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乙女ゲー主人公のような妹の兄

作者: タクミ

 展開は乙女ゲーのような感じですが、特に誰かが前世の記憶とかを持っているわけではないです。

「父上、お身体大丈夫ですか?」


 次期領主として今年の芋の収穫高を確認していた所、芋の収穫をしていた父上が倒れたという知らせが届いた。慌てて執務を中断し父上の寝室へと駆け込んだ。

 部屋の中には我がモイ男爵領にある村の村長が心配そうに父上を介抱していた。


「お祖父様・・・、いやターロ、父上の様子は?」

「クレイ様、サツマ様のお身体は問題無いかと思います。どちらかと言えば心の方が心配です」

「あぁ、いつものか・・・」


 そう呟いてしまうくらい父上は心が弱い。そもそもが貴族ですら無く平民の村長であるターロの息子だった父上は男爵家令嬢だった母アンデスに見初められ貴族として迎え入れられたそうだ。最下級の貴族とは言え、領を導くというプレッシャーに押しつぶされながら心身をすり潰すように働いているのだ。本人は我が領の特産の芋を作っていることが何よりの幸せに感じる穏やかな性格の持ち主なのである。


「サツマ様は王都より届けられた手紙をお読みになった途端お倒れになられましたので、おそらくはその手紙が原因かと。──もちろん私は中身を見ておりません」


 手紙を受け取り、父上の無事も確認したためターロには礼を言って帰ってもらい問題の手紙を読み始めた。差出人を見るとどうやら今年の春から王都の貴族学院に通っている妹のインカだった。あの妹が片田舎の我が領に手紙を出すなど、王都で何か大きな異変が起こったかもしくは()()()()()───いずれにせよ頭が痛い内容だろう。意を決して内容を検めた。


『大好きなお父さん、お母さん、お兄ちゃんへ


 こんな風に手紙を出すのって家族だけどキンチョーするね。みんな元気?私はもちろん元気だよ!やっぱり王都って凄いよね。領には民家と畑しか無いんだもん。王都はねー、人も多いし、お店もたくさんあるし、お城もすごいキレーなんだよ。最近は王都で流行ってるアイスクリームのお店に行って色んな味のアイスクリームを食べるのが好きなんだ。あ、ちゃんと勉強してるから心配しなくていいからね。そう言えばお兄ちゃん、もう少しで結婚だよね。婚約者のローズちゃん今年卒業だから会えるの楽しみなんじゃない?最近は全然お話ししてないから分からないけど、ちゃんと結婚式にお祝いするね。

 あ、そうだ。最近フィリップと仲良くしてるんだ。この前なんてキレーなドレスをプレゼントしてくれたんだよ。それを着てお城の中も案内してくれたし、凄い優しいよね。私が家族に余り会えないって話したら手紙を送ってあげなよって言って準備してくれたんだ。

 学院は面白いんだけど、女の子の友達ができてないんだ。最初は仲が良かった子も最近は避けられてる気がするし。みんなキレーだから、私みたいな田舎娘は場違いなのかも。少し寂しい。でも気にしなくていいよ、フィリップやロイ、アレクやディーがいつも声をかけてくれるから。

 それじゃあ、夏期休暇はフィリップ達が遊びに連れて行ってくれる予定だから帰れないけどまたお手紙書くから気にしないでね。バイバーイ。


インカ』


────なんだ、これは。改めて言おう。なんだこれは!


 妹は手紙の書き方すら満足にできないのか・・・。いや、そもそもそこでは無い。前半の部分はまあいい。フィリップって誰だ。確かインカと同じ年に入学されたフィリップ皇太子ではないよな。たまたま同じ名前のフィリップ君だろう。フィリップ君はおそらくお金持ちで王城とは別のお城に招待したに違いない。それ以外も現在学院に通っている公爵家嫡男で多種多様な魔法を操る天才と名高いロイ・アストレア様や父親が騎士団長を務め自身も次期剣聖と呼び声高い侯爵家嫡男アレク・バートン様、我がバーナード王国に比類し科学という力で大国となったオースティン帝国の皇族でありながら自身も科学者として名高いディーン・エル・オースティン様ではないだろう。たまたま有名人と同じ名前の弱者貴族のご令息達だろう。うん、そうに違いない。

 そもそもフィリップ皇太子も他の方々も婚約者がいたはずだ。いくら貴族の礼儀に疎い妹が仮にフィリップ皇太子達に近付いても、殿下達の方が婚約者を蔑ろにするような真似はしないだろう。

