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不機嫌領主と笑顔と愛と 4

 

「お断りします」

「なんだと? バージル、今、お前、なんと言った?」

「お断りすると申し上げたのです、ブレイディード殿下」

 

 父の言葉に、ドリエルダも驚いている。

 ブラッドが「ブレイディード殿下」なのは知っていたので、そのことではない。

 父が「断る」と言ったことに、驚いているのだ。

 

「ど、どうして? お父さま」

「お前は、黙っていなさい、DD」

 

 いつになく、父は険しい顔をしている。

 12歳で引き取られてから、こんな表情は初めて見た。

 売り飛ばそうになったあと帰ってきた時だって、こんな顔はしていない。

 かなりの心配をかけたはずだが、怒られはしなかった。

 

 その上、隣で、母も難しい顔をしている。

 どうやら母も「お断り」らしい。

 

(え~……絶対に許してもらえると思ったのに……)

 

 というより、祝福されると思っていた。

 ドリエルダは、今の今まで、反対されるなどとは考えもせずにいたのだ。

 

 突然の求婚には驚かされたが、嬉しかった。

 心が、ほわほわして、浮かれていたとも言える。

 なのに、ここに来て、幸せ気分が消し飛んでいた。

 焦って、ブラッドの横顔を見つめる。

 

 4人は、客室にいた。

 テーブルを挟み、ブラッドの正面に父、ドリエルダの向かいに母が座っている。

 そして、向かいの2人、つまり、ドリエルダの両親は、ブラッドに険しい表情を見せているのだ。

 

「理由はなんだ? 俺の仕事のことか?」

「そうではありません、殿下」

 

 ドリエルダは、はらはらしながら、2人のやりとりを見守っていた。

 兼業が駄目だったのだろうかと、彼女も思っていたところだったのだが、どうもそうではないらしい。

 両親が反対する理由に思い至れず、不安になってくる。

 

(ブラッドに、可愛げがないから? 娘婿になるんなら、やっぱり礼儀正しくて、可愛げがあるほうがいいわよね)

 

 とはいえ、これがブラッドなのだ。

 無表情で、少し尊大で、飄々としていて。

 けれど、彼が優しく、実は感情豊かだと、ドリエルダは知っている。

 

「俺という人間が、信頼に値せぬのか?」

「それも違います、殿下」

 

 違うのか、と思った。

 ブラッドの人柄でもないようだ。

 2人には面識があるのだから、話はスムーズに進むと思っていたので、いよいよ不安になってくる。

 

 スッと手が横から伸ばされ、ブラッドがドリエルダの手を握ってくれた。

 その手に安心する。

 いつも、そうだ。

 

 信じろと言われなくても、ドリエルダはブラッドを信じている。

 任せておけと言われると、大丈夫だと思える。

 

「わかった」

 

 え、なにが?と、思わず言いそうになるのを我慢した。

 ドリエルダには、なにもわからない。

 ちっとも。

 

「……トレヴァの奴め……こういうことであったか……」

 

 小さなつぶやきが聞こえてきたが、それもドリエルダにはわからなかった。

 トレヴァジルの言ったなにかが、ブラッドに、そうつぶやかせたのだろうけれど、彼女自身は、夜会で1度会ったきり。

 トレヴァジルがどういう人なのかも、よく知らずにいる。

 

「俺が、シャートレーの養子に入ればよかろう」

「えっ?!」

 

 ドリエルダは声を上げた。

 が、両親はブラッドの言葉に、ぱぁっと表情を明るくする。

 さっきまでとは打って変わって、笑みさえ浮かべていた。

 

「で、でも、ブラッド……」

 

 ブラッドは王族だ。

 仕事のために民を装ってはいるが、身分は身分として存在する。

 慌てているドリエルダのほうに、ブラッドが顔を向けた。

 

「俺の母はウィリュアートンの出でな」

「ウィリュアートン? あの、ウィリュアートン?」

「そうだ。お前も知っているだろうが、王族であったユージーン・ガルベリーは、婚姻を機にウィリュアートンに養子に入った」

 

 言われて、貴族教育で学んだ「歴史」を思い出す。

 王族で初めて貴族の養子となった、宰相だとかなんとか。

 民言葉の字引きを編纂した人でもある。

 

「だが、バージル、俺はシャートレーを継ぐ気はないぞ」

「それは、かまいません。家督は弟の血統に譲ればすみます」

「お、お父さま?」

 

 それでは、なぜブラッドが養子に入ることにこだわっていたのか。

 ドリエルダの頭は混乱しっ放しだ。

 

「DD、あなたが選んだ人だから、反対したくなかったわ。でも、王族と婚姻してしまうと王宮で暮らすことになるのよ? 里帰りもままならなくなるの。あなたは私たちのたった1人の娘……引き離されたら……」

「お母さま……」

 

 涙目になっている母に、ドリエルダも目に涙が浮かんでくる。

 養女の自分を、ここまで想ってくれている両親に、胸が痛くなるくらいの愛情を感じた。

 確かに、両親と引き離されての王宮暮らしは、さすがに厳しいものがある。

 すぐに里心がつきそうな気がした。

 

「ですが、殿下、弟筋へと家督を譲るにしても、シャートレーである限り、領地は持ってもらわねばなりません。よろしいですね?」

「うむ……わかっている」

「国の仕事は国の仕事。領主は領主として務めていただきます。精一杯、兼業していただきたい」

「う、うむ……承知した……」

 

