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最悪の果てに 2

 肩から流れ落ちる水色の長い髪。

 薄茶色の大きく澄んだ瞳と白い肌。

 小柄で、ほっそりとはしていても、魅力的な体つき。

 

 彼女は、とても美しい女性に育った。

 

 彼の婚約者、ドリエルダ・シャートレー。

 彼女の生い立ちは複雑だ。

 髪の色だけをとっても、ロズウェルド王国では目立つ。

 そして、差別の対象とも成り得る色だった。

 

 実際、タガートが初めて彼女に会った頃は、家族から差別を受けていたようだ。

 当時、ドリエルダは、5歳。

 ベルゼンド侯爵家の下位貴族である、ハーフォーク伯爵家に住んでいた。

 が、そもそも、ハーフォーク伯爵の子でもない。

 

 彼女の母は平民で、婚姻前に、すでにドリエルダを産んでいる。

 その後、ハーフォーク伯爵の愛妾となったのだが、男の子ができた。

 ハーフォーク伯爵には正妻との間に2人の子がいたものの、いずれも女児。

 そのため、貴重な後継ぎを産んだとして、ドリエルダの母は、愛妾から側室へと格上げされている。

 

 タガートは、幼いドリエルダが、ハーフォークの娘たちより、みすぼらしい服を着ていたのを思い出していた。

 ベルゼンド侯爵家に出入りしていたのも、正妻の娘と後継ぎの息子だけだ。

 

 彼は、たまたまハーフォーク伯爵家主催の夜会に出席する両親に同行していた。

 そのことがなければ、ドリエルダの存在を知らなかったかもしれない。

 当時、12歳のタガートは、夜会が退屈で庭を散歩中。

 その庭で、夜会への出席を許されていなかったドリエルダと出会ったのだ。

 

 夜目にも明るく見える水色の髪。

 

 驚きもしたし、ある種の感動も覚えた。

 が、よく見れば、彼女の身につけているものは、よれよれ。

 いかにもな古着。

 

(だが、あの頃の彼女は、純粋だった。5歳だというのに気高くて強く……)

 

 名や身分、夜会に出席していない理由を訊いた時、ドリエルダは、悲しげな表情ひとつ見せなかった。

 それどころか、笑って答える姿が、今も記憶に残っている。

 

 『私は、ドリエルダ。ハーフォーク伯爵家の、たぶん、三女。でも、伯爵様は、私のお父さまではないのよ? それに、この髪はけがらわしいから、人前に出てはいけないらしいの』

 

 そんなことを、笑顔で言ったのだ。

 意味がわかっていないのかと思ったが、そうではなかった。

 5歳であるにもかかわらず、彼女は、ちゃんと理解していたと、知っている。

 

 けがらわしいという意味も、なぜそう言われるのかも。

 

 ドリエルダの髪の色は、大昔に敵であった国の、それだった。

 たった1度、ロズウェルドが戦争をした国でもある。

 結果はロズウェルドの大勝利、敵国リフルワンスは散り散りになった。

 小国となっても存続はしていたのだが、それも30年ほど前までだ。

 

 友好となるはずのリフルワンスから迎えた正妃を、あろうことかリフルワンスの王族が攫うという事態が起きた。

 そのせいで王族は権威をなくし、民の反乱により、リフルワンスという国自体が消滅している。

 

 亡ぶ過程の中で、当然のことながら、国を捨てて逃げる者も少なくなかった。

 ロズウェルドでは消えゆくリフルワンスを冷ややかに見ていた者が多く、流民の受け入れは、ほとんど成されていない。

 結局のところ、自滅した国であり、同情する余地がなかったのだ。

 もとより敵国でもあったし。

 

 そういう過去の事情から、ロズウェルド内にいる数少ない元リフルワンス出身の者は、差別される傾向にある。

 そのくせ貴族は、男女を問わず、めずらしい髪色をしたリフルワンス出身の者を囲いたがった。

 ただ、それは見栄や虚栄心からのもので、愛情とは無関係なのだ。

 

 ハーフォーク伯爵も、ドリエルダの母が男子を成していなければ、側室にはしていなかったに違いない。

 伯爵の子でないドリエルダが差別されていたのは、ある意味では、しかたのない状況ではある。

 けれど、タガートは、それを肯とはできずにいた。

 

 ドリエルダが5歳の頃から7年間。

 タガートは、口実を作っては、ハーフォーク伯爵家を訪れていた。

 そのたびに、彼女に会う機会を設けさせている。

 ほかの子と差別しないようにとの、伯爵に対しての暗黙の圧力だ。

 

 ハーフォークの領地は、ベルゼンド侯爵領のひとつだった。

 その領地では、実務的なことをハーフォーク伯爵家が行っている。

 が、あくまでも、統治はベルゼンド侯爵家なのだ。

 

 タガートは、幼いながらもベルゼンド侯爵家の次期当主という立場であり、領主となる身でもある。

 年下だからといって侮ったり、ないがしろにしたりできる存在ではない。

 なにしろ、彼のひと言で、ハーフォークは領地をなくすか、民から得た税の割り当て金を減らされるのだから。

 

 その効果があったのか、ドリエルダの身につけるものは良くなっている。

 伯爵の態度も変わり、タガートが指示するまでもなく、晩餐に同席するようにもなっていた。

 年々、成長していくドリエルダを、彼は見守ってきたのだ。

 

 差別されていても、自らを憐れむことなく卑屈にもならず、掛け値なしの笑顔を見せる彼女を、タガートは慈しんでいた。

 あのまま互いが成長していれば、恋愛感情に繋がっていたかもしれない。

 そう思えるほど、ドリエルダが大事だった。

 彼女の笑顔を守るため、無理をして、過度に伯爵を脅しさえしたほどに。

 

(あのまま伯爵家にいれば、これほど変わりはしなかったはずだ)

 

 タガートは、16歳となったドリエルダを想う。

 美しく成長したとはいえ、それは、彼の望む「美しさ」ではない。

 爵位を笠に着て、身勝手極まりない言動ばかりする今のドリエルダにあるのは、外見だけの美しさだけだ。

 

(なぜ12歳の頃の、きみでいてくれなかったのか)

 

 12歳を迎えたある日、ドリエルダは不意に姿を消している。

 その3ヶ月後に、どういう理由からかは不明だが、突如、シャートレー公爵令嬢として姿を現したのだ。

 子のいないシャートレー公爵夫妻が養女にした、ということだけは聞いている。

 経緯などの詳細は知られていない。

 

(爵位……爵位、か。身分が上になったきみは、私をいかようにもできる)

 

 ドリエルダは、公爵家の令嬢。

 しかも、シャートレーだ。

 

 貴族には派閥というものがある。

 現在、十ほどある公爵家で最も大きな派閥はウィリュアートン公爵家だった。

 由緒ある家柄で、ほかとは桁違いに大きい。

 

 次に位置しているのは、アドルーリットとラウズワース。

 それに、並ぶのが、シャートレーなのだ。

 元は、アドルーリットやラウズワースより格下だったが、ガルベリー17世の代から台頭してきた。

 

 当時の当主が、ガルベリー17世の幼馴染みであり、王族護衛騎士隊長。

 加えて、その妻が、ガルベリー17世の正妃の侍女でもあったからだ。

 下位貴族は、上位貴族に従属しているが、派閥を移る家もある。

 もちろん、なまなかなことでは許されはしない。

 上位貴族を黙らせる口実は、ひとつ。

 

 領民の移動。

 

 これに尽きる。

 貴族は、領民の税によって暮らしを賄っていた。

 すなわち、民の領地移動は死活問題なのだ。

 それを理由に「民の望み」を口実にして、アテにはできない上位貴族を見限り、下位貴族は派閥を移る。

 

 その結果、シャートレーは、派閥2位争いをしている2つの家と同格になった。

 ベルゼンドの上位貴族であるブレインバーグ公爵家など、足元にもおよばない。

 ブレインバーグは格付けとしては中間どころではあるが、派閥としての大きさの規模が違い過ぎるのだ。

 

 だから、ドリエルダが、どれほどの奇行の持ち主であっても、誰も諫めない。

 父のバージル・シャートレーと、その妻ニーナニコールが、娘の行動をいっさい咎めないからでもある。

 

 彼らには、子がいなかった。

 養女とはいえ1人娘に甘くなるのはしかたないと、周囲は呆れつつも同情気味。

 髪色を見れば、ドリエルダがリフルワンス出身なのは明白だ。

 シャートレー公爵夫妻は慈悲で引き取ったのだろうが、所詮、性根の悪い敵国の血を引いていたのだ、と言われている。

 

 夫妻の慈悲深さが報われないと、嘆いている者さえいた。

 その分、ドリエルダに対しての風当たりは強い。

 表だっては言わないが、陰では酷く蔑まれている。

 タガートも、頻繁に、ドリエルダへの誹謗中傷を耳にしていた。

 

 が、彼女の夜会欠席を望んでいるのは、彼自身の体裁のためではない。

 貴族相手であればどうにでもなるが、王族相手では「奇行」ではすまないのだ。

 不敬罪に問われ、投獄される可能性もあった。

 彼は、それを恐れている。


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