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26. 王子の寝不足

 成功体験をしたあとは、すぐさまそれを積み重ねるべき、という兄の主張で、私たちは何度も山に足を踏み入れた。


「できれば、鹿を狩ってほしい」


 と極上の笑みで要請されたので、成功体験云々は、後付けの理由のような気がしないでもない。

 兄は最近、忙しいようで、なかなか狩りに参加できないことを歯痒く思っているようだった。

 とはいえ、さすがに兄のような狩りは無理なので、犬使いの人間の身体が空いているときを狙って入山するようにしている。


「へえ、王子さまも、もういっぱしの狩人だなあ!」


 何度目かの狩りのとき、犬使いは感心したように声を上げ、ジュリアンの頭を大きな手でぐりぐりと撫でた。それはどうかとハラハラしていたが、ジュリアンはされるがままになっていたし、少し嬉しそうでもあったので、口は挟まなかった。


 そうしているうち、マルセルも鹿を仕留めるのに成功したりもした。

 鹿の処理を遠目で眺めるだけで真っ青になっていた彼も、自分が仕留めたのだから、とたどたどしくも、ナイフを使って処理をしていた。時間は掛かってしまったが、無事に自分で終わらせられた。


 私には、彼らはもう、このマッティアの人間なのだと、そう思えた。


          ◇


 その日も狩りに行くつもりで、荷馬車を準備しているときだった。

 隣にいるジュリアンが、片手で顔を覆っているのが目に入った。


 眠そうだ。なんとか見せまいとはしているが、ときどき欠伸もしている。

 けれど、昨夜は狩りの前日だからと早めに就寝するようにしたのに。とすると、十分な睡眠が取れなかったのだろうか。


「もしかして、眠れないんですか?」

「あ、いえ……」


 私が声を掛けると、答えを探すように目を泳がせる。ということは、やはり眠れなかったのだろう。


「無理はなさらないでください。危険ですし。今日はやめておきましょう」

「えっ、でも」

「ここのところ、ずっと狩りでしたからね。通常、こんなに連続で入山することはありません。今日はお休みしましょう」


 ジュリアンは不安げに辺りを見回したが、他の人間の顔を見て、これは休んだほうがいいのだと判断したのだろう。諦めたように息を吐いた。


「すみません……」

「謝ることではありませんよ」


 そう返すと、ジュリアンはホッとしたように口を開く。


「実は、いつもではないんですけど」

「はい」

「夜になると足が痛くなって、眠れなくなることがあるんです」

「えっ」

「でも、朝になると痛くなくて。今もほら、まったく」


 そうしてその場で足踏みしてみせた。


「きっと、エイゼンではこんなに動くことはなかったから、そのせいだと思います」


 心配かけまいと思ったのか、殊更に明るい声を出している。

 けれど眠れないほどの痛みとなると、放っておくのもどうかと思う。


「どこか痛めたのだろうか……」


 少し連れ回し過ぎたのかもしれない。それに、狩りに怪我は付き物だ。彼のことだから、痛みを隠したまま動いていたとも考えられる。


「大したことはないですよ」

「いや、医師に診てもらおう」

「そんな大げさな」


 そこまで黙って聞いていたラーシュが、ふいに口を挟んできた。


「姫さま。それたぶん、病気とか怪我とかじゃないです」

「え?」

「ま、念のため、診てもらいますか」


 ラーシュは、くるりと背を向け、城内のほうに歩き始める。

 私たちも慌ててそれについて行った。


          ◇


 城内に常駐している医師のところに、ジュリアンを連れて行く。

 老医師は自分の前の椅子に彼を座らせると、彼の足を持って、いろんな向きに動かしている。

 けれどジュリアンは、まったく痛がる素振りを見せない。

 足から手を放すと、医師は彼に問うた。


「夜だけですか」

「はい、今はまったく。あっ、仮病じゃないですよ。夜は本当に痛いんです」


 あまりにもなにもないので逆に不安になったのか、ジュリアンはそう言い募っている。

 すると医師は、ははは、と声を上げて笑った。


 いや、笑いごとなのだろうか、と私が心配していると、医師はジュリアンを覗き込むようにして、口を開いた。


「成長痛というものだと思いますよ」

「成長痛?」


 私とジュリアンは、思わず訊き返す。ラーシュは「やっぱりね」と、つぶやいていた。


「急に身長が伸びたりすると、なるんですな」

「へえ……」


 ということは、ジュリアンの身長は伸びたのだろう。いつも一緒にいるからか、その変化には気付かなかった。


「きっと、大きくなられますな」


 孫でも見るような温かい瞳をして、医師は彼にそう声を掛けた。そして医師も、犬使いと同じように、大きな手でその頭をぐりぐりと撫でる。

 ジュリアンは少し嬉しそうに、頬を紅潮させていた。


          ◇


「とりあえず、今日はお休みということにしましょう。無理はいけません。これからも眠れない日があったら、すぐに言ってください。中止にすることは、悪いことではないんですから」


 医師の部屋を出てすぐ、廊下に突っ立ったままそう私が諭すと、ジュリアンは笑みを浮かべてうなずいた。


「はい、大丈夫です」

「本当にわかっているんですか。無理は禁物なんですからね」


 なぜかニコニコとしている彼に不安になって、腰に手を当て身を屈め、指を差しながらそうクドクドと重ねる。


「わかってますって」


 これは、面倒そうになっている。けれど笑顔なのはそのままだ。


「笑いごとじゃないんですよ」


 どうにも事を軽く見ているんじゃないかと心配で、しつこいな、と自分で思いつつもそう続ける。

 すると彼は、「ああ」と声を漏らして、自分の頬に手を当てた。


「すみません、つい、嬉しくて」

「嬉しい?」

「私が大きくなったら、カリーナと踊れると思って」

「えっ」


 突然に、思いもよらぬことを言われて、私は固まってしまう。

 それに、踊ったではないか。輪舞を。


 私の考えていることがわかったのかジュリアンは、ははは、と声を上げて笑う。


「違う。二人で組んで踊る社交ダンスです」

「ああ」

「いつまでもラーシュにその席を譲るわけにはいかないですからね」


 ラーシュのほうに振り返ると、彼はにっこりと笑ってみせる。

 笑顔を向けられたラーシュは、嫌そうに眉根を寄せた。


「大きくなればいつでもすぐさま、お役御免になりますよ」


 そうして肩をすくめた。

 ジュリアンは、面白そうにクスクスと笑って返していた。

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