 なんだか、ブラッドが、気の毒になってくる。

 この「兼業」は、かなり大変なのではなかろうか。

 国の仕事がどういうものか具体的には知らないが、それはともかく。

 

「私も手伝えることは、手伝うわね」

 

 そう言った、ドリエルダの言葉を、母が否定してきた。

 ぴしゃりといった様子で。

 

「あら、あなたは屋敷の管理をするだけよ、DD」

「お母さま……? で、でも、ブラッドの体は2つあるわけでは……」

「今後、身重な体になることも考えれば、無理はさせられないわ。そうですわね、ブレイディード殿下」

「う……うむ……むろんだ……身重……そうか。そうであったな。俺は、どうも、これ(DD)に関してだけは読みを、よく外す。気をつけねばならん……」

 

 かあっと顔が熱くなる。

 ドリエルダが、そこまで考えていようはずもない。

 まだ婚姻にさえ、いっぱいいっぱいになっているのに、母は「懐妊」のことまで考えている。

 そして、隣に「懐妊」の元が座っているのが、ものすごく恥ずかしい。

 

「時に、お前たちは、娘に、どういう躾をしている。人の家の躾に口を挟みたくはないが、言わずにもおれん」

「どういう意味でしょうか?」

「俺は、これに、好いていると自らの心を告げた。求婚もした。それについては、合意を得ているが、これは、未だに俺に対する、己の心を告げてはおらんのだ」

 

 両親が、ドリエルダに視線を向けていた。

 どうしてか、ものすごく居心地が悪い。

 しかも、ブラッドは、なにやら不機嫌そうだし。

 無表情でも「気に食わない」との感情が伝わってくるのだ。

 

「それは駄目よ、DD」

「そうだな。それはいけないことだよ、DD」

「お、お母さま、お父さま……」

「心というのは、伝え合うものでしょう?」

「殿下は、お前に心の(うち)を告げられたのだ。お前も告げるべきだろう?」

「殿下に気持ちがない、というのなら、話は違ってくるけれど?」

 

 両親にたたみかけられ、ドリエルダは、心の中で呻く。

 ブラッドの金色の髪を引っ張ってやりたい。

 思いきり。

 髪が抜けるほど。

 

「しかも、俺は、公衆の面前で告げたのだ」

「まあ! それは、絶対に、お応えするべきね!」

 

 母は、目をキラキラさせている。

 やはり母も貴族の元令嬢なのだ。

 劇的な「ロマンス」に弱い。

 どうやら、ブラッドとの婚姻は、本当に「劇的なもの」になりそうだ、と思う。

 

 『ご令嬢の方々、俺のことは、いずれわかる日が来る。俺とDDが結ばれた時の、楽しみとして残しておきたかったのだ。そのほうが、より劇的ではないか?』

 

 夜会でブラッドが言った言葉が、頭に蘇った。

 しばらく、ひとしきり噂になるには違いない。

 良い噂となりそうなことが、幸いだ。

 

「で? どうなのだ、DD?」

 

 ブラッドは、まだ不機嫌そうな顔をしている。

 ドリエルダからの「愛の告白」がないのが、本気で気に入らないらしい。

 なにかを「こじらせている」ような気がしなくもなかった。

 が、息を大きく吸い込む。

 

 両親が言うことは、もっともだと思ったからだ。

 心は伝え合うものであり、言葉にしなければわからないこともある。

 そして、片道通行では「駄目」なのだ。

 公衆の面前よりは、両親の前で言うほうが、まだしもだろうし。

 

「私も……あなたのことが好きよ」

「どのくらいだ」

「……とても好きだわ」

「それだけか?」

「………ツイーディアの花言葉通りに……あなたを愛してるわ、ブレイディード・ガルベリー」

 

 とたん、ブラッドが、なんと「にっこり」した。

 頭も心臓も爆発しそうなほどの破壊力だ。

 真っ赤になって固まっている、ドリエルダの体をブラッドが抱き寄せる。

 両親の前だということも忘れていた。

 

「いくら頭が悪くても、これだけは忘れてくれるなよ」

 

 ブラッドの翡翠色の瞳の中で、ドリエルダの水色の髪が揺れている。

 それは、ツイーディアの花の色。

 

 両親の前でもおかまいなしに、ブラッドが顔を寄せてきた。

 唇を重ねながら、言う。

 

「俺も、お前を愛している。生涯、愛すと誓ってやる」




全15話(60部分(頁))まで、お読みいただき、ありがとうございました。


ほんの少しでも、楽しんで頂けているところがあれば、幸いです。

ご感想、ブックマーク、評価を頂き、とてもありがたく感じております。

今回、メッセージ等で励ましてくださった何人かの方、とても感謝しております。

ご心配をおかけしまして、申し訳ありませんでした。

お読みくださっている方々から反応していただけるのは、無上の喜びです。

これからも書き続けていこうかなぁと思えます。

お忙しい中、足をお運び頂けたこと、非常に嬉しく感じております。


皆々様、長らくおつきあいくださり、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] 途中で終わるまで…と寝かせていたらつい後回しになってしまい、今頃全部読み終わりました。 相変わらずガルベリーさんちは恋愛を拗らせてるな!!と思いつつ。 好きって言いなよ~このっこのっ!と外野…
[一言] タガートとかいうでかいクソと寄りを戻さなくってマジでよかった
2021/09/05 21:37 退会済み
管理
[一言] とても面白かったです。無垢って!素敵となりました。また、パン屋さんもブラッドだったとは、驚きました。タガートだとDDの見る夢の対応は難しいと思うので、良かったのかなぁと。最初の夢よりあ互い納…
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