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無しかつけられない女 2

 ブラッドは、体をぶるぶると震わせている。

 いや、震わせている気になっている。

 実際には、震えているのは両の手だけだ。

 

「どうして、ドリエルダに会いに行かないのさ、叔父上」

「そうとも。あの子の謹慎は、ひと月以上前に解けているじゃないか」

「そうだ、そのようにバージルから聞いておるぞ、弟よ」

「あんなに必死で駆けずり回ったのに、信じられないっス」

 

 ここは「ローエルハイド公爵家」の食堂だった。

 なのに、王族が3人もいる。

 なぜか、その隣に、自分の側近が座っている。

 そして、どういうわけか、料理をふるまわなければならなくなっている。

 

「意味がわからん」

 

 4人が言っていることも。

 その4人が平然と食事をしていることも。

 その食事が、自分の「手料理」であることも。

 料理長すら「俺は知らねぇ」と言い、手伝ってくれなかったことも。

 

 なにもかも、意味がわからない。

 

 すでに危険は去っている。

 謹慎も解けたというのなら、自分が手を貸すことは、なにもない。

 ブラッドは、そう思っていた。

 もちろん、多少は気にしている。

 

 ドリエルダが新しい夢を見て、また1人で動こうとするのではないか。

 そして、また危険な事態になるのではないか。

 

(有り得る話だ。あれ(DD)は、無しかつけられん女だからな)

 

 悪評程度ですめばいいが、命を取られては困る。

 なぜブラッドが困るのかはともかく。

 

「叔父上が、わかっていないのが、わからないな」

「彼は、鈍感なのだよ、スペンス」

「うむ。我が弟には、そういうところがある」

「ほかのことは、なんだって読めるのに、自分の心は読めない人なんスよ」

 

 4人の会話に、イラっとした。

 表情に出ないからと言って、感情がないわけではない。

 表に出さなくなっているだけで、ブラッドは、実は感情が豊かなのだ。

 

「えーと、そういうの、民言葉で、どう言うのだったっけ?」

「職業病スね。もしくは、おたんこなすびとか」

「ああ、それだね。おたんこなすび」

「うむ。おたんこなすびであろうな」

 

 なぜドリエルダに会いに行かないからといって「おたんこなすび」呼ばわりされなければならないのか。

 用がないのに、会いに行くわけがない。

 そんなことは当然だ。

 ドリエルダの警護は、ブラッドの仕事ではないのだから。

 

「俺に悪態をつきに来たのか?」

「そういうわけじゃないけどさ」

 

 スペンスが隣に座っているトレヴァジルに視線を送っている。

 その様子も気に入らない。

 兄が、ずっとそわそわしているのも気に食わない。

 ピッピの、バクバク料理を口にしている姿にも苛々する。

 

「彼女、ベルゼンドの子息とは別れたのだろう?」

「あのようなことがあったのだ。今は、会う気になれずともしかたがない」

「なに? 叔父上は、2人が別れたとは思っていないわけ?」

「そうだ」

 

 4人が、なぜか盛大に溜め息をつく。

 器用なことに、ピッピは溜め息をつきながらも、料理をバクバク。

 口を休めるということがない。

 

「であれば、良い機会ではないか。あの娘の心を、お前が支えてやればよい」

「なんということを言うのだ、兄上は」

「いや、私は、お前と、あの娘が似合いだと……悪いことでは、なかろう……?」

 

 兄の目が、うるうるっとし始める。

 ブラッドに(とが)められて、傷ついたようだ。

 隣から、トレヴァジルが、そっとハンカチを差し出している。

 実の父が泣かされていても、息子のスペンスは知らん顔だ。

 

「オレは、陛下の意見に賛成っスね」

「おお、ピアズプル。そう言ってくれるか」

 

 ハンカチを濡らしつつも、兄は「我が意を得たり」とばかりに喜んでいる。

 ピッピは、王族の前であろうと、平気で口をもぐもぐさせていた。

 だが、ブラッドを見ようともせずに、言う。

 

「カッコつけてるだけなんスよ、ブラッドは。陛下の言う通り、弱ってる女につけこんだっていいじゃんスか」

「い、いや、私は、つけこめとは……」

「それで惚れた女を自分のものにできるんなら、いくらでもつけこめばいいんス」

「い、いや、だから、私は、つけこめとは……」

 

 ピッピは平然としているが、兄は狼狽(うろた)えていた。

 純粋に、ドリエルダの「支え」になってやれと言ったつもりだったのだろう。

 兄は、純朴な人柄なのだ。

 言葉を言葉通りにしか使わない。

 

