表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/60

真実と事実 2

 

「これは、どういうことっ? あなたたち、私が誰だか、わかっているの?!」

 

 1人の女性を、2人の男性が捕まえている。

 近くに、もう1人、見張り役と(おぼ)しき男性が立っていた。

 3人とも、民服を着ている。

 女性は、貴族らしいドレス姿だ。

 

 手を、体の後ろで縛られていた。

 両脇を掴まれ、引っ立てられるようにして歩かされている。

 周囲は暗く、よく見えない。

 だが、街でないのは確かだ。

 

 砂や石、枯草の残った地面が見える。

 その先に、ぽつんと家があった。

 手入れはされていないらしく、屋根には、所々、穴が空いている。

 扉も質素な木でできていて、しかも歪んでいた。

 

 その扉を男性の1人が開き、女性を押し込む。

 もう1人も中に入り、扉を閉めた。

 縛られている女性は床に倒れている。

 先に入っていた男性が、蝋燭に火をつけた。

 

 そこで、ようやく、ぼんやりとだが、室内が見えるようになる。

 家というより小屋だ。

 室内は狭く、脚の折れたイスと、雨水に腐り落ちたらしきテーブルしかない。

 床板も反り返っていて、あちこち剥がれかけている。

 

「なあ……どうすんだよ。本気でやるのか?」

「しかたないだろ。ここまでやっちまったんだ。もうやるしかねぇんだよ」

「けど、ばれたら、本当に、ただじゃすまないぞ?」

「そんなことは、俺だって、わかってる」

 

 男性2人が、言い合いをしていた。

 意見が一致しているわけではなさそうだ。

 だが、2人とも、やりたくてやっているのではない、というのは、わかる。

 

「やらなきゃ……どうなるか……」

「そうだな……しかたないんだ……」

「大丈夫だ。奴が金さえ払えば、それで終わる」

「ああ……娘のためなら、奴も金を払うだろう」

 

 どうやら、金目当てで女性を(さら)ったらしい。

 生活に困っているのだろうか。

 身なりは、さほどみすぼらしくはなさそうだ。

 とはいえ、暮らしぶりまではわからない。

 

「お父さまは、お金を払ってくださるわ……だから、殺さないで……」

 

 女性の声が聞こえる。

 その言葉に、男性2人は、狼狽(うろた)えていた。

 また、ひそひそと話し合っている。

 

 人殺しは重罪だ。

 さすがに、そこまでする気はないのだろう。

 なのに、2人は言い争っている。

 1人は嫌がっていて、もう1人も嫌がってはいるが、決意は固そうだった。

 

「きっと払ってくださるから……」

 

 女性が、体をわずかに起こす。

 蝋燭の明かりに、その顔が見えた。

 瞬間、ハッとする。

 

「もう黙ってろ!」

「よせよ、乱暴に扱うな」

 

 苛立たしげに怒鳴る男性と、止めている男性。

 その2人の顔も、蝋燭に照らされた。

 見覚えのある顔だ。

 

(どうして……? なにが起きてるの……?)

 

 その時だった。

 扉が開き、3人目が入ってくる。

 手に、斧を持っていた。

 ぞくりという寒気に襲われる。

 

「やめて……っ……」

 

 女性の悲鳴と、男性たちの怒鳴り声。

 大きな物音も聞こえた。

 反射的に、彼女自身も叫ぶ。

 

(ジゼルッ?!)

 

 がばっと、無意識に体を起こした。

 肩が大きく揺れている。

 呼吸が乱れていた。

 

「ゆ、夢……」

 

 どくどくと脈打つ心臓を両手で押さえる。

 ひと月半ぶりに見た夢だった。

 

「き、昨日……ジゼルに会ったから……それで……こんな夢を見ただけよ……」

 

 けして「いつもの」夢とは違う。

 そう思いたい。

 いつも見てきた夢より鮮明ではなかったし、見えた光景も少なかったのだ。

 

「せ、性格、悪いな、私……いくら、ジゼルが嫌いだからって……」

 

 現実になる夢とは違う、単なる普通の夢だと思おうとする。

 だが、声が震えていた。

 ドリエルダは「現実にならない」夢は、見ないのだ。

 それを、彼女自身も知っている。

 

「……まだ、彼に話せてないのに……いきなりこんな話したって……」

 

