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折り合いがつけられれば 4

 誰かの声が聞こえていた。

 会話をしているようだが、はっきりしない。

 頭がぼうっとしていて、意識が覚醒しきれていないのだ。

 体に痛みはないものの、頭が痛くてしかたなかった。

 

「……してしまえば……が、単……」

「それ……死……すれば……」

 

 頭痛に耐えながら、ドリエルダは考える。

 とりあえず、自分が生きているのは確かだ。

 なにが起こったのか、思い出す必要があった。

 

 犯人が、ジゼルを押し込めた小屋を見に行くことにしたのは覚えている。

 実際に、探しあてた。

 だが、近くに、あの「斧を持った3人目」がいたのだ。

 そのため、中を確認だけして、逃げようと思ったのだけれども。

 

(そうだった……魔術師……ハーフォークの魔術師がいたんだわ……)

 

 魔術師に見つかってからのことは、わからない。

 意識を失っていたせいだろう。

 なにをされたのかすらも自覚がないまま、今、こうしている。

 相手が魔術師であれば、簡単に昏倒させられたのも当然だ。

 ドリエルダは、魔力を「持たざる者」なのだから。

 

(こんなことになるなんて思わなかったんだもの……お父さま……ごめんなさい)

 

 貴族の令嬢は、理由がなんであれ、時として標的にされる。

 そのため、義父はドリエルダに魔術道具を持たせてくれていた。

 火事を回避しようと動いていた際には、持って出ている。

 怪我をして、両親に心配をかけたくなかったからだ。

 

 義父のくれた魔術道具は2種類。

 物理と魔術の攻撃を防ぐ、防御魔術を発動させることができるものだった。

 ひとつはブローチで、もうひとつは髪飾り。

 それなら、目立たないだろうと、特注してくれている。

 

 けれど、ドリエルダは、それらを常に身につけていたわけではなかった。

 ブラッドと出会った日、街に出ていた時もつけていない。

 ブローチと髪飾りは「目立つ」のだ。

 夜会でならともかく、あまりにも高級過ぎて街には不似合いだと思った。

 あの時は「お忍び」だったし。

 

 そして、今回もつけていない。

 ジゼルが滞在先にいると聞かされていたので、なにかが起きるとは予想していなかった。

 現場となっていた小屋を、自分で確認できさえすればいい。

 その程度の認識だったのだ。

 

(まさか魔術師がグルだったなんてね。でも、どういうことなの? あの魔術師は、ハーフォークに雇われているはずよ? やっぱりお金? 伯爵が給金をケチったとか……有り得なくはないけど、それで主の娘を(さら)う? 重罪になるのに?)

 

 いくら考えても、答えが出せずにいる。

 魔術師側にも利益があるから、手を貸したのだとは思うのだけれど。

 

(それに……そもそもジゼルを攫った2人は、小屋の中にいなかった)

 

 いたのは、ジゼルだけだ。

 3人目の男はいたので、あとからやってくる予定なのだろうか。

 にしても、これが、とてもまずい状況なのは、わかる。

 頭痛が少しおさまり、意識もはっきりし始めていた。

 

「まぁ、私は、どちらでもかまいませんが」

「いいじゃない。上乗せがあったほうが、あなたも嬉しいでしょう?」

 

 え?と、思う。

 この声は、ジゼルだ。

 もう1人は、あの魔術師だった。

 ジゼルは魔術師と話しているらしい。

 

 もちろん、魔術師はハーフォークに雇われているのだから、知り合いであってもおかしくはない。

 というより、面識があって当然だ。

 だが、2人は、あまりにも「普通の会話」をしている。

 

 攫った者と攫われた者が、そんなふうに話せるものだろうか。

 瞬間、どくりと心臓が嫌な音を立てた。

 

(ジ、ジゼルも……グル? 自分で自分を攫わせたの……?)

 

 そうとしか考えられない。

 なんのためかは知らないが、ジゼルは共謀している。

 いよいよ、まずいことになった。

 ドリエルダの体から血の気が引く。

 

 ひたすら目を閉じ、じっとしていた。

 ともあれ、まだ殺される気配はない。

 意識を失っていると思わせておけば、時間が稼げるかもしれないのだ。

 

 とはいえ。

 

 いったい、誰が助けに来てくれるだろう。

 家の者にも「ちょっと出かける」としか言わずに出て来た。

 どこに行ったかは、誰も知らない。

 仮に、義父がタガートのところに行ったとしても、居場所はわからないはずだ。

 

 領民が犯人だと言った際のタガートの反応に、それ以上は、詳しい話ができなくなっている。

 誰だとか、どこだとか。

 具体的な内容を、タガートは知りたがらないだろうと思った。

 

