15. 王子のからかい
「けれど、好意を寄せているのならば、相手にも好意を寄せてもらいたいと思うものなのではないかと思って」
「それはそうだと思います」
「だとしたら、あの態度では逆に嫌われてしまうのでは」
するとジュリアン殿下は困ったように眉尻を下げて答える。
「わかっていても、人は、本当の気持ちを言えなくて、嘘をついてしまうときがあるのではないかと思います」
「どうしてでしょう」
「さあ、そこは……人それぞれなんじゃないでしょうか」
「難しいですね」
「難しいです」
なぜ私は、十歳の少年に、こんなことを尋ねているのか。
ラーシュが以前、私に言った。
『俺からすると、姫さまが大人とは思えないんですけどね』
つまり私は、八年も長く生きていながら、ジュリアン殿下よりも子どもなのだろう。
「反省しきりです……」
そうつぶやいてうなだれると、殿下は苦笑いを浮かべ、そして口を開いた。
「そういうことなら、いつもはダンスの相手は誘われたら踊るという感じなんですか」
「まあ……そうなります。舞踏会に参加すること自体が少ないのですが」
「そうなんですか」
「招待された舞踏会にすべて参加していると身体が足りませんし、要らぬ喧嘩に発展することもあるので、今は兄が管理して最初から、よほど重要な集いではないと参加しないことにしております」
「なるほど、それで『滅多に会えない高嶺の花』なんですね」
ジュリアン殿下は先ほどのラーシュの発言を引き合いに出して微笑む。
「高嶺の花というのは言い過ぎでしょうが、参加をした会としなかった会の主催者で言い争いになったことがありまして。単純に日程の都合だったのですけれど」
実際のところは王族の舞踏会の参加の可否というものは、政治的な意味合いが強くなる。それはもう仕方ない。
私の場合は、この主催者の争いをきっかけに、「逆に希少さがあるほうがいい」と兄が提案してきたのだ。だから私はそれに従っているのだ。それだけだ。
なので『高嶺の花』とは過ぎた言葉なのだ。むず痒い。
「では参加したときには、ダンスの誘いがすごいでしょうね」
「ありがたいですけれど、誘ってくださったお相手に恥をかかせてはいけないと、お断りすることも多々あります」
「恥?」
「社交ダンスは苦手なので」
「へえ」
舞踏会に参加すること自体が滅多にないのだから、当然、踊る機会も滅多にない。結果、ダンスは苦手になってしまった。
「だから私は、兄や父、それからラーシュと踊ったりしていました」
とはいえ父は母と踊ることがほとんどだ。兄はたくさんのご令嬢から誘いを受けるので、なかなか順番は回って来ない。
だからもっぱら相手はラーシュだった。
けれどジュリアン殿下と私の身長がちょうどよくなる頃には、私もちゃんと踊れるようになっていなければならないだろう。
そんな日が来るのはちょっと想像がつかないが、練習はしなければならない、と心の中で誓う。
そのとき曲が終わった。向こうでは、次の曲は自分だと主張しているのだろう。フレヤがマティルダをエリオットから引っぺがしているのが見えた。
ジュリアン殿下は面白そうにその光景を見つめたあと、こちらを見上げてくる。
「カリーナ殿下は、踊らなくていいのですか?」
「いえ、私は……」
我が国でも基本的には婚約者と踊る、というのならば、私のパートナーはもちろんジュリアン殿下だ。
それにそもそも、この舞踏会は彼を歓迎するためのものだ。殿下を放って踊るわけにはいかない。
すると彼は、こう提案してくる。
「ラーシュと踊ってきてください」
「え、いえ」
もしかしたら気を使っているのだろうか。
ジュリアン殿下がいるからか、誰も私を誘いに来ない。このまま一曲も踊ることなく終わる可能性もある。
私はダンスが苦手だからそれでも構わないのだけれど、ジュリアン殿下にしてみれば、私をずっと壁の花にさせるのは気が引けるのかもしれない。
「見たいです」
彼は笑みを浮かべて、そう重ねてくる。
「でも、先ほど申しましたけれど、下手なのです」
「ではなおさら、見たいです」
私はその言葉に、思わず口をあんぐりと開けてしまう。
まさかそう返してくるとは。
「けっこう……意地悪なことを仰いますね?」
「私のことを、少しは知れましたか?」
その発言にしばし言葉を失ったあと、小さく笑いが漏れた。
私が言ったのだ。彼のことを知りたいと。
「ええ。ではそういうことなら」
彼の意地悪に乗って差し上げようではないか。
下手なダンスに笑ったとしても、彼が楽しいのならばそれでいい。
だから私は顔を上げて、マルセルとなにやら会話していたラーシュを呼ぶ。
「ラーシュ、踊ろう」
「えっ……いいんですか」
呼ばれた彼は、私とジュリアン殿下の顔を見比べて、そう問うてくる。
「ああ、ジュリアン殿下は私のダンスが見たいんだそうだ」
「いや、でも」
意中の相手と踊る、という話をしたばかりだからか、ラーシュは戸惑うような素振りを見せて動かない。
「なにを今さら」
「いや、今さらなんですけど、今までは相手がいなかったから」
「大丈夫ですよ、婚約者である私が許可したんですから」
にっこり笑って言われた言葉に、ラーシュは躊躇いながらも「では……」と、こちらにおずおずと手を差し出してきた。
私はその上に自分の手を乗せたが、ふと気になって、ジュリアン殿下のほうに振り返る。
「あっ、けれどラーシュと踊るからといって、恋愛感情があるわけではありませんよ。そこは誤解のないように」
「はい、わかりました」
「いつものことですから。彼は騎士ですし」
「だから、わかりました」
本当にわかっているのだろうか。彼は相変わらずニコニコしているし、言葉に感情が乗っていない気がする。
「ジュリアン殿下も、どなたかと踊ってもいいんですよ」
「わかりましたって」
そろそろ面倒そうな返事になってきたので、私はラーシュのほうに身体を向ける。
「では行こうか」
「はい。でも、本当にいいんですか」
「いいだろう。ラーシュとは恋愛感情があるわけでもないし、ここにいる皆、それは知っているんだから、心配されるようなこともない」
「……はい。そう、ですね」
そうしていつも通り、広間の中央に向かって歩き出す。
すると。
「なるほど、無神経か……」
ぼそりとジュリアン殿下がつぶやいたのが聞こえた。




