本当はいつも 3
「魔術師でも、物理的な攻撃をするのね」
「騎士のような戦いかたはしない、というだけですよ」
2人は、また「普通の会話」をしている。
ドリエルダは、馬車に揺られているのを感じていた。
が、またしても意識が朦朧としている。
小屋で、魔術師になにかされ、気を失ったのだ。
1度目の時ほど、頭痛はしないが、それでも頭がズキズキする。
馬車が揺れていることもあって、とても気分が悪い。
やはり手は後ろで縛られ、馬車の後ろに転がされている。
貴族が使うものとは違う、荷運び用の馬車のようだった。
「魔力を持たない者に、転移系の魔術を使うと、意識を失います。ですが、相手の合意がない場合は、先に意識を失わせておく必要があるので」
「昏倒させてから転移させたというわけね」
「私は力仕事が嫌いですから、あの女を馬車に運ぶのに魔術を使ったまでです」
自分は、これから「売り飛ばされる」のだ。
小屋での会話は、しっかり覚えている。
おそらく北方諸国のひとつである、デルシャン皇国だろう。
北方諸国の中では、ロズウェルドへの敵意が薄いとされていた。
だが、本当かどうかは、わからない。
「あの2人は、大丈夫なの?」
「もう死んでいますから、ご心配なく」
「犯人役としては、都合のいい者たちだったわ。彼らは、今はベルゼンド直轄領の領民だもの。死んでしまえば、なにも話せないしね」
ああ…と、心の中でだけ呻く。
自分の見た夢の意味が、わかりかけていた。
彼らは「しかたがなかった」と言い、いかにも嫌がるそぶりを見せていたのだ。
やりたくてやっていたのではなかったと、ドリエルダにもわかっている。
彼らは、ジゼルに利用されたのだろう。
なにをもってかはともかく、脅されていたのではなかろうか。
(でも……彼らは、本気だった。本気で人攫いをしてるって感じてたわ)
つまり、ジゼルと「グル」だったわけではない。
彼らも知らなかったのだ。
あの人攫いが仕組まれたものだということを。
(彼らは殺されてしまったのね……助けられなかった……私が、夢の内容をもっと理解してれば、助けられたかもしれないのに……)
写真の中で、タガートの両隣に立ち、笑っていた顔を思い出す。
彼らは、善良な領民だった。
しかたなく加担せざるを得なかったのだろうが、それすら偽物だったのだ。
自らの行いに罪の意識を感じていたのに、騙されたあげく、殺されてしまった。
「彼らを始末した男は、どうなっているのかしら? 万が一、その男が捕まれば、困ったことにならない?」
「それもご心配なく。奴は、ただの野盗です。金で雇われていただけで、事情は、なにも知りません。それに、そのために、あなたに護衛騎士を3人もつけたのではありませんか?」
「そうなのよね。新しく入ったばかりの……名は忘れてしまったけれど、あの子は“犯人”に襲われる役だったから、もう死んでいるけれど」
聞けば、聞くほど、背筋が、ぞわぞわしてくる。
ジゼルは、人の命を、とても軽く扱っていた。
誰が死のうが、なんとも思っていない。
「私は領民に攫われ、犯人の3人は、身代金を要求。お父さまは支払い、その後、護衛騎士が犯人を見つけて討ち取る、という筋書きだったのに」
「まさか、その準備中に、あの女に見つかるとは予想外でしたね」
「あの子は、いつも私の邪魔ばかりするのよ。小さい頃から、大嫌いだったわ」
思えば、小屋に1人でいたジゼルには逃げようとする様子はなかった。
しかも、今さらだが、落ち着いていたような気もする。
あれは、人攫いの芝居を打つ前の「準備」をしていただけだったのだ。
夢の中で、領民がジゼルを連れて来たのは夜だった。
けれど、ドリエルダが小屋を見つけたのは昼過ぎだ。
「ひとつ、懸念があるのですが」
「タガートが私に靡かないこと? それとも、不正に気づいてしまうこと?」
「両方と言いたいところですが、どちらかと言えば、後者ですね」
ジゼルが魔術師の言葉に、小さく嗤った。
嘲るような声に、とても嫌な感じがする。
「大人しく私に靡くほうが、彼のためでもあるわ。そうならなければ今回のことも不正のことも、すべて彼がしたことになるのだもの」
「そのための手は打ってあるというわけですか」
「当然でしょう? お父さまが下位貴族に根回しずみよ」
言ってから、ジゼルが、わざとらしく溜め息をついた。
ジゼルは、昔と変わらず、思ってもいないことを平気で言う。
「まったく冗談ではないわ。これだけ長い時間をかけてあげたのは、こちらも穏便に事を進めたかったからだというのに。いつまでも、彼が、あの子に執着するものだから手間が増えてしまったのよ? 手を縛られて、汚い小屋の床に座るなんて、酷い目にあったのも、全部、あの子のせい。彼には、最後に1度だけ機会を与えるつもりだけれど」
魔術師が、ジゼルの言葉に笑っていた。
なにがおかしいのか、ドリエルダにはわからないし、腹が立つ。
ジゼルが言っていた「彼を好きではない」との言葉は本当だったのだ。
タガートのことも利用し、利用しきれないとなれば切り捨てるつもりでいる。
すべての罪を押しつけて。
ドリエルダは腹立ちの中で、ハッとした。
さっきジゼルは「父親が下位貴族に根回しずみ」だと言っている。
(このことは……ジゼルだけの考えじゃないんだわ! 伯爵も知ってる……違う、そうじゃない……伯爵が、時間をかけて仕組んでいた……?)
本当に、ゾッとした。
ドリエルダは、貴族に「そういうところがある」とは知らないのだ。
彼女の引き取り先はシャートレーであり、不正などとは無縁。
ベルゼンドにしても、タガートは真面目で、犯罪とは無縁。
ハーフォーク伯爵家は酷い場所だった。
差別され、虐げられ、暴力までふるわれている。
とはいえ、彼女はあくまでも「部外者」だったのだ。
家族として扱われていなかったため、幸いというべきか、恐ろしい面を知らずにすんでいた。
こんな人間が世の中にいるのか。
ハーフォーク伯爵家を逃げ出して以降、ドリエルダは人の善意にふれている。
悪い噂を流され、悪意のある悪評を広められはしたが、それは、自分が撒いた種だと思っていた。
自分本来の姿ではないし、人助けのためにはしかたがないと割り切れたのだ。
それに、人殺しに比べれば、些末な悪意に思える。
所詮は、噂であり、貴族たちの暇潰しのひとつに過ぎない。
だが、ジゼルは、まるで暇潰しをしていたかのごとく、人の命を奪った話をしていた。
本気で、恐ろしくなる。
ジゼルは躊躇ったりしないのだろう。
きっと、このまま自分は売り飛ばされるのだ。
それでも、殺されてしまった領民よりはマシなのかもしれない。
命があれば、やり直せないとも限らないのだから。
(そうだ……私……ブラッドにネックレスとイヤリング、返してない……お礼も、結局、ちゃんと言えてない……)
路地で襲われた時も、タガートに夜会に来るなと言われた夜も。
ドリエルダは、無自覚にブラッドに抱き着いている。
抱きしめ返してくれた腕を思い出していた。
なぜか、ひどく恋しい。
最後の最後で、思い出すのが、ブラッドだということが、不思議になる。
ずっとタガートに恋をしていたはずなのに。
ガタンッ!!
急に、馬車が大きく揺れた。
ドリエルダの体が、後ろのほうに転がる。
馬車を覆っている幌が、少しめくれていた。
そこから、月の光が射している。
「DD!!」
声に、なにもかもを忘れた。
足は縛られていない。
咄嗟に立ち上がり、さらに馬車の後ろへと走る。
「捕まえてッ! いいえ、もう殺してもかまわないわ!」
ジゼルの声が聞こえた。
が、ドリエルダの視線の先には、ブラッドがいる。
馬に乗って駆けていた。
「飛べ、DD! 俺を信じよ!」
「信じてるわよ、いつだって!!」
バッと馬車からブラッドのほうに向かって、トリエルダは飛ぶ。
落ちるかもしれないとか、怪我をするかもしれないとか、受け止めてもらえないかもしれないとか。
そんな疑問は、なにひとつ浮かばなかった。
ドサッと体に衝撃を受ける。
「本当に飛ぶとはな。信じられんほど、頭の悪い女だ」
ブラッドは、馬を走らせるのをやめていた。
彼の腕の中に、すっぽりとドリエルダがおさまっている。
そのブラッドの髪を、じっと見つめた。
見えたのは、月の光ではなかったのだ。
「今日も、くれる? ねえ、ブラッド……金色のパン屋さん……」




