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真実と事実 3

 ドリエルダは、ひどく取り乱しているようだ。

 私室に入り、2人きりになったとたん、話し出す。

 

「ゲイリー、私は、夢を見るの。ただの夢ではなくて、現実に起きる出来事の夢。あなたに話しておくべきだったけれど、なかなか言えずにいて……私がブラッドを雇おうと思ったのは、その夢のことがあったからよ」

「それが、きっかけだと言うのかい?」

 

 ドリエルダが、大きくうなずいた。

 あまりにも突飛な話で、タガートは戸惑っている。

 夜会でのことは、自分の行動がきっかけだと思っていたからだ。

 夜会の招待状が届く前、タガートはドリエルダに「夜会に来るな」と言った。

 そのため、ブラッドを雇う気になったのだ、と考えていたのだけれども。

 

「そうか……それでは、おかしなことになるな。私が、ジゼルを伴って夜会に行くことを、きみは知らなかったはずだ」

 

 だが、彼女は言っている。

 昨日の、ドリエルダの言葉を思い出した。

 

 『私……あなたが、夜会でジゼルのエスコートをするのが、嫌だったの。邪魔してやろうと思って、ブラッドに誘惑してほしいと頼んだわ』

 

 彼女らしくないことをする姿が可愛らしい。

 昨日は、そんなふうに思っただけで、気づかなかったし、訊きもせずにいた。

 ドリエルダが嫉妬じみたことを口にしたのが嬉しくて、ほかのことを考えられずにいたのだ。

 

「私が見た夢の中で、あなたは、婚約を見直すと、夜会で言っていたわ」

「一緒に、ジゼルもいたのだね?」

「そうよ。だから、私……どうしても夢の出来事を変えようと……」

 

 男性を雇い、タガートからジゼルを引き離そうとしたのだろう。

 その相手として彼女が選んだのが、ブラッドだった。

 話の辻褄は合うが、納得できないこともある。

 

「DD、夢の中では、私がきみに、婚約を見直すと言った。だが、どうも、それが腑に落ちない。しかも、夜会で、そうしたことを口にするなど……」

 

 王族主催の夜会に、大勢の貴族が集まるのは、想像するまでもない。

 そんな場で「婚約の見直し」と言えば、婚約解消を言い放ったも同然だ。

 当然に、シャートレーの名には、大きな傷がつく。

 タガートとて、それに気づかないほど愚かではなかった。

 

「まるで……私が、きみやシャートレーを憎んででもいるかのような振る舞いだ」

 

 ドリエルダに、自分が「そういうことをする男」だと思われていたことに、少なからず傷つく。

 以前は、腹を立ててもいたし、自尊心を捨てることもできずにいた。

 だが、彼女を憎んだことなど、1度もない。

 

「私の取ってきた行動から、そう思われてもしかたがなかったのかもしれないね」

 

 力なく、そうつぶやく。

 お互いに行き違いがあったとわかったのは、最近になってからだ。

 ドリエルダを試そうとしていたこともある。

 そして、実際に、噂話を軽く考え、安易にジゼルを夜会に連れて行った。

 

「そうではないわ。元の夢では、来るなと言われていた夜会に乗り込んで、私が、あなたに詰め寄ったのよ。あなたは、私を試そうと……いいえ、おそらくは、私にやり直す機会を与えようとしていた。それを台無しにされて、我慢の限界を感じたのだと思うわ」

 

 タガートは、そう言われても想像ができずにいる。

 あの時と今とでは、感じかたが変わってしまっているからだ。

 

 もし、ドリエルダが1人で夜会に乗り込んできていたら、どうなっていたか。

 詰め寄られた時、自分はどうしていたか。

 本当に「婚約を見直す」と言っていただろうか。

 言えただろうか。

 

 わからなかった。

 

 今のタガートには、そういう発想がない。

 どういう心境で、その言葉を口にしたのかすら、想像できずにいる。

 自分のことだというのに。

 

「ともかく……私は、そういう夢を見るのよ。だから、夢の出来事を現実にしないために、手を打ってきたの」

 

 婚約の解消という意味で言えば「夢の出来事を現実にしない」ためにドリエルダが行動しても、結果は変わらなかった。

 とはいえ、自分自身が変わったことを、タガートは実感している。

 そのため、ひとまず、自らの混乱は後回しにすることにした。

 

「なにか夢を見たのかい?」

 

 彼女は取り乱した様子で、タガートを訪ねている。

 良い夢ではなかったからに違いない。

 ドリエルダは、日頃、理性的で冷静さを失わない女性なのだ。

 動揺が表に出ているのには、相応の理由がある。

 

