遅刻した『救済の聖女』~遅刻してません、人違いだっただけで~
めちゃくちゃ笑えるようなお話を書こうとしたのですが、気付いたら少し(?)シリアスになっていました。笑
お読みいただけると嬉しいです!!
この国では、次の国王となる人物が命の危機にあるときに『救済の聖女』が現れ、救いを与えるという言い伝えがありました。現国王陛下が王太子として指名された儀式のときにも、『救済の聖女』が現れ、救いを与えました。その『救済の聖女』が現王妃殿下です。
ちなみに、この王太子として指名されるときの、命の危機に瀕するような儀式とは、王宮の塔の上から飛び降りるというものです。あくまでも儀式であるため、本当に命を落とすような高さではありません。とは言っても『救済の聖女』が現れるということはもはや決定事項であるので、塔から飛び降りる最中に『救済の聖女』が現れ、その救いを得て初めて王太子とみなされるのです。
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だというのに……、此処にいるのは、儀式に失敗した王太子未満の人物。塔から飛び降りて、あちこちを骨折した王子サマでした。
そんな王子サマが私に向かって、怒鳴り声を上げます。
「お前が遅刻したせいで、俺は怪我をする羽目になったんだぞ!!」
申し遅れました。私は、今代の『救済の聖女』に当たる人物……だそうです。
念のため言っておきますが、私はただの平民です。この国の第一王子サマが王太子に指名される儀式があるということは知っていましたが、まさか私がその儀式の重要人物になるだなんて思ってもみなかったのです。
あれは、私が勤務先の花屋で、お客さんにお釣りを渡しているときのことでした。突然私の周りに魔法陣が現れ、私は体ごとどこかに転移させられたのです。お釣りは手に持ったまま……。そしてパッと視界がクリアになったかと思ったら、そこにいたのはあちこちを骨折した王子サマでした。
王子サマが塔から落ちてしまった後での『救済の聖女』の登場に、儀式を見ていた民衆の間にざわめきが広がりました。
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そうして現在に至るというわけです。
「おい!聞いているのか!お前!」
民衆の前で、(ある意味)何もしていない女性を怒鳴りつけて、大丈夫なのでしょうか。そう思っても口には出せないので、大人しく返事をしておきます。
「はい、聞いております」
「なぜ、儀式に遅刻したんだ!!」
なぜ、と言われても私にも分かりません。なにせ私自身が『救済の聖女』であることすら信じ難いのですから。
「それは、私にも分かりません」
「分からないだと!?仮にも『救済の聖女』のくせに遅刻するなんてことが許されると思うか!」
「…………」
「ハハッ。そういうことか」
突然王子サマが不気味に笑い出します。怖っ。
「お前、ニセモノだな?」
「はい……?」
何を言い出すんでしょう。この状況で、私自身も疑っていましたけど、私以外が『救済の聖女』だなんてことあります?私がニセモノだとして、本物はどこにいるというのでしょう?
「その反応、やはりニセモノのようだな!おい!そこの騎士たち!王族に不敬を働いたこのニセモノを牢獄に入れろ!!」
思考回路が短すぎて、開いた口が塞がりません。びっくりして私(と騎士たち)が立ちすくんでいると、よく通る声が聞こえてきました。
「やめんか!!」
そこに現れたのは、現国王陛下と王妃殿下でした。おそらく、遠く離れた場所から見ていたものの儀式の失敗を見て駆け付けたのでしょう。
「父上!ですが、コレは『救済の聖女』を騙るニセモノです!!」
人をコレ呼ばわりとかちょっと酷すぎませんか。親の顔が見たいわ……!、って親は国王陛下と王妃殿下でしたね。
「『救済の聖女』をコレ呼ばわりするとは!そもそも、人をコレと呼ぶなど論外だ!それに儂はお前に公の場では陛下と呼ぶように言ったはずだ!」
もっと言って頂いても良いんですよ、国王陛下。親はとてもまともでした。どこで間違えて王子サマはこの仕上がりになったのでしょう。
「ですが、陛下……!」
「彼女は本物よ」
今まで口を開いていなかった王妃殿下がきっぱりとそう告げました。
「元『救済の聖女』たる私が言うのだから、間違っているなんて言わないわよね?お前はそんな彼女に対してニセモノなどと言ったのよ?その意味、分かっているかしら」
王妃殿下の圧力が凄い……。流石としか言いようがありません。
「…………」
ついに王子サマは反論できなくなったのか、口を閉じました。
「『救済の聖女』殿。愚息が大変失礼した。愚息に代わってお詫び申し上げる」
「えぇ、私からも。ごめんなさいね」
国王陛下と王妃殿下という、国の2TOPに謝られるなんて中々ない経験なのでは……?すごく恐縮してしまいます。
「どうか謝らないで下さい。私は気にしておりません」
「ありがとう」
「ありがとうね」
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ひとまず私的には一件落着となったところで、儀式は完全に取りやめとなり、民衆は残念そうに各々の家や職場に帰っていきました。そして私は、国王陛下、王妃殿下、王子サマと共に王宮の中に案内されました。
部屋に入ると王妃殿下は、王子サマをキッと睨み付けると、こう告げました。
「お前は忘れていたかもしれないけれど、『救済の聖女』は王太子の儀式を受ける者の前に現れるのではないわ。次期国王となるのに相応しい者が命の危機に瀕しているときに現れるの」