「俺は、あれに惚れているなどと言ったことはないぞ、ピッピ」

 

 言ったとたん、トレヴァジルが、ぷっと笑った。

 イラっとする。

 

「なにがおかしい」

「いやいや、きみ、彼女のために、陛下に頭を下げたそうじゃないか、ブラッド」

 

 パッと、兄のほうを見た。

 あの時は、兄とバージル、それにピッピしかいなかったのだ。

 兄が、サッとうつむく。

 

「父上、号泣していたよ。叔父上が自分に頭を下げたのが悲しいとか、頼りにしてくれたのが嬉しいとか。思い出しては、3日くらい泣いていたっけ。まぁ、父上の情緒がおかしいのは、いつものことだけどさ」

 

 スペンスが、しれっと父親に悪態をついている。

 悪態がつけるほどには仲がいいということなのだが、それはともかく。

 

「ピアズプル、きみは、ブラッドが恰好をつけていると言ったが、それは違うね」

「そうなんスか? へえー」

「わかっているくせに、きみは優しいねえ。だが、私はきみほど優しくはないよ」

 

 トレヴァジルが、ブラッドに視線を向けて「にっこり」した。

 ものすごく嫌な感じだ。

 4つも年下のトレヴァジルが苦手な理由のひとつでもある。

 

 トレヴァジルは「人を見る才」に長けていた。

 それは、おそらくブラッドの先読みとは違う方向のものだ。

 人を読むという能力においては、トレヴァジルのほうが上をいく。

 ブラッドは、情報から、その人物の資質を見抜いているに過ぎないからだ。

 

「あれこれと理由をつけているが、フラれるのが怖いのだろう、ブラッド」

「え? 叔父上、ビビってんの?」

「まさか……我が弟が、そのようなヘタレ……」

 

 ギロっと、兄をにらむ。

 ここで、ブラッドが口を封じられるのは、兄だけだ。

 案の定、にらまれて兄は、しゅんとなり、口を閉じた。

 

「ここはもう、あなたの安全圏とは成り得ないかと」

 

 1番、嫌な奴が出て来る。

 じっと黙って壁際に立っていたシャーリーだ。

 赤褐色の瞳が冷たく細められている。

 

「公爵様が、点門(てんもん)の点を残す許可を出されましたので」

「なんだと?」

「彼らは、来たい時に、ここにいらっしゃるのでは?」

 

 ピッピは、元々、この屋敷に住んでいるため、シャーリーの言葉に無反応。

 だが、ほかの3人は、違う。

 とくに、兄と甥は、目をキラキラさせていた。

 トレヴァジルは、またも「にっこり」している。

 

「ほかのガルベリーにも教えてあげなくてはねえ。みんな、それはそれは、きみのことを心配しているし、なにより、きみのことが大好きだから」

 

 背筋が、ゾッとした。

 いろんな顔が思い浮かぶ。

 叔父やら大叔父やら、従兄弟やら、そのまた従兄弟にと、とにかく大勢だ。

 それでは、王宮で生活するのと、なんら変わりがなくなる。

 

「ですから、もう出て行かれては?」

「そっスね。それがいいっス」

「俺は、ここの勤め人だぞ」

「辞めてしまえば話が早いかと」

「そっスね。これじゃ仕事になんないでしょ」

 

 兄と甥は「え~」という顔をしていた。

 せっかくブラッドと自由に会えそうだと思っていたからに違いない。

 トレヴァジルだけが、ニコニコしている。

 くらっと眩暈がした。

 

「本気か、シャーリー?」

「私が本気でないことを言うとでも?」

 

 ブラッドは言葉を失う。

 逃げ場がなくなってしまった。

 

「あ、それなら、叔父上、王宮に帰ってくれば? それがいいよ」

「おお、その通りだ。ここにいられぬのであれば、王宮に帰ればよいのだ」

「断る! 俺は、王宮になど戻らん!」

 

 王宮に戻るくらいなら「職場」で寝泊まりしたほうがマシだ。

 ガルベリーの魔術師たちに取り囲まれて暮らすなど、考えたくもない。

 30歳にもなって、また靴紐さえ自分で結ばせてもらえなくなる。

 

「信念を折り曲げた代償は大きかったねえ」

「王宮に戻ったら、信念どころじゃなくなるっスけどね」

 

 にらんでも、トレヴァジルとピッピは、痛くも痒くもないといった様子だ。

 どうしてこう、自分の周りには、性格に難のある奴しかいないのかと、我が身を嘆く。

 そのブラッドに、トレヴァジルが、にっこりして言った。

 

「大きな代償の代価を手に入れれば、つり合いが取れるのじゃないかな?」


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