 あ、そう考えれば少し落ち着いてきた。要はお金持ちのフィリップ君と仲良くしているという事かな。少し男の子達を侍らせて女子達の顰蹙を買ってると言ったとこだろう。うん、そうだ。よし、この件はこれで終わり。よし、続きの政務を始めるか。


 私が手紙を片付けるともう一通手紙があることに気付いた。こちらも封が開いており、おそらく父上も既に読んだのだろう。差出人は我が国の重鎮にして貴族派閥筆頭のウォリス侯爵家のキース様だ。ウォリス家は我が領の寄親の更に上の寄親であり、普通であればお目にかかることすらない天上人だ。もちろん直接お話しをしたことはなく、式典などで遠くから拝見したことがあるくらいだ。その侯爵家のキース様からの手紙に思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


『モイ男爵殿


 突然の手紙失礼する。早速本題だが、私の娘であるエリザベスの婚約者であるフィリップ皇太子に下劣な目的で近付く不届き者がいると噂に聞いた。王家と我が侯爵家の婚姻は我が派閥の勢力を更に強める一助となる。もちろん貴殿も我が派閥の一員として祝福しているはずだ。それを脅かす害虫は早急に駆除しなければならない。貴殿もそう思うだろう。

 私も王国民の一人だ。身内の者が不幸に見舞われることは歓迎しない。確か貴殿の娘は病弱だったと聞いた。領内で三年ほど休養をとれば良くなると信じている。くれぐれも余計なことをしないことだ。


キース・ウォリス』


 スッと血の気が引いた気がした。父上はおそらくこの手紙を読んで倒れたのだろう。私も寝込んでしまいたい。やはり妹の手紙にあったフィリップ君はフィリップ皇太子だったようだ。あの(馬鹿)はとんでもない地雷を踏み抜いていたらしい。しかもフィリップ皇太子だけではない。おそらく他の方達も同時に。一体学院で何が起こっているのか知りたい。いや昨年既に卒業した私だが、もしその場にいたら周囲の圧力で倒れていたかもしれない。



 数日後、何とか起き上がれるまでに回復した父上と話し合い直ぐに馬鹿を連れ戻すように準備を始めた。母上は気の弱い父上とは違い馬鹿の玉の輿に歓喜していたが、母上は全く状況を理解していない。ウォリス侯爵家やその傘下の家に囲まれたど田舎の我が領に圧力をかけられれば間違いなく潰される。直接的に危害を加えなくても我が領に入る街道への税を重くして道を塞げば芋以外の特産の無いモイ領は立ちゆかなくなる。仮にインカが殿下の寵愛を受けたとしても良くて側室、普通に考えれば妾だ。王妃となられるエリザベス様の鶴の一声で潰される。貴族と平民に区別があるように、貴族の中でも階級差の婚約は互いに不幸しか生まないのだ。

 母上には知られないように馬を手配し、私は王都へ馬を走らせた。余計な出費が発生したため、街には最低限の食事の時だけ寄り、夜は野宿をすることで一週間ほどで王都に着いた。

 一般的な貴族は領地がある場合、王都にも家を持つのが普通だがモイ領は貧乏なため持っていない。王都に来る際に良く利用する貴族最低レベルの宿をとり、学院の受付でインカに会うために申請を出した。申請をしたときに私がモイ男爵家の者だと分かると、受付の方も用件を理解したのだろう。くたびれた顔に安堵したような表情はやけに記憶に残った。どうやら学院にも大きく負担をかけているらしい。応接室に通された後、謝罪の意味も含めて礼を言っておいた。


「お兄ちゃーん、久しぶりー」


 しばらくすると馬鹿はノックもせずに入って私に抱きついてきた。一体学院で何を学んでいるのだろう。社交儀礼の授業もちゃんとあったはずだが。父上が倒れ、私もこんなに苦労しているのにインカの脳天気差に寂寥感が込み上げた。


「───久しぶりだな、インカ。あと、離れなさい。お前ももう15だ。いくら家族とは言え異性の体に不用意に触るべきではない」

「えー、せっかく久しぶりに会えたのに冷たいよ。いいじゃん、私達家族しかいないんだし」

「はぁ、まあいい。早速本題だが、しばらく学院は欠席し領に戻ってもらう。これは父上も了承しており決定事項だ」

「───えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ。突然、何?お兄ちゃん。どういうこと?意味分からないよ。なんでインカが学院を休まないといけないの?」


