12. 王子と舞踏会
「本日は、我がマッティアに入国なさった、エイゼン王国第七王子殿下であらせられるジュリアン殿下との親睦会ですわ。どうぞ皆さま、楽しんでいらして」
主催者である母は、大広間に集まった貴族たちの前で、そう堂々と宣言した。
わっとその場に拍手が沸き起こる。紹介されたジュリアン殿下は胸に手を当て、客人たちに向かって腰を折った。
すると我先にと貴族たちがジュリアン殿下の周りにわらわらと集まってくる。
「お目にかかれて光栄です」
「やはり精悍でいらっしゃる」
「カリーナさまとご婚約とか」
「おめでとうございます」
初めて会う人間たちに気後れするのではないかと思ったのだが、やはりジュリアン殿下はそつなく挨拶を交わしていた。さすがだ。
とはいえ狭い国土のこと、貴族と呼ばれる人間もそう多くはないので、その挨拶の列もすぐに終わるはずだ。
私も貴族たちとの挨拶を済ませ、ジュリアン殿下のところに足を向ける。傍に侍っていたマルセルが先に気付き、殿下に顔を寄せると、彼はこちらに振り向いた。
「カリーナ殿下」
「ジュリアン殿下、お疲れではないですか」
その問いに軽く首を横に振ったあと、彼は私を見上げて、目を細めた。
「今宵は一段とお美しいですね。とてもよくお似合いです」
「え、あ……」
滑らかに言われた称賛の言葉に、私はまごまごして口ごもってしまう。
『今日くらいは気合いを入れましょう』
と侍女たちに宣言され、深緋色のドレスを着させられた。それは決して装飾の多いドレスではなく、シンプルな身体の線を活かしたような細身のものなのだが、色が派手なので、やたら目立って気恥ずかしい。
おまけに肩も大きく開いているし、背中も見える。
『ちょっとこれは……』
などと抵抗してみたが、侍女たちが頑として譲らなかったので、そのままされるがままにするしかなかった。
いつも高いところで一つに括ってある髪は下ろされて、丁寧に銀の髪留めをあしらいつつ、編み込んで結われている。
崩れたらどうしよう、とあまり頭が動かせない。
舞踏会前に迎えに来たラーシュは、「なんか……いつもと違いますね……」とぽつりと口にすると、目を逸らした。だからなんとなく感想は訊けなかった。
ところが、このジュリアン殿下である。さすがというか、あっさりと褒めてきた。世辞もあるにしても、自信がなかったので素直に嬉しい。
「ありがとうございます。お褒めいただき嬉しく思います」
なんとか返礼すると、彼は困ったように眉尻を下げて続けた。
「お世辞ではありませんよ」
「はい。ありがとうございます」
なぜそう念押ししてきたのか。
首を傾げると、ラーシュがこっそりと耳打ちしてきた。
「姫さまは無表情だから」
「ああ」
納得するとうなずく。
「申し訳ありません、私はどうも表情に乏しいらしくて。けれど本当に嬉しく思っておりますから」
「そう……なんですね」
「姫さまは感情が顔に出ない代わりに、なんでも正直に口にするから、言葉のほうを信じたほうがいいですよ」
ラーシュがそう横から口を出してくる。
「なるほど、さすが騎士殿ですね」
「言葉に裏がないというのは好ましいですね」
ジュリアン殿下とマルセルは、ラーシュの言葉に素直にうなずいていた。
何度か開催したお茶会のおかげか、ジュリアン殿下とラーシュと、そしてマルセルの関係は良好なように見える。
私などより、よっぽど親しげだ。少し悔しい。
そのときだ。
「ジュリアン殿下、姉上」
エリオットが早足でやってきた。
「わあ、姉上。とても綺麗です」
大げさに目を見開いて、私を見てそうはしゃいだ声を出す。可愛い。
「ありがとう、エリオット」
「ジュリアン殿下、こんばんは」
続いて彼は殿下のほうに顔を向け、明るい声を出した。
一瞬、ジュリアン殿下は驚いたように身を引いたけれど、すぐに顔に笑みを浮かべた。
「こんばんは、エリオット殿下」
きっと彼は、逆にこのような子どもらしい挨拶に慣れていないのだ、と思う。
そんな風に二人を眺めていると、一人の少女がしずしずと歩み寄ってきたのが目に入った。
彼女はジュリアン殿下の前に立ち止まり、その場の視線を集めたことを知ったあと、口元に弧を描いた。
「はじめまして、ジュリアン殿下。わたくしはルンデバリ侯爵の娘、マティルダと申します。おめもじ叶いまして光栄ですわ」
マティルダはドレスの裾を持ち上げ、立派に淑女の礼をしてみせた。彼女も十歳なのだが、とてもしっかりしている。
「マティルダ嬢、よろしく」
にっこりと笑ってジュリアン殿下は応えた。
しかしエリオットは、おどおどと一歩下がる。
エリオットは、どうにもこのマティルダが苦手なのだった。
しかし彼女はエリオットのほうには振り返りもせず、そのまま続けた。
「エイゼンの王子さまにお会いできる機会に恵まれまして、嬉しく思います」
「ありがとう」
「カリーナ殿下も素敵な方と婚約されて、幸せですわね」
そう祝辞を述べると、こちらにも笑みを向けてくる。
婚約、と言われるとどうにもまだピンと来ないが、そうには違いない。
「ああ、そうだな。本当に光栄なお話をいただいた」
「憧れますわ」
そう口にしてから、ようやくマティルダはちらりとエリオットのほうに視線を向ける。向けられた側のエリオットは、さらに一歩下がってしまった。
するとマティルダは、はあ、とこれ見よがしにため息をついてみせる。
「なんですの、その態度は。まったく、ジュリアン殿下と同い年とは思えませんわね」
「そんな風にいつも文句を言うからだよ……」
ぽつりとエリオットが不平を口にすると。
「なんですって? では言われないようにすればいいのですわ!」
すぐさまマティルダは胸を張って反論する。
いつもの応酬なので、私たちは黙ってそれを眺めているが、ジュリアン殿下とマルセルは目を丸くして成り行きを見守っていた。