想いの欠片を手に 2
「街で、そのようなことが……」
令嬢たちに囲まれ、ドリエルダは「2人の馴れ初め」を話している。
おおまかなところに嘘はない。
ブラッド曰く「嘘をつくと碌なことにはならない」のだそうだ。
小さな綻びをつつかれれば、たちまち作り事だと露見する、とも言われている。
(頭が悪いから機転を利かせるなんてできない、だなんて失礼な人だわ、本当に)
とはいえ、怒ってはいない。
ブラッドの失礼さや無神経さには、最早、慣れた。
良く言えば、彼は率直なのだ。
正直に過ぎ、言葉を飾らなさ過ぎるきらいはあるが、それはともかく。
「食料品店に行くのに、近道を使ったのが間違いだったわ。まさか、街中で強盗に出くわすとは思わなくて」
「私、今後、路地には絶対に入りませんわ」
周囲の令嬢らも、深くうなずいている。
そうした姿を見ていると、不思議な心持ちになった。
彼女たちとは、まともに話したことがない。
ドリエルダの悪評を広めたのは、彼女たちでもある。
(元々は、私の人助けが原因だけど……子息のほうが、よほど執念深いのよね)
彼らは、軽くあしらわれたことに、内心では腹を立てていたのだ。
そして、己の面目を保つため、彼女を悪く言うことに余念がなかった。
行く先々で、尾ひれをつけ、事を大袈裟に語っている。
令嬢たちは、さらに、それを吹聴して回っただけだ。
「そこを、あのかたが助けに入られたのですね」
「そうよ。とても……素敵だったわ。一瞬のことで、よくわからなかったくらい、彼は、簡単に彼らをのしてしまったの」
小さな歓声と、溜め息が広がる。
女性は、ことに、こうした話を好む傾向にあった。
いわゆる「ロマンス」といった類の話だ。
劇的であればあるほど、好奇心に目を輝かせる。
(貴族令嬢って、普段は、これといってすることがないから、退屈しているのよ。噂に飛びつくのも、そのせいね)
婚姻すれば、屋敷を取り仕切る役目ができるが、それまでは決まった役割というものがない。
その上、必ずしも愛のある婚姻ができるとは限らないのだ。
政略的な婚姻のほうが多く、令嬢たち自身も、より良い家に嫁ぐことが正しいと信じている。
彼女たちにも、それぞれの生きかたというものがあるのだろう。
自分には向かない、とは思うけれども。
「その事があったあと、何度か、お会いするようになったわ。私たちは打ち解けて……その……どう言えばいいか……ともかく、とても良い関係になったの」
「彼、すごく素敵ですものね」
それには、ドリエルダも異論なく、うなずいた。
ブラッドが魅力的であることは、彼女も認めるところだ。
「少し冷たそうな表情も、神秘的ですわ」
単なる無表情なだけだと思うが、そこも笑顔でうなずいておく。
ブラッドに好印象を持ってもらえるのは、悪い事ではない。
令嬢たちが、口々にブラッドを褒めている。
それを、ドリエルダは微笑みながら、聞いていた。
(そろそろ頃合いかしら)
延々と、ブラッドを称賛して話を終わらせるつもりはない。
まだ「流れ」の途中なのだ。
「ねえ、みなさま」
ドリエルダが声をかけると、一斉に視線が集まる。
彼女は、少し「寂しげ」な表情を浮かべてみせた。
これができるまでに、何度「駄目だ」と言われたことか。
苦労の成果を、ここで披露するのだと、意気込む。
「私、思うのですけれど……人生は、1度きりでしょう? なのに、運命のかたに出会えることなんて、ほとんどありません」
周囲の空気が、変わっていた。
ドリエルダの言葉の真意が正しく伝わっている証拠だ。
「1度きりの人生……整えられた道があっても、別の道に進みたいと思うことが、あるのじゃないでしょうか? たとえ、整っていない道でも、手を引いてくださるかたがいれば……」
場が、静かになっている。
平たく言えば、ドリエルダは婚約の解消を望んでいる、ということだ。
なぜなら。
(運命の相手に出会ってしまったから! って、この設定を考えたのが、ブラッドだと思うと、笑っちゃうわ)
