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対話の対価 2

 夜会の日から、6日が経っていた。

 ドリエルダが夢を見たのは、ちょうど20日前になる。

 最悪の事態は回避できた、と言えるだろう。

 

 彼女は夜会で大恥を(さら)しはしなかったし、今のところ、婚約解消についての悪い噂は聞こえてこない。

 悪い流れは悪いほうに、良い流れは良いほうに流れる。

 今回は、後者だ。

 

 恋のなんたるかも知らない14歳での、家同士が決めた政略的な婚約。

 2年という長い婚約期間。

 それらは、ドリエルダとタガートともに、婚約に前向きではなかったことを示唆している。

 

「その2人に、お互い現れた運命の人、だなんて……」

 

 仕組んだ通りに、事が運んだのは喜ばしい。

 とはいえ、貴族たちの身勝手さには、呆れるばかりだ。

 ちょっと前まで、ドリエルダを悪く言っていた人たちまでもが、彼女を好意的に評している。

 

 まるで「奇行」なんてなかったかのごとく、話題にならなくなっていた。

 それよりも「劇的なロマンス」のほうが、重大事らしい。

 周囲は、あっけないほど簡単に手のひらを返している。

 もちろん、シャートレー家にとっては、いいことだ。

 悪評などは、なければないほうがいいのだから。

 

「……ブラッドは、絶対に来るって言ってたけど……それこそ、いつになるのかがわからないんじゃ落ち着かないわ」

 

 夜会の翌日、タガートが訪ねてきたら、なにを話せばいいのかと、ドリエルダは緊張していた。

 ブラッドが教えてくれなかったからだ。

 きっと、ブラッドは、タガートがなにをしに来るのかまで予想がついている。

 けれど、その予想を話してくれていない。

 

 帰り際、ブラッドは「自分が手を貸すのはここまで」と、線引きをしてきた。

 ここまでだって、十分以上に手を貸してもらっている。

 さすがに、引かれた線を乗り越えるのは(はばか)られた。

 正直、頼りたい気持ちはあるのだけれども。

 

「ともかく……彼が来たらって話よね。もう6日目。来ないってことも…」

 

 あるかもしれないと、不安を口にしかけた。

 その言葉が、扉を叩く音に、消えていく。

 いつものソファから、飛びあがるようにして立ち上がった。

 扉に駆け寄り、急いで開く。

 

 廊下に立っていた執事が、ドリエルダの勢いに驚いていた。

 が、シャートレーの屋敷をとりまとめている執事なだけはあり、すぐに気を取り直したようだ。

 落ち着いた仕草で、ドリエルダに告げる。

 

「ベルゼンド侯爵家のタガート様が、いらっしゃいました」

 

 どうするか、とは訊ねてこない。

 その答えを委ねるために、執事はドリエルダの元に来た。

 自らで判断できる場合、執事のみで対処することも多々あるのだ。

 つまり、不要な問いかけはしない。

 

「お会いするわ。ええっと、あの……客室に、お通ししてくれる?」

「かしこまりました」

 

 執事が礼をして、去っていく。

 いったん室内に戻り、ほう…と溜め息をついた。

 これから、タガートに会うのだと思うと、息が苦しくなる。

 不安と緊張に、指先が震えていた。

 

「小ホールのほうが良かった? でも、小っていうほど小さくないのよね。2人で話すには広過ぎるから……やっぱり客室で良かったのよ」

 

 などと、緊張を紛らわせるために、独り言をつぶやく。

 シャートレーの屋敷は、そもそもが広い。

 小ホールも、伯爵家とは比較にならないくらいの大きさなのだ。

 2人で座っても、ぽつんといった雰囲気になるのは、なんとも居心地が悪い。

 

 その点、客室は懇意な人しか招かない、比較的、こじんまりした部屋だった。

 メイドたちも、最初にお茶などを出したあとは、気を利かせて席を外す。

 本当に、よほどのことがない限り、呼ばれなければ声をかけてくることもない。

 きっと婚約解消の話になるので、人がいないほうがお互いに望ましいはずだ。

 

「婚約解消に異論ってことは、有り得ない。文句を言いに? いいえ、彼は、そういう人じゃないもの。それなら、なに? まったくわからないわ……」

 

 婚約解消は、上位貴族である公爵家側から通知されている。

 侯爵家が異論を唱えることは考えられなかった。

 どれほど理不尽な要求でも、上位の貴族には逆らえない。

 貴族の()(よう)を、シャートレーの養女となってから、なんとなく、わかるようになっていた。

 