「だ、だからこそ俺の前に!!」
「いいえ、私は次期国王に相応しい者、と言ったの。お前は次期国王に相応しくない」
「何を言って……!」
「あの子を見てもその減らず口が叩けるかしら?」
王妃殿下が国王陛下に目配せをすると、国王陛下が扉の方に向かって声を掛けたのです。
「もう入って来てよいぞ」
そして、ドアを開けて入って来たのは王子サマに瓜二つの少年でした。
「なっ……、何でお前が此処に!」
とたんに、青褪める王子サマ。これは何か後ろ暗いことがあるようですね。
「『救済の聖女』殿が現れたのは、次期国王に相応しい者が命の危機に瀕していたからだ。お前によって弟である第二王子が呪い殺されようとしていたときだ」
まさか、弟を殺そうとしていただなんて……信じられません。頭のヤバい方だなぁと思っていましたけどまさかここまでとは。
「『救済の聖女』が転移してきたときに、お前が弟にかけた呪いが返されたのよ。お前の怪我がここまでひどいのはその呪い返しの影響よ。そして、その呪いは徐々に体を蝕んでやがて死をもたらすわ」
そこまで言われて初めて、王子サマは事の重大さに気が付いたのか叫び始めました。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!嫌だあぁぁぁぁ、死にだぐないよぉぉぉぉぉぉ!!!!助けてよぉぉぉぉぉぉ!!おい!お前!!『救済の聖女』なんだろぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?」
もはや狂気としか思えません。
「この反逆者を拘束しなさい!!」
王妃殿下の命令に、控えていた騎士たちはすぐに反応し、王子サマを拘束しました。拘束された王子サマを見ながら、王妃殿下は母親の部分が垣間見える表情で淡々と告げました。
「『救済の聖女』が現れるまではお前を信じていたわ。呪いをかけたという確かな証拠は無かったもの。でも彼女が現れて明らかになった。お前の呪いを解くことはしないわ。人を呪うとはそういうことよ。身を持って知りなさい」
「連れて行け」
陛下の命により、王子サマは連れて行かれました。これは事実上の死刑宣告です。ですが、最後に言葉を掛けたのは王妃殿下なりの優しさなのでしょう。何も言わずに見放すことも出来たでしょうに。
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暫く沈黙が続きました。やがて陛下が事のあらましを私に教えてくれました。
第二王子様である弟の方が優秀であったこと。だから、第二王子様を王太子にすることも考えていたこと。それで焦った王子サマは気付かれないようにじわじわと呪いをかけ、第二王子様が病気になったかのように見せかけていたこと。王太子となる儀式が終わり次第、蓄積された呪いが一気に第二王子様の体を蝕み死ぬことになっていたこと。
「そこに、其方が現れて第二王子を救ってくれたというわけだ」
話の流れで大方察してはいましたが、改めて聞くと心にくるものがあります。かなりヤバい王子サマではありましたが、私が呪いを返したことで……。
「自業自得よ。あの子が自分で選択したの。王族とはそういうものだわ。貴女は『救済の聖女』という存在として定められたことをしただけよ」
私の考えを察するかのように王妃殿下が声を掛けてくれます。彼女の方が辛いでしょうに気を遣わせてしまいました。
「はい」
私はコクリと頷いた。
「あの……」
声がしたのは、遠くの方。今まで黙っていた第二王子様が口を開きました。
「私を助けて頂きありがとうございました。そして、そのせいで『救済の聖女』様に辛い思いをさせてしまい申し訳ありません……」
「いえ……っ!?」
大丈夫だということを伝えようとして、第二王子様と目が合ったその瞬間、私は彼の瞳に引き込まれました。
『この人こそ、私が支えるべき人』『この人に出会うために私は生きてきた』そんな言葉が私の頭の中を駆け巡りました。私はそのままフラフラと第二王子様の所まで歩いて行き、震える口から出たのはたった一言。
「お助け出来て……、良かったです……」
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それから暫く経って第一王子サマはお亡くなりになられたそうです。その報告を受けた王妃殿下はすっかり吹っ切れた顔で、
「そうですか。報告ありがとう」
とだけ言いました。
私はというと、第二王子様の婚約者となり、現在王妃教育を受けています。『救済の聖女』として彼に相応しい王妃となりたいという一心で取り組んでいるのです。
あのとき第二王子様に対して感じたのはおそらく、運命なのでしょう。国王と『救済の聖女』は一対の存在なのです。お互いを特別な存在だと認識できるのです。これが恋や愛なのかといわれるとそれは分かりません。でも、私たちはお互いに必要不可欠なのです。どちらが欠けてもいけません。
私のことを、遅刻した『救済の聖女』だといった王子サマはもういません。ですが、もう彼に対して何の感情も抱くことはありません。これは、私自身の感情ではなく運命と出会ってしまった『救済の聖女』の性なのかもしれません。けれど、きっとこれで良いのでしょう。
――私は、遅刻せずに私の片割れに救いを与えることができたのですから――。
ここまでお読み下さり感謝感謝です!!
お話はいかがだったでしょうか?お楽しみ頂けたら幸いです。
それでは、また次のお話でお会いできることを願って!