 そうでなくとも動揺させ、傷つけている。

 ジゼルが無事でさえいればいいことなのだから、領民に関してはふれないでおくことにした。

 タガートの心に、さらに大きな負担をかけると、わかっていたためだ。

 

 だから、タガートも、ここを見つけられない。

 もとより、ベルゼンドの領地にいると判断してもらえるかも定かではなかった。

 ドリエルダがいなくなり、義父は騎士たちに探させてはいるだろう。

 とはいえ、街に出ていたり、森で迷っていたりする可能性だってある。

 

 最悪だ、と思った。

 

 いつまでも、この状態が続くはずがない。

 ドリエルダは、夢で見た時のジゼルのように、後ろで手を縛られていた。

 頭がはっきりして、ようやく縄の感触に気づいたのだ。

 

 馬鹿だ、とも思う。

 

 泣きたくなるのを、必死で(こら)えた。

 これで殺されしまったら、両親に合わせる顔がない。

 情けなくて、悲しくて、自分に腹が立つ。

 

 自分が正しいと思うことをしてきたつもりだ。

 夢を見過ごしにできず、なんとか回避しようと手を打ってきた。

 だが、その結果が、この(ザマ)なのだ。

 

 ジゼルを助けようとして、大きな穴に、自分が落ちた。

 

 もっと注意深くなるべきだったし、安易な行動は避けるべきでもあったのだ。

 こんなことだから、悪評まみれになったのに、なにも学んでいない。

 

 嫌われ者のドリエルダ・シャートレー。

 

 本当には、そうならずにすむ方法もあった。

 ブラッドのように、きちんと考えて、計画を立てて動いていれば、正しいと思うことを、より正しく行えたのだ。

 

(頭の悪い女って言われるわけよね……あなたの言う通りだわ、ブラッド……)

 

 ブラッドの無表情な顔が思い出される。

 あの時、2度と声をかけるなと言われたのが、寂しかった。

 けれど、ドリエルダが困って声をかけたら、ブラッドは助けてくれたのではなかろうか。

 そんな気もする。

 

「それで、どこにするんです?」

「そうねえ。あの髪色を好む者も多いらしいから、デルシャンあたりね」

「北方なら足もつきにくいので、それがいいかもしれません」

 

 その会話に、ゾッとした。

 殺されるのではない、と気づいている。

 

 自分は、外国に売り飛ばされるのだ。

 

 死ぬより酷いことになるかもしれない。

 あまりに恐ろしくなり、体が小刻みに震える。

 じっとしていなければと思うのに、どうしても震えを押さえられなかった。

 

「おや、気づいたようですよ」

 

 こうなってはしかたがないと、ドリエルダは、ゆっくりと目を開く。

 魔術師、それに、ジゼルに見下(みお)ろされていた。

 ジゼルは、あからさまに馬鹿にするような目つきをしている。

 

「あなたって、本当に、私の邪魔ばかりするのね」

 

 ドリエルダは、なにも言わず、ジゼルを見つめた。

 今回の「人助け」は、そもそも「人助け」ではなかったのだ。

 助けるどころか「邪魔」扱いされている。

 きっとジゼルの言うように、彼女たちの計画の「邪魔」をしたに違いない。

 

「あなたが、彼と大人しく別れていれば、こんな面倒にはならなかったのよ?」

「……そんなに、彼と婚姻したかったの……?」

 

 タガートの気を引くために、攫われた真似をしようとしたのか。

 そのあたりの事情は、よくわからない。

 だが、ジゼルがタガートに執着していたのは、確かだ。

 思う、ドリエルダにジゼルが嗤う。

 

「そこまで彼を好きなはずないでしょう? 堅苦しくて、うんざりするほど退屈な人だと、あなたも知っているはずよ? ただ、私は、絶対に、彼と婚姻しなければならなかったというだけのことに過ぎないわ」

 

 ジゼルの言っている意味が「ちっとも」理解できなかった。

 あれほどタガートに執着していたのに、ジゼルは彼を好きではなかったのだ。

 さらに、なにか言おうとしたジゼルを魔術師が止める。

 

「そのくらいにしておいてください。売り飛ばしても、どこから話が流れつくかはわかりませんからね。危ない橋は渡りたくないんですよ。ただでさえ不測の事態が起きているんですから」

「わかったわ。どうせロズウェルドからいなくなるのだし、今後のことなんて知る必要ないものね」

 

 ドリエルダの喉が不自然に上下した。

 やはり、自分は売り飛ばされることになる。

 誰の助けも得られず、ひっそりとロズウェルドから消えるのだ。

 

(ああ……どうしよう……どうすればいいのか、わからないわ……だって、私は、あなたみたいに頭が良くないんだもの……ねえ、ブラッド……私、どうすればいいの……?)

 

 なぜかはわからない。

 けれど、ドリエルダの心にあったのは、震える自分を抱き締めてくれたブラッドの顔だった。

 

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