折り合いがつけられれば 2
夢を見てから、ちょうど10日が経っている。
あれから、タガートは、毎日、ジゼルの安否を確認してくれていた。
ジゼルは滞在先に籠っているらしい。
今のところ、ハーフォークに帰る気はないそうだ。
「でも、あと10日……なにも起きずにすめばいいのよ」
昼食をすませ、ドリエルダは、自室に戻っている。
夢の出来事が起きるはずの予定日を半分過ぎ、少し安心していた。
このまま、あと半分の日数が何事もなく消化されるのを願っている。
最初は、タガートを無駄に振り回したと落ち込んだ。
彼の夢を危うくするようなことを言ってしまったのも、悔やんでいる。
タガートは、ドリエルダを信じてくれた。
傷つけまいとしてくれたことにも気づいている。
なのに、ドリエルダは彼の立場を理解していなかった。
自分の正しさばかりを押しつけようとしている気がしたのだ。
だが、そのあと、考えを切り替えている。
タガートに話せたのは、悪いことではなかった。
もしかすると、それがあったから、夢の出来事が変わったのかもしれない。
ただし、気になっていることもある。
「私のせいじゃないって、ゲイリーは言ってくれたけど……どう考えたって、私のせいよね。ムーアが辞めちゃうなんて……」
小さく溜め息をついた。
ドリエルダは、自分の部屋のベッドに腰かけている。
2日前に、タガートに会った時のことを思い出していた。
訪ねて行ったら、タガート自身が出てきたのだ。
屋敷の主が出迎えに来るなんて、ほとんど有り得ない。
よほど余裕のない貴族でもない限り、どこの屋敷にも執事がいる。
驚いているドリエルダに、ムーアが辞めたと、タガートは告げたのだ。
『私が当主になったら、新しい執事を雇うつもりだった。それが、少し早まっただけのことさ。いずれにせよ、ムーアは引退の時期が来ていたのだよ』
だから、気にしなくていいと、ドリエルダに言ってくれた。
それでも、まったく気にせずにいられるはずもない。
ムーアが辞めるきっかけは、あの時の「叱責」に違いないのだ。
ジゼルを私室に入れていたのが、ムーアだと知った際には、ドリエルダも少しは腹を立てていた。
なにしろ、そのせいで邪魔ばかりされたし、タガートとジゼルの仲を勘繰ってしまい、落ち込んだり傷ついたりしていたのだから。
さりとて、いざ「辞めた」と聞かされると、なんとも言えない気分になる。
ムーアの妻である、ハーフォークのメイド長のことは嫌いだ。
ムーアにも苦手意識はあった。
だが、長年に渡り、ベルゼンドの屋敷に勤めていて、タガートにとっては大事な勤め人だったはずだ。
それを思うと、ムーアが屋敷を去ったことを、単純には喜べずにいる。
ちょっぴり気が重いくらいだ。
「ゲイリーにばかり、負担をかけてるわよね。私って、なにか彼の役に立ってる? 夏になったら、毛刈りを教えてもらったほうがいいかも」
まだ山羊の乳搾りも満足にできないが、それはともかく。
今回の件が片付いたあと、彼の手伝いができないか考えてみることにした。
足手まといなことしかしていない自分では、タガートに相応しくない気がする。
彼は、この先、立派な領主になるだろうから。
「本当に、ものすごく無知だったわ。魔術師に頼めば、こんなに簡単に連絡がつけられるってことも知らなかったなんて」
タガートから教わっていなければ、今も知らないままだった。
後々、どこかで知ることになったかもしれない。
が、これまでが勉強不足に過ぎたのだ。
そのせいで、タガートとの関係をこじらせたとも言える。
「そういえば……手紙……ゲイリーは、手紙のことを謝ってたけど……」
タガートから手紙について訊かれた。
その訊きかたが、ちょっぴりおかしかったように思える。
『シャートレーの養女になったことを知らせる手紙をくれただろう? その後もきみは手紙をくれていたね?』
ドリエルダは、責める口調にならないよう注意しながら、何度も書いたことを、彼に伝えた。
結果としては、責めていると受け止められたのかもしれない。
タガートは、読まずにいたのを、しきりに謝っていたので。
それも、今さらのことだ。
彼には、そうするだけの理由があったと、思っている。
すべて、行き違いから起きたことだった。
『俺は、己の目と耳を信じる』
不意に、ブラッドの言葉を思い出す。
