無礼な男 3
今日で、3日目だ。
ドリエルダは、毎日、街に出ている。
同じくらいの時間に、同じカフェにいた。
ドリエルダに気づいて、ブラッドから声をかけてくるかもしれない。
儚い希望に縋り、出会った日と似たような格好をしている。
それが、悪い意味で目立っていることに、彼女は気づいていなかった。
ドリエルダは噂されているほど、放蕩をし慣れていないからだ。
(あと1日……いいえ、3日は粘ってみなくちゃ!)
時間は限られている。
だが、どうしてもブラッドを諦めきれずにいた。
なぜか、彼なら、うまくやれると思える。
外見は申し分ないし、口調をやわらげれば、もっとずっと良くなるはずだ。
(でも、ブラッドはお金では動かない。となると、泣き落とし?)
涙ながらに訴える自分を思い描いてみる。
同時に、無表情のブラッドが見えた。
ドリエルダの得意とする笑顔の誘惑も、まるきり歯が立たなかったのだ。
泣き落としが通じるのなら、出会った時の「にこっ」も通じただろう。
(そうだわ。彼の雇い主に、話をつければいいんじゃない? 少しの間だけ、私の手伝いをしろって雇い主に指示させれば……)
考えている時だった。
座っているカフェのテーブルに影が落ちてくる。
顔を上げると、見知らぬ男性2人。
いずれも民服を着ている平民だ。
「毎日、来てるみたいですけど、誰か探してるんですか?」
「連日、見かけるんで、気になりましてね」
愛想のいい笑顔に、ドリエルダは、少し迷った。
悪人というふうでもないが、信用もできない。
人は、見た目で判断できないものなのだ。
御者のレストンは、街の手前で馬車とともに置いてきている。
上位貴族の令嬢としてはあるまじきことだが、護衛もつけていなかった。
なにしろ、ドリエルダは「お忍び」のつもりでいる。
ぞろぞろと護衛騎士など連れて歩けない。
今回ばかりは、家族にも内緒で動いているので、ついて来られても困るのだ。
「人探しに協力すれば、謝礼がもらえるんじゃないかと思って」
「俺たちが知っている奴なら、ここまで連れてきますよ」
ドリエルダは、彼らの言葉に安堵する。
謝礼目当てならば、むしろ、安心できた。
親切心を装いながら乱暴を働く輩かもしれないとの懸念が晴れる。
「そうね。見つけてくれれば、それなりに謝礼はするわ」
2人が嬉しそうな表情を見せた。
ブラッドが、カフェで、たびたび声をかけられている姿は目にしている。
それだけ街の者に知られているということだ。
名と外見を言えば、案外、簡単に見つけてきてくれるかもしれない。
時間に迫られていることもあり、ドリエルダは彼らに頼むことにする。
「名はブラッド。薄茶色の巻毛に、赤茶色の瞳で、歳は30前後くらい」
2人が、顔を見合わせていた。
すぐに答えが返ってくる。
「あいつなら、さっき見たばっかりですよ、ご令嬢」
「そうなの?」
「あの路地を抜けたところにある食料品店に行くみたいでしたね」
指さされたほうを見れば、確かに、先日もブラッドが向かった路地だった。
彼らが嘘をついている様子もない。
少なくとも、ドリエルダは、そう思う。
肩提げの小さなバッグから財布を取り出そうとした。
連れて来てもらってはいないが、情報料は支払うべきだと考えたのだ。
が、2人は手を振って、それを断ってくる。
「どこにいるか話しただけですから、金はもらえないですよ」
「さすがに、それじゃ“ぼったくり”です」
「本当に、いいの?」
「それより、別の店に行っちまうかもしれないんで、急いだほうがいいですね」
2人に礼を言い、立ち上がった。
食料品店での買い付けがすんだら、どこに行くかはわからない。
急いだほうが良さそうだ。