「ジゼルが(さら)われる夢よ。もしかすると……こ、殺されるかもしれない」

 

 その言葉を言うにも勇気が必要だったのだろう。

 ドリエルダは、ぎゅっと手を握り締めていた。

 その手を、タガートが取る。

 少しでも落ち着かせたくて、両手でつつみこんだ。

 

「まだ時間はあるのだろう? 夜会の前にブラッドを雇えたように、まだ手を打つことはできる。そうだね?」

 

 彼女が、自分を頼って、ここに来たと、わかっている。

 12歳の時、ドリエルダは彼を頼れなかったが、今は違うと判断してくれた。

 その気持ちに応えたい、と思う。

 

「ジゼルは、いつ攫われた?」

「それは……わからないの。夢を見た、10日から20日後までの間だというのは確かだけれど……具体的に、いつになるのかまでは……」

「10日から20日後か。最短で考えるのがいいだろう。つまり、それでも、まだ10日はあるということだ」

 

 人を攫うとなれば、準備が必要だ。

 とくに貴族の令嬢を攫うのなら、注意深く計画しなければならない。

 

「目的は金か……DD、犯人の顔は見えたかい?」

 

 あらかじめ犯人の顔がわかっていれば、先手を取れる可能性もある。

 探し出せるかどうかはともかく、少なくとも警戒することはできるはずだ。

 ジゼルの周囲に、犯人たちが現れるかもしれないし。

 

「見えたわ。知っている顔だったの」

「知っている? それなら……」

 

 直接、相手に人攫いなど考えないよう警告をするか、もしくは見張りをつけて、動いたところを捕らえるか。

 いずれにせよ、見ず知らずの者を相手にするより、打ち手は多い。

 

「あの……ゲイリー……」

「DD? 相手はわかっているのだろう?」

「ええ、わかっているわ……」

 

 ドリエルダが、タガートから視線を外し、うつむいた。

 彼女は、ジゼルに好感を持ってはいない。

 それでも、助けようとしている。

 朝早くから馬を飛ばし、ここまで来たのが、その証だ。

 なのに、なぜか誰が犯人か言うのを躊躇(ためら)っている。

 

「どうした、DD? 犯人は……」

「あなたの領地の人なの」

 

 タガートは、言葉を失った。

 ドリエルダが、つらそうに顔をしかめている。

 だが、タガートも、動揺を抑えきれずにいた。

 彼女の手を離し、わずかに顔をそむける。

 

「まさか……彼らが、人攫いなどするはずがない……」

「したくてしているのでは……」

「当然だ。彼らは、好き好んで罪を犯すような人間ではない」

「ゲイリー……お願い、私を信じて……」

 

 タガートは、ドリエルダに視線を戻した。

 その瞳を見つめ、首を横に振る。

 

「そうではないよ、DD。私は、きみを信じている……」

 

 信じているからこそ、つらいのだ。

 彼女を正しいとするのなら、彼らは、これから罪を犯すことになる。

 

 10日だか20日後だかに。

 

 だが、それは、タガートにとって認めがたいことでもあった。

 ドリエルダを傷つけたくはない。

 彼女の正しさを受け入れたいと思ってはいる。

 

 けれど。

 

「DD……私は、彼らを疑うことはできない」

「でも、ゲイリー、私は、彼らの顔を見……」

「わかっている。わかっていても、できない」

 

 14歳から、ずっとだ。

 十年がかりで、やっと築き上げた領民との信頼関係。

 それを壊すことはできない。

 

「まだ彼らは“なにも”していないのだよ?」

 

 その彼らに警告を与えるということは、タガートが疑っていると、伝えるようなものだ。

 万が一、彼らの考えに「人攫い」がなかったとすれば、一気に信頼が崩れ去る。

 タガートには、積み上げてきた、この十年を、簡単には捨てられなかった。

 それに、現状、彼らが絶対に行動を起こすとも言い切れない。

 

「私は、きみとの婚約解消を考えていなかったと言っただろう? それと同じで、彼らも、人攫いをする気でいるのかどうか、今の時点ではわからない」

「……ジゼルを見捨てるの?」

 

 タガートは、首を横に振った。

 彼らに警告をするのは無理でも、できるだけのことはするつもりでいる。

 ドリエルダを傷つけたくはなかったからだ。

 

「ハーフォークに行こう。ジゼルに警告する」

「……私の言うことなんて信じてくれないわ」

「私からも説得してみるよ。だから、DD、彼らへの警告は……諦めてほしい」

 

 ドリエルダの瞳に逡巡の色が見える。

 それでも、タガートにも、譲ることのできない正しさが、あった。


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