吹き出しそうになるのを堪えるため、サッと顔をそむける。
それが、一段と、真実味を持たせていた。
偶然ながら、悩める令嬢という雰囲気を、見事に醸し出していたからだ。
「あちらも別のかたを連れておられるのですから、ドリエルダ様だけが責められるいわれはございませんわ」
「そうですとも。人生1度きりの選択を、誰が咎められましょう」
「お互いに、お相手を間違ってしまうこともあるのではないでしょうか」
「それぞれに想い人を心にいだいたままの婚姻だなんて……」
よし!と、ドリエルダは心の中で、大きくうなずく。
ブラッドの策通り、令嬢たちの「同意」を取りつけたのだ。
これで、タガートと婚約を解消しても、ドリエルダを責める者はいなくなる。
なにしろ「正当な理由」があるのだから。
彼女たち自身、そして母親などはドリエルダに味方をするだろう。
父親や兄弟は渋い顔をするだろうが、女性たちに反旗を翻してまでドリエルダの婚約解消を阻止しようとはしない。
そこまでする意味も価値もないからだ。
(ブラッドの策だけれど、私も“うまく”やったわよね? 初めてかも)
夢の出来事を回避するためとはいえ、これまでドリエルダはうまくやろうなどと考えたことがなかった。
とにかく、手っ取り早い方法を取ってきたのだ。
悪評が広まろうとしかたがないと割り切ってはいたものの、こうして味方をしてもらえるのは悪くない気がする。
「でも、お相手のかたはどうなの、ドリー?」
いい気分を邪魔する相手は、いつも同じ。
それは、十歳の頃から変わらない。
ジゼルだ。
「どういうかたかもわからないし、あちらがあなたを運命の相手だと思っているのかもわからないのじゃなくて?」
ドリエルダは、シャートレー公爵家の令嬢。
対して、ジゼルは、ハーフォーク伯爵家の令嬢。
爵位からすれば、ジゼルがドリエルダに対等な口をきくなど許されない。
周囲の令嬢たちは、ジゼルより爵位は上だが、ドリエルダに丁寧に接している。
それが、儀礼的なものであっても、悪評を聞き及んでいても、礼儀は礼儀。
ジゼルは、それを平気で踏み越えてきたのだ。
元姉という立場を盾に。
旗色が悪くなるかもしれない。
不安を感じた時だ。
「いつまで俺を放っておく気だ、DD?」
肩に、ぽんと手が乗せられる。
振り向く間もなく、頬に口づけられた。
「俺の話をしていたようだが」
ジゼルが、体をすくませている。
ドリエルダは前を向いているので、後ろにいるブラッドの顔が見えない。
どんな顔をしているのかと気になったが、状況的に、振り向けなかった。
「どこの誰かわからんのは、お互いさまであろう。俺は、お前のことなど知らん。ほかの、ご令嬢の方々は知っているがな。そちらは、イアンベル家のガブリエラ、こちらは、アディソン家のジュアンヌ……」
ブラッドは次々に、令嬢たちの名を呼んでいく。
呼び捨てにされても、彼女たちは怒りもせず、むしろ、うっとりしていた。
ブラッドの声音が、やけに「色っぽい」からに違いない。
ドリエルダが聞いていても「ヤバい」と感じる。
「だが、お前のことは知らんな」
ジゼルだけ名を呼ばれず、ましてや「知らない」とまで言われていた。
大恥をかき、ジゼルはドレスを握り締め、真っ青な顔でうつむいている。
「ご令嬢の方々、俺のことは、いずれわかる日が来る。俺とDDが結ばれた時の、楽しみとして残しておきたかったのだ。そのほうが、より劇的ではないか?」
ジゼルを除く、その場いた令嬢全員が、顔を赤く染めていた。
ドリエルダは、ものすごく面白くない気分になる。
(笑ったんだわ! にっこりしたのよ! そうに決まってるわ!)
神秘的と評されていたブラッドの笑顔は、どれほどの破壊力があったことか。
令嬢らの顔を見れば、明白だ。
全員、心臓を撃ち抜かれたという顔をしている。
「それでは、これと、そろそろダンスをさせてくれ」
ドリエルダの不機嫌さにはおかまいなしだ。
ブラッドに肩を抱かれ、ドリエルダは、ホールの中央へと移動していった。