駆け足で路地裏に入る。
街には、王宮を中心に放射状に大通りがあり、そこから、いくつもの細い路地に枝分かれしていた。
大通りを1本でも外れると、途端に喧噪は遠のき、人気もなくなる。
が、そんなことには、かまっていられない。
今は、ブラッドを捕まえるのが先だ。
「ご令嬢」
声に、ハッとして振り向く。
さっきの2人が、いつの間にか、後ろに立っていた。
気の好さそうな表情が消えている。
代わりに下卑た笑みを口元に浮かべていた。
「やっぱり謝礼がほしくなったわけ?」
肩提げ紐を両手で握り、ドリエルダは後ずさりする。
追って、男たちが前に出てきた。
肩越しに、路地の先へと視線を走らせる。
路地を抜けるには、まだ遠い。
この距離で逃げても逃げ切れるか、わからなかった。
「謝礼はいらねぇよ」
「代わりに、あんたにつきあってもらいたいのさ、ご令嬢」
「そんな時間はないわ。人を探していると言ったでしょう?」
じりじりと、後ずさりを続ける。
背中を見せたとたん、襲い掛かられるのは間違いない。
話を引き延ばしながら、襲うよりも得だと思わせる交渉をすべきだ。
冷静さを失わずいれば対処できる。
(貴族が相手なら、どうにでもなるのに……っ……)
ドリエルダは、貴族の子息らを誘惑はしても、適度にあしらってきた。
手のひとつも握らせたことはない。
彼らには、大いなる弱点があるからだ。
外聞や体裁にこだわるため、恥をかくことを極端に恐れる。
彼女は、その弱点を突くのが上手だった。
そして、恥をかかされまいとする子息らに対し、手土産に自尊心を持たせ、引き下がらせている。
もちろん、裏では散々だ。
子息らは、簡単にあしらわれたのを根に持つことが多い。
男を弄びたがるだとか、お高くとまっているだとか、言いたい放題。
ドリエルダの味方は、家族と婚約者のみ。
そして、今や、婚約者はアテにはできず、家族だけとなっている。
が、ここに、この路地裏に、彼女の味方はいない。
自分で対処しなければならないのだ。
「お金をあげるから、消えてちょうだい」
見たところ、彼らは、あまり裕福そうではなかった。
小奇麗にはしているが、同じ民服でも、ブラッドが着ていたものより質が悪い。
貴族に爵位の差があるように、民にも貧富の差があるのだ。
「女性に乱暴して捕まったら、命を失うわよ?」
ロズウェルドでは、建前として「女性の意思が尊重」される。
上位貴族が、下位貴族や平民の女性の意思を尊重しているとは言い難かったが、犯罪とみなされれば、重い罰がくだされていた。
弁明の余地なく、極刑が言い渡される。
それは「法」であり、ロズウェルドの民なら知らない者はいない。
にもかかわらず、2人は嗤っていた。
なんの恐れもいだいていない雰囲気に、ゾッとする。
(私に乱暴したあと、生かしておく気はないのね)
殺して、金品も奪い取るつもりなのだろう。
だから、嗤っているのだ。
彼らは「謝礼」をもらうより利益になる方法を取ろうとしている。
ドリエルダは、自分の迂闊さに腹が立った。
いつもは保っている冷静さも失いかけている。
いくら「弱気になってはいけない」と言い聞かせても、怖くてたまらない。
家族に秘密だとしても、1人くらいは護衛を連れてくるべきだった。
無駄だと知りつつ、じりっと、また後ずさりする。
2人が待ちかねたというように速足で近づいてきた。
こんなところで、自分は命を落とすのだろうか。
しかも、見知らぬ男たちに汚されて。
タガートは、どう思うだろう。
同情してくれるどころか、自ら撒いた種だと軽蔑されるに違いない。
思って、目の端に涙を溜めたドリエルダの前で、男2人が声もなく倒れた。
「信じられんほど、頭の悪い女だ」