 昨日は、ブラッドの話をしたところで終わっていた。

 タガートが、時間があるうちに、街に行ってみようと言い出したからだ。

 会えるかどうかわからなかったが、ドリエルダも承知している。

 早目に礼を言いたかったし、誰に見られているかもわからないので、タガートが一緒のほうがいいと思った。

 

 そして、ちょうどブラッドも街に出てきており、運良く出会えている。

 久しぶりのブラッドは、相変わらずだった。

 というより、いつも以上に、無表情で、そっけなかった気がする。

 

 本当は、お礼を兼ねて、食事でも一緒にするつもりだったのだが、ブラッドは、さっさと帰ってしまった。

 そのあと、タガートと、街で食事をしてから屋敷に帰ってきている。

 忘れていたのではないが、夢の話は、つい後回しにしてしまった。

 

 信じてもらえないか、信じてもらえても薄気味悪がられる。

 

 実母には、それが原因で遠ざけられた。

 タガートを信じていても、あまり話したい内容ではなかったのだ。

 だから「次に会った時」に話すことにした。

 

 その結果が、これだ。

 

 タガートに打ち明ける前に、次の夢を見ている。

 しかも、危険な目に合うのは、見知らぬ誰か、ではない。

 

「とにかく、彼に話さなくちゃ……っ……」

 

 今のタガートなら、きっと信じてくれるはずだ。

 実際には、いつ起きるか不明だが、なにか手が打てるかもしれない。

 ともかく、10日から20日後までの間に起きることだけは確かだと言える。

 まだ手を打つだけの時間はあるのだ。

 

 すでに夜は明けていた。

 ドリエルダはベッドから飛び出し、すぐに着替える。

 朝食も取らず、馬を用意してもらった。

 執事に、タガートに会いに行くことを伝え、屋敷を出る。

 

 ジゼルのことは嫌っているが、見過ごしにはできない。

 

 最後に見えた、あの「斧」は、どう使われたのか。

 考えるだけでも恐ろしくなる。

 室内にいた男性2人は、ジゼルを殺すのを躊躇(ためら)っているようだった。

 けれど、外にいた3人目は違う。

 

 仮にハーフォーク伯爵が、彼らの言っていた「金」を支払ったとしても、ジゼルは、彼らの顔を見ているのだ。

 口封じをされる恐れは、十分にある。

 自分がなにもしなければ、ジゼルは殺される可能性が高い。

 

 ドリエルダは、急ぎ、馬を走らせた。

 夢の出来事を回避することしか考えられずにいる。

 

「今までだって、なんとかやってきたわ。それに、タガートと私は婚約を解消したけど、うまくいってる。きっと、今度も……回避できるわよ」

 

 ドリエルダは、夢の出来事を回避したあとの結果を知らない。

 良いほうに転がるのが、十人に1人程度しかいないとは、知らずにいる。

 自分が動くことで、悪い結果を変えられると信じていた。

 

 ベルゼンドの屋敷に着くや、馬から飛び降りる。

 朝もまだ早いうちだ。

 タガートも出かけてはいないだろう。

 扉を叩き、出てきたムーアに、タガートと会いたい旨を伝える。

 約束はしていなかったが、追い返されはしないはずだ。

 

 玄関ホールで待っている彼女の前に、タガートが姿を現す。

 思っていたよりも、ずっと早く来てくれたことが嬉しかった。

 ドリエルダは、すぐさま彼に駆け寄る。

 

「やあ、おはよう、DD。来てくれて……」

「ゲイリー、話があるの! 今すぐ2人で話せる?」

 

 ドリエルダが血相を変えていると、タガートにもわかったらしい。

 真面目な顔つきになり、うなずいてくれた。

 タガートに手を引かれ、彼の私室に向かう。

 その間、ドリエルダは黙っていた。

 

 細かく話せるよう、できるだけ夢の内容を思い出している。

 だが、ジゼルに対する悪感情が邪魔をしていたのか、曖昧な部分が多かった。

 

(ああ、本当に私ったら……人の命が懸かっているのに……自分が、こんなに性悪だったなんて思わなかった……)

 

 自分を責めながら、タガートとともに、私室に入る。

 ドリエルダは、ソファにも座らず、即座に夢の話を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