白するカリーナ様、可愛いぃぃぃぃぃぃ! すみません、取り乱しました。 初めての恋をしました、なんてもう凄く可愛いです! ……なんででしょう、カリーナ様が幼い少…
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