最初から、そうしていれば、行き違いなど起きなかったかもしれない。
手紙は出したが、届いたかの確認はせずにいた。
忙しいのだろうと思いながら、それも訊かず、会いにも行かなかった。
ジゼルとのことを訊いたのも、タガートとの関係が改善してからだ。
なにひとつ、自分の目と耳で判断していなかったことに、ドリエルダは気づく。
今も、同じではないか、と思った。
「簡単なことだわ。私が確認すればいいのよ」
ベッドから立ち上がり、身軽な服に着替える。
屋敷を出て、自分の馬にまたがった。
周囲には「ちょっと遠乗りに行く」とだけ伝えて出かける。
行き先を言えなかったからだ。
「あの場所は……暗くてよくわからなかったけど、たぶん……」
以前、タガートの私室で、写真を見せてもらった。
その中に「犯人」が映っていたのだ。
だから、ドリエルダはタガートに「犯人はベルゼンドの領民」だと言っている。
写真には、当然のことながら「背景」も映っていた。
夢で見た時より、ちゃんとした小屋だったが、おそらく同じ場所のはずだ。
写真が撮られたのは、かなり前だった。
その後、使われなくなって、朽ちたのだろう。
「彼らは、羊を飼育してる。確か、ハーフォーク領に近い場所だったはず」
タガートと遠乗りをしている際、ベルゼンドの領地について訊いている。
山羊や羊や牛、それぞれに飼育している土地が違うのだ。
牧草の関係などがあるらしい。
山羊は木の根まで食べてしまうので注意が必要だ、とか。
ドリエルダは、当たりをつけたほうに馬を走らせた。
自分の目で、小屋だけでも確認しておこうと思っている。
あれほど荒れ果てていたということは、人の出入りはないはずだ。
仮に、領民と出くわしたとしても、自分1人なら言い逃れられる。
「嘘をつくとボロが出る、だったわね。嘘はつかない……でも、全部を話すこともない。どうせ、私は機転の利かない頭の悪い女だもの」
言いながら、ちょっぴり笑った。
ブラッドの「指南」が、こんなところで役に立つなんて、と思ったのだ。
「写真を見て、来てみたくなったってことにすればいいわ。これは、嘘じゃない」
ただし、夢のことや人攫いのことまでは話す必要はない。
そして、写真と違って朽ちていて驚いた、とでも言って帰ればいいのだ。
決めてしまうと、心が落ち着く。
それらしい場所を、いくつか走り回った。
「あ……たぶん、あれだわ……」
穴の空いた屋根に、歪んだ扉が見える。
夢の中では暗かったが、その光景には見覚えがある。
少し手前で馬を降り、そっと近づいた。
が、ハッとなって、木の影に身を隠す。
(あれは……3人目……斧を持って入ってきた……)
背筋が、ゾッとした。
ほかの2人とは違い、あの男だけは「口実」が通じない気がする。
それに、なんだか辺りを警戒するように見回しているのも嫌な感じだ。
男は少し離れた場所にいて、ドリエルダがいるほうとは違う方向を見ていた。
ドリエルダは身を潜めつつ、小屋に近づく。
(ちらっとだけ……中を確認して……なにもなければ、すぐに逃げる……)
男の動きに注意しながら、そろりそろりと時間をかけて小屋の裏手に回った。
壊れた窓がある。
そうっと中を覗き込み、慌てて体をかがませた。
(……と、どうして……っ……なんで、ジゼルがいるの……っ?!)
よく見えなかったが、ジゼルであるのは間違いない。
もう1度、中を覗き込む。
夢で見た光景と似ていた。
昼間だということと、2人の男がいないのが、夢とは違うけれど。
ジゼルは、後ろで手を縛られているようだ。
床に、へたりこむようにして座っている。
「……酷いわね……体中が痛いわ……」
ジゼルのつぶやきが聞こえてきた。
なにがどうなったのかはともかく、ジゼルは攫われている。
自分が介入したことで、いくつか変わったことはあるにしても、回避できたわけではなかったのだ。
(あの2人はいない……でも、私1人じゃ助けるのは無理だわ)
ドリエルダは、屋敷に帰ることにする。
帰って、父と連絡を取り、騎士を動かしてもらうつもりだった。
「困るんだよな。計画を邪魔されちゃ」
声に、振り向く。
あの男ではなかった。
夢にはいなかったはずの、ローブ姿の人物が立っている。
(ハーフォークの魔術師……タガートへの連絡は、嘘だったんだわ)
気づいたところで、意識がプツリと切れた。
ドリエルダは膝から崩れ落ち、地面に倒れる。




