22. 王女の誕生日
私の十八歳の誕生日がやってきた。
そういうわけで、先日舞踏会に出席したばかりだというのに、珍しくもまた出席だ。
「そりゃあ、主役ですから」
「まあ、そうなんだが」
私はラーシュを従えて、大広間に向かって歩いていた。
「お誕生日ですもの、華やかにいたしましょう」
と侍女たちは、レースをふんだんに使った菫色のドレスを見繕い、着せてくれたが……両肩を完全に見せている型で、なんとも心許ない。しかし私が選ぶよりも彼女たちが選ぶほうが確実なので、大人しく言われるがままに着るほうがいいだろう。
大広間が近付くにつれて、ガヤガヤとした人の声が大きくなっていく。
すると、ラーシュがその場に立ち止まった。なので私も立ち止まる。
「どうした?」
「ジュリアン殿下、先に入場しているんですかね」
「そうだと思うが」
すると彼は、大広間の方向に視線を向けたあと、私に向かって口を開いた。
「入場は、ジュリアン殿下と一緒のほうがいいんじゃないですか」
「え、そうか?」
「俺、呼んできます」
そう言うや否や駆け出そうとするのを、私は慌てて引き留める。
「私を一人でここに置いていく気か? 騎士なのに」
「あー、いや、そう言われるとそうなんですけど」
「一緒に入場するべきとは言われていない」
兄に。
「まあ……姫さまがいいのなら、いいんですけど……」
どうにも釈然としない風ではあったが、直前での予定変更はよろしくない、と思う。
「どうしたんだ、急に」
「いや……なんとなく、落ち着かなくて。こういうのって、やっぱり婚約者とともに入場するものかなって」
「どうなんだろうな」
前例を知らない。特に私は、舞踏会に参加することが少ないから、よくわからない。
夫婦は一緒に入場するものだろう。父も母も、いつも二人一緒だ。けれど婚約者の場合はどうなんだろう。気にしたことがない。
「まあ、今日のところはこのまま入場しよう。ジュリアンと一緒のほうがいいというのなら、次回からでいいだろう」
そうして私たちはまた歩き出す。大広間はもうすぐそこだ。
「俺は、いつまで姫さまの隣にいられるんでしょうね」
ぽつりとラーシュがそう零す。
急になにを言い出しているんだろう。
「騎士は主人が死ぬまで侍るものだろう」
それが基本であり、理想だ。
「本人の希望や異動があれば変わるかもしれないが、普通は私が決めるものだ」
たとえば、別に最適な部署があればそちらに異動することもある。兄も最初は騎士がいたのだが、気が付いたときには彼は衛兵たちの指導役になってしまっていて、兄の側勤めではなくなった。それ以来、兄には騎士と呼べる人間はいない。
兄は一人でも十分に身を守れるので、騎士は必要ないといえば必要ないし、それでいいのだろう。
私はこれでもか弱い女なので、絶対に騎士は必要だ、と周りが主張したため、幼い頃にラーシュが選ばれた。
「逆を言えば、姫さまが騎士を別のヤツに決めたら、俺は次の日から職なしですね」
皮肉げに口の端を上げて、そんなことを冗談めかして発言する。
「そういうことだな。職なしになりたくなければ励めよ」
私の返事にラーシュは、はは、と声を出して笑った。
「ま、クビにならないようにがんばりますよ」
「嫌になったら私に言え。解雇してやるから」
そう続けると、ラーシュは笑うのをやめ、何度か目を瞬かせた。
「覚えているんですか?」
「なにをだ」
「あ、覚えてないんですね」
私の顔を見つめたあと、ラーシュは苦笑して続けた。
「姫さまは本当に変わらないんだなあ」
「なんのことだ」
「変わらないのはいいこと、ってことですよ」
大広間の扉は、目前だった。
◇
衛兵たちが開けてくれた両開きの扉の前で私が淑女の礼をすると、祝福の拍手が湧いた。
心なしか、ラーシュはいつもより一歩後ろに控えている。
すでに大広間内にいたジュリアンが、笑顔を浮かべて私の近くに歩み寄ってきて、手を差し出してきた。
「どうぞ、お手を。私の美しい姫君」
まるで十歳とは思えない所作で、そんな風に声を掛けてくる。
「まあ」
「素敵な婚約者だこと」
「やはり大国の王子さまともなると、洗練されておりますわね」
そんな賛辞の声に包まれながら、私はジュリアンの手に私の手を乗せた。
周りの雰囲気は、背伸びした少年を見るような、温かいものだ。
けれど私は、顔が熱くなってきていた。心臓が飛び跳ねているような気もする。
私を姫らしく扱う人間は、周りにはいない。免疫がないのである。
「カリーナ、今日の装いも綺麗です。菫の妖精のようだ」
しかしジュリアンのほうは落ち着いた様子で、平気な顔をして称賛の言葉を舌に乗せている。
なんだか負けた気がする。なにに負けたのかはわからないが。
「ありがとうございます」
私がそう礼を述べると、こちらを見上げているジュリアンは目を細めた。
「今回は少し、喜んでいるのがわかった気がします」
「そ、そうですか」
「はい」
彼はニコニコとした笑顔を浮かべてうなずいた。
そうしているうち、たくさんの人が私たち二人の周りに集まってくる。
祝いの言葉を受け、そして謝意を返し、あらかたその波が収まった頃に、楽団が曲を奏で始めた。
「行きましょう、輪舞です」
ジュリアンはそう言って、握ったままだった私の手を引っ張る。
「えっ、ええ」
「練習したんですよ。見ていてください」
「いつの間に」
「カリーナにかっこいいところを見せたいですからね」
そんなことを口にして、私の手をぎゅっと握る。
なんというか、この王子さまは、私の心臓を止めにかかっているのではないか。
そうして私たちは輪舞の輪に入る。
さすが練習をしたと言うだけあって、ジュリアンは以前のように戸惑った様子はなかった。完璧ともいえた。
代わりに私が間違えた。たくさん間違えた。
曲が鳴っている最中、「あっ」「違う」と何度口から漏れたのか、自分でもわからない。
そんな私の姿を見て、隣のジュリアンは口を開けて、あはは、と笑っている。
「私のほうが上手く踊れていますよ?」
そんな言葉を掛けられて、私は唇を尖らせる。
どうやら、本当に負けてしまったらしい。悔しいこと、この上なかった。