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短編集「死の物語」

影の無い少女

作者: 九十九疾風

 光が私を照らす。

 その光は白いはずなのに、どうして真っ黒な影を産むのだろう。

 私が光を遮っているから。

 原理の説明だけなら、これでいい。

 でも……それじゃ納得ができない。

 なぜなら……私は本来、影を生み出すことが出来ない生物なのだから。





  ・・・




「影」

 それは人間たちが持つ、1つの存在証明であると、昔何かの文献で読んだ。

 でも、私は影を見たことがない。光を浴びたことがないとか、足元を見た事がないとかじゃない。詳しい理由は教えてもらったことないけど、どうやら私は、生物学上ありえない存在らしい。


「ねぇお母さん……どうして私には影が無いの?」

「そうね〜。もしかしたら、瑞奈(みな)は特別なのかもね」

「特別……?」

「そう。他のみんなとは違う、特別な存在。瑞奈は、神様に選ばれたのよ!」


 昔、他のみんなと違うことが怖くなった私に、お母さんは優しく教えてくれた。

「特別な存在」

 その言葉だけで、私は幸せ者だと思った。

 でも、現実は違った。

 始めて現実を知ったのは、小学生の頃。

 影を持たない私を、周囲の人間達は嘲笑い始めた。

「どうして影が無いのか」なんて、そんなことは関係無いらしい。いじめの標的になったのは、それからすぐのことだった。


「おい死に損ない!俺がお前を死なせてやるよ!」

「生きてるやつは影があるんだ!つまりお前は生きてないってこと!」

「俺らに相手してもらってるだけありがたく思え、このゴミが!」


 いじめが始まったのが小学6年生だったこともあって、最初から暴力や暴言の嵐だった。「影が無い」ということ。いじめっ子にとって格好の餌である異常(イレギュラー)は、酷なことに、周囲の成長によって具現化していくタイプの異常性であった。

 私は、いじめに必死に耐えた。どれだけ殴られても、どれだけ暴言を吐かれても、どれだけ唾を吐きつけられても、どれだけ所有物を捨てられても……私は耐え続けた。血が出ることもあった。服がビリビリになることもあった。それでも私は、誰にも言わずにじっと耐え続けた。

 そんな日々が、ずっと続いた。何日も、何ヶ月も……その日々は、間違いなく地獄だった。何度死を覚悟したか分からない。何度逃げ出そうとしたか分からない。何度、自分の運命を呪ったのかも。


「……どうして……影がないの……?」


 そんな人生がバカバカしくなって、雨の夜、家の外で空を見上げながら呟いた。顔を打つ大粒の雨。黒く濁った雲たちが、空を流れていくのが見える。


「なんて……バカみたいだね……今更、なのにね……」


 今日何度目かの自嘲。何度も繰り返してきた、運命への嘆きの答え。

 包帯を隠すために着ている、季節外れの長袖の服が、雨に濡れて重くなる。濡れて服にピッタリとくっついた包帯の部分にはかすかに血が滲み始め、クリーム色の服を赤く染めていく。

 ここ数日はまともに食事もできていない。お母さんに心配をかけないよう、必死に食べようとするけど、すぐに吐き出してしまって話にならない。少し前までなら、お粥程度の物を食べることは出来たのに、今は何も喉を通らない。


「もしかして本当に死ぬのかな……?でも、もしそうならその方が楽かも」


「死」を身近に感じて、思わず笑ってしまう。

 私はこのまま死ぬのかな。何も残せないまま、私の影みたいに存在すら消えてしまうのかな。もしそうなら、私って本当になんだったのかな……


「あはは……ほんと……」


 少しずつ体の力が抜けていくような気がする。奇妙な満足感と引き換えに。


「……もう、いいよね……」


 私はその満足感に体を預けることにした。

 少しずつ、空が遠くなる。雨の音が遠くなる。地面が近くなる。そして、私の体が地面とぶつかる音が聞こえた気がした。

 暗い空よりも黒い赤が、少しずつ地面を侵食していく。そっか。もう、本当に死ぬんだ……


「……さよなら…………」


 逆らうことが出来ないほど、まぶたが重くなる。

 重いまぶたは、重さからは想像できないほどゆっくりと、私の視界を閉ざしていく。

 夜の雨で歪んだ視界が、少しずつ遠くなっていった。その時間が永遠のように感じられた。



 そして視界が完全に真っ黒に染った時、私の意識は影を探す旅を始めた。





 ・・・




 これは少女が産まれた少しあとの話。

 担当医は瑞奈の母である香奈(かな)に、深刻な顔である言葉を告げていた。


「……残念ですが…………」


 瑞奈の状態をガラス越しに確認しながら、香奈は担当医の言葉を静かに聞いていた。



「娘さんの肉体は……もって、10年です」






殴り書きです。お許しください

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