11. 王子とお茶会
それから私は、何度かジュリアン殿下をお茶会に誘った。
彼も断ることなく、律義に付き合ってくれている。
やはり質素な私の自室では寛げないだろうと、貴賓室を使ったり、庭園に出たり、いろいろと場所を変えてみたりした。
けれど私は話をするのが上手くないし、どうしてもぎこちない会話になってしまって、沈黙が続くことも多い。ジュリアン殿下も笑顔を貼り付けてはいるが、楽しくない時間だろうと思う。
だからといって、「盛り上がらないからやめましょう」というのも違うだろう。これから夫婦になる私たちは、共通の話題を見つけたり、あるいはお互いの価値観を寄せていったりして、近付いていかなければならないのだ。
そして、そういうときは『人と会う予定があるとき』なわけで、ラーシュも私の傍に控えている。
二回目の貴賓室でのお茶会のとき、ラーシュは言った。
「姫さま、座ってもいいですか」
「ああ。ジュリアン殿下も構わないだろうか」
何度も目を瞬かせたあと、ジュリアン殿下はこくりとうなずいた。
それを見たラーシュは一礼したあと踵を返して部屋の隅に歩いて行く。
ジュリアン殿下はマルセルと顔を見合わせたあと、私に向かって口を開いた。
「本当……なんですね」
「え? ああ、座ることですか。もちろん本当です」
黙ったまま、二人はラーシュを目で追っている。
そしてラーシュは、両手にそれぞれ椅子を抱えて帰ってきた。
「はい、マルセル殿」
あっさりとした口調で、片方の椅子をマルセルの前に差し出して勧めた。
マルセルは焦った様子で手を胸の前で振っている。
「いえ、私は」
「でも、ずっと立っていたら腰が痛くなるでしょ」
「ええ、でも」
「俺も、もし相手が知らない人だったらすぐに動かないといけないから、座るとは言い出しませんよ」
マルセルはその言葉に、口を閉じた。
つまり、ここにいるのが見知らぬ人間だったなら、私に危害を及ぼす可能性があるから、すぐさま対応できるように座らない、ということだ。
逆を言えば、ジュリアン殿下とマルセルなら安心だから座ってもいい、ということだ。
そして、そちらも私たちを信頼するのならば座れ、とも取れる。
「どうしても、というこだわりがないのならば、どうぞ」
私も手のひらで椅子を差す。
マルセルは戸惑った目をジュリアン殿下に向けた。彼は笑みを浮かべるとうなずく。
「こう仰っているのだから」
「で、では……」
落ち着かないのか、マルセルは椅子に浅く腰掛けた。初めて座るという動作をしたのか、というくらいにぎこちない。
それを見届けたあと、ジュリアン殿下は私に話し掛けてきた。
「驚きました」
「そうですか?」
「はい、まさか本当に座るとは」
「ええ? そんなに変なことですか」
ラーシュが口を挟んでくる。
座ったということで気が抜けたのか、マルセルも会話に加わった。
「エイゼンでは、従者が目上の者の前で腰掛けるなんて見たことがありません」
「へえー」
そのやり取りを聞いていたジュリアン殿下は、小さく笑う。
「もっと言えば、このように主人同士の会話に従者が入ってくるのもありえません」
「あっ」
マルセルは慌てて自分の手で自分の口を塞ぐ。
「責めているんじゃないよ」
笑いながら言うジュリアン殿下に、マルセルは口を押さえたままおずおずと視線を移した。
そのギクシャクした動作がなんだか可笑しくて、私もつい笑ってしまう。
「大丈夫です。我が国では咎めたりはしませんから、どうぞお気軽に」
「申し訳ありません……」
咎めないと言っているのに、マルセルは謝意を述べる。
「そういえば最初に、私が目の前にいるというのに、ラーシュを経由して発言の許可を求めてくるから、驚いたものです」
「えっ、そんなことが?」
初めて聞いたのか、ジュリアン殿下はそう声を上げた。
「はい、出迎えに行ったときのことを謝罪したいと」
「知りませんでした。マルセル、ありがとう。私の代わりに謝罪してくれたんだね」
「いっ、いいえ! そんな、殿下から礼など畏れ多いことです」
その様子を眺めていたラーシュは、呆れたような声を出す。
「やっぱりエイゼンは堅っ苦しいですね」
それはちょっと気を抜き過ぎではないのか。
「ラーシュはもっと緊張してもいいんだぞ」
「嫌ですよ」
間髪を入れずに返してくる。
すると、ぷっと噴き出すような声が聞こえた。そちらに振り返ると、ジュリアン殿下が肩を震わせている。
「いや……」
うつむいて、自分の口を手で押さえているが、どうにも収まらないようだった。
「そんなすぐに……」
それだけ口にすると、堪えられなくなったのか、テーブルの上に突っ伏した。
ラーシュはきょとんとして、私に向かって首を傾げた。
「なにか可笑しいこと言いました?」
「いや全然」
その会話を聞いたジュリアン殿下はさらに、文字通りお腹を抱えて、目の端に涙を滲ませて声を出して笑っていた。
「そんなに笑うところですか?」
不服そうな声でラーシュが問う。
「す、すみません……私もなにが……こんなに可笑しいのか……わからなくて」
「ええ?」
「でも……それがまた……面白くて」
一度笑い出したら止まらないらしく、三人がすでに落ち着いていても、ジュリアン殿下だけはいつまでも笑っていた。
その顔は、十歳の少年にしか見えなかった。