 大きく深呼吸をして、ドリエルダは部屋を出る。

 タガートの話がなんであれ、聞いてみなければ最終的な解決にはならないのだ。

 ずっと、いじいじ考えこむより、なんらかの結果が得られたほうがいい。

 良い結果が有り得ないとしても。

 

 客室の前で、再び深呼吸する。

 それから、思いきって扉を開いた。

 

(……ゲイリー……)

 

 タガートは、イスに座ってはおらず、立っている。

 扉を開いた瞬間、まるで「待ち焦がれていた」とでもいうように、ふっとこちらに顔を向けたのだ。

 待っていたのはともかく「焦がれていた」との印象は、自分の願望から来るものだろうと、自嘲気味に考え直す。

 

「どうぞ。遠慮せず、おかけになってください」

 

 ドリエルダは、タガートにイスを勧めながら、テーブルのほうに歩み寄った。

 促されても、彼はドリエルダが座るまで腰かける気はないようだ。

 ずっと立たせっ放しにしておくのは気が引けるので、そそくさと座ろうとする。

 そのドリエルダのイスを、タガートが引いてくれた。

 

「ありがとうございます……」

 

 小声で礼を言う。

 彼女がエスコートを頼んだ夜会でも、タガートは、いつも礼儀正しかった。

 そっけない態度と弾まない会話ではあったが、礼を失したこととはない。

 最後の対話となるかもしれない日であれ、彼は変わらないのだろう。

 タガートは、堅物と言われるくらい真面目なのだ。

 

 メイドが入ってきて、お茶とケーキを2人の前に置く。

 それがすむと、すぐに出て行き、扉がパタンと閉められた。

 客室が、ドリエルダとタガートの2人きりになる。

 先に口を開いたのは、タガートだ。

 

「婚約解消の通知を受け取りましたので、その承諾書を、お持ちいたしました」

「……わざわざ……申し訳ありません……」

 

 さらに小声になった。

 ドリエルダは、タガートの顔を見られず、うつむく。

 涙はこぼすまいと、必死に(こら)えていた

 

 お互いの、よそよそしい口調に、胸がずきずきする。

 悪い話にしかならないだろうと、覚悟はしていた。

 それでも、実際に「終わり」を前にすると、悲しくてつらくなる。

 お互いにとって、最善の回避策だったのは、わかっているのだけれど。

 

「それと……今さらだが、きみに謝罪をしたい。私の行いは不当だった」

「え……?」

 

 タガートは、堅苦しい言いかたをやめている。

 顔を上げ、彼の顔を見つめた。

 青色の瞳が、ドリエルダを見つめ返す。

 繋がった視線に、敵意はなかった。

 

「たくさん、きみを傷つけてしまって、申し訳なかった」

「そんな……私の噂を聞けば……誰だって嫌な気分になるわ。ましてや、あなたは婚約者という立場だったのだから、なおさら……」

「だとしても、きみに厳しく当たり過ぎたのは、間違いだったと思っている」

 

 どくどくと、心臓が大きく波打つ。

 タガートが謝罪をしてくるとは思っていなかった。

 表情を見ればわかる。

 上面だけの、言葉でしかない詫びではない。

 

 彼の謝罪は「本物」だ。

 

 ドリエルダは、なにを言えばいいのか、わからなくなった。

 許すと言えばいいのか、言うべきなのか。

 とはいえ、そもそも、彼女は、タガートが悪いと考えたことは、1度もない。

 謝られて困惑しているくらいだ。

 

「もっと早く、きみに、婚約の解消をするよう促していれば、必要以上に、きみを傷つけることにはならなかっただろうな」

「そ、そうね……私、ちっとも……ちっとも、気が回らなくて……」

 

 タガートが婚約を望んでいないと、薄々は気づいていた。

 なのに、繋がりが切れるのを恐れ、(すが)りつき、彼を縛っている。

 やはり、詫びるべきなのは、タガートではなく、自分なのだ。

 

 ドリエルダは、テーブルに手を伸ばすことができずにいる。

 手が震えて、承諾書を落としてしまいそうだった。

 膝に置いた両手を、強く握り締める。

 早く受け取り、終わらせるのが最善だとわかっているのに。


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― 新着の感想 ―
[一言] さて運命の分かれ道…タガートがちゃんと必死になれるか、やり直せるか。 ジゼルが無礼にばーんと入ってこられる侯爵家などと違って二人できちんと話せるチャンスなので、洗いざらい話しきれてしまえばす…
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