 抱きついて顔を埋めていた妹は顔をガバッと勢い良く上げ私に捲し立てた。


「お前が殿───いや、理由は言えない。手続きは済ませてある。早く荷物を纏めるんだ」


 もしインカがフィリップ皇太子に泣きつかれれば厄介なことになるのは目に見えている。誰とも会わず直ぐに王都を離れるのが最善だ。


()だ。せっかくみんなと仲良くできたのに離れたくない。なんでそんなこと言うの?お兄ちゃんなんて大っ嫌い!!!」


 何とか説得を続けるも妹は嫌だ嫌だと動こうとしない。仕方なく先生に事情を話し妹の寮まで案内して貰おうかと考えていると不意に応接室の扉が開いた。


「インカ、君の兄上が来ていると聞いたがせっかくだ。挨拶をしようと思ってな」


 金髪碧眼の好青年が部屋へと入ってくる。一度お顔を遠くから拝見したことがある。間違いない。フィリップ皇太子だ。慌てて臣下の礼をとり、声をかけられるのを待った。しかし、声はなかなかかけてこなかった。それはそうだろう。私の隣でインカが縋り付いて泣いているのだ。臣下の礼をとったまま口を開く事も出来ず動向を伺った。


「インカ、どうした?なぜ泣いている?」

「お兄ちゃんが私を領に連れ戻すって。いきなり言われて。みんなに、フィリップにもお別れができないって思ったら悲しくて」


 私は父上由来の胆力の弱さに鞭打ち、視線は合わせていないが今にも睨み殺しそうな気配を感じさせる殿下のお言葉を待った。


「インカの兄上であるクレイ・・・だったな」

「はっ、モイ男爵家が嫡男クレイ・モイであります」

「インカを領に連れ戻すと聞いたがどういうことだ」

「───じっ、実は父上が倒れまして領政に支障が出ましたの恥ずかしながらでインカにも手を借りようと思い、その・・・」

「えっ、お父さんまた倒れたの?」

「あっ、ああ。心労が溜まってな」

「ほう、それは一大事じゃないか」

「はい、ですのでインカにも領の手伝いをと思いまして」

「そうか、しかしインカも貴族の一員として学院で学んで貰いたいと思っている。───そうだ、私から父上に頼んで執政官を派遣してやろう」

「そ、それは、その王都の優秀な執政官殿を我が領などに派遣していただくなど勿体ないことかと」

「いや、気にするな。インカには私も期待しているからな───ところでインカ、父上はそんなに頻繁に倒れるのか?」


 殿下に期待されているの言われ、恥ずかしそうに顔に手を当てながらクネクネしている妹は殿下の質問にノータイムで答えた。


「うーん、そうだよ。お父さん、プレッシャーに弱いからあんまり領のお仕事できないんだ。だからお兄ちゃんが領のお仕事してて、お父さんは芋を掘ったり植えたりしてるよ」


 (馬鹿)の発言に殿下からの視線が一層鋭さを増した気がする。


「ほう、そうか。確かに執政官に芋掘りは不釣り合いだな。クレイ、お前の言う通りだ。クレイはインカが領に戻ったら父親の代わりに芋掘りをさせるつもりなのかな?」

「いや、その・・・少しずつ領政のことを学んで貰おうかと」

「ふむ、だがそれは学院でも出来ることだ。政治学の授業もあるしな」

「そ、そうですね。失念しておりました」

「良かったな、インカ。領に戻る必要はないそうだ」

「えー、そうなの?もう!お兄ちゃん、変なこと言わないでよね。あー、泣いたらお腹空いちゃった。ねぇフィリップ、後でアイスクリーム食べに行こうよ。あ、もちろんお兄ちゃんも一緒にね」

「はははっ、インカらしいな。よし、分かった。───インカ、泣いたせいか少し顔が赤いぞ。顔を洗ってくるといい。私はクレイと少し話がある」


 殿下は私にしか見えないように分かっているなと言わんばかりの表情で睨んできた。思わず頭を何度も上下させる。


「ひっ、───あっ、ああ、インカ、少し顔を洗ってきなさい」

「もう、フィリップもお兄ちゃんもいじわる。じゃあ少し待っててね」


 インカは嬉しそうに部屋を出て行った。インカとは裏腹に私は死刑判決が下されるのを待つ囚人のように殿下のお言葉を待つ。

私は心の中で中途半端に母上の胆力を受け継いでしまった我が身を呪った。父上のようにすぐに意識を手放してしまいたい。


「クレイ、誰の差し金だ?」


 底冷えする声に肝を冷やし、頭にキース・ウォリス侯爵の頭がよぎる。しかし、もちろんこれは言うわけにはいかない。


「わ、私と父─」


 私の解答は殿下のお言葉に遮られ、最後まで言うことは無かった。


「ああ、良い。私も馬鹿ではない。お前達親子が考えてインカを連れ戻しに来たと考えていない。───で、誰だ?」


 嫌な汗がつーっと流れる。喉がカラカラになり、思わず唾を飲み込んだ。


「───そ、その・・・、えっと・・・」


 言うべきか、言わないべきか、頭の中で両者がせめぎ合って悪戯に時間が過ぎていく。一時間も経ってはいないだろうが、もはや時間の感覚も曖昧になり、何秒か、何分か静寂な時を過ごした後勢い良く応接室の扉が開いた。


「フィリップ、顔洗ってきたよー!アイスクリーム食べに行こっ」


 この時だけは妹に感謝した。いや、そもそも妹のせいでこんな災難に遭っているのだが、それでも助かった。思わず喜びの表情を浮かべてしまうと、殿下がそっと耳元で囁いた。


「助かったようだな。まあ良い。大方、ウォリス侯爵家だとは予想がついている。私もインカを悲しませたくない。今回は大目に見るが次は無いぞ」


 股間がヒュッと縮み上がった。手足を見ると小刻みに震えてる。


「インカ、それじゃあアイスクリームを食べに行こう」

「うん、今日はどのアイスクリームにする?──あ、お兄ちゃんも早く」

「───あ、悪い、お兄ちゃん、ちょっと疲れてるから宿に戻って少し休むよ。殿下と楽しんで来なさい」

「えー、折角案内してあげようと思ったのにー!!」


 すまないと謝りつつ、二人が出て行くのを見送った。扉が閉まるのと同時に椅子に崩れ落ち、私は意識を失った。


◇◆◇◆


 翌日、どう言い訳をすれば良いか考えながら宿で寝込んでいると宿屋の主人から手紙を渡された。差出人はウォリス侯爵家だった。どうして都会の人は行動が早いのだろうか。もう少しゆっくりと生きていくことも大切だと思う。

 私が現実逃避をしつつ、手紙を開くと一言『来い』とだけ書いてあった。もう無理だよ、父上。僕には荷が重すぎます。行かないと駄目かな?駄目だよね。うん、そうだね・・・。


 王都にあるウォリス侯爵家の敷地は領のジャガイモ畑並みに広かった。収穫量を計算しながら門番に手紙を差し出し館に案内して貰う。平民とまでは言わないがさして変わらない田舎の男爵家の服装は下手をするとここで働く使用人よりも粗雑な物を着ているかもしれない。いや、間違いなく劣っているな。

 案内された部屋の調度品や椅子を汚さないよう極力接地面を少なくし浅く腰掛けた。一時間か二時間ほど待っただろうか。もちろん出していただいたお茶には一切触れない。微動だにせず待っていると扉が開いた。すかさず直立すると直ぐに腰を九十度曲げ謝罪する。


「申し訳ありませんでしたっ!!!」


 私の先制攻撃に視界の端で侯爵様と思われる足が一瞬立ち止まる。しかし、直ぐに上座の席に進み着席した。どうやら侯爵様とは別にもう一人いるようだ。もちろんその間も向きだけ侯爵様の方に合わせ頭を下げ続ける。


「それはもう良い、頭を上げて座れ」

「はっ、失礼致します」


 頭をあげるとよく知っている顔があった。モイ男爵家の寄親であるジャーキー伯爵様だ。そしてその隣で私の前に座るのがキース・ウォリス侯爵様だ。


「モイ男爵はどうした?」

「はっ、父上は体調不良により寝込んでおります。過分ながら私が代理として参った次第です」

「元々モイ男爵家は女性が強い家計ですから、元平民のモイ男爵には今回の件、荷が重かったのかもしれません」

「恥ずかしながら」


 モイ男爵家のことをよく知る伯爵様が説明をしてくれた。


「そうか、モイ男爵は元々平民か?よく結婚できたな」

「はい、当時も多少問題にはなったのですが、片田舎の男爵家で政略結婚などもする必要がなく、見目が優れたモイ男爵を気に入った当時のモイ男爵令嬢が結婚しなければ駆け落ちをすると言って前モイ男爵を無理矢理納得させたのです。モイ男爵には当時許嫁も居たそうですが無理矢理別れさせ、結婚を迫ったとか。政略結婚が常の貴族とは言え、あそこまで新郎と新婦の表情の差に私事ながら不憫に思えましたよ。まして貴族の教育も受けていない平民を男爵家とは言え、貴族に加えるのですから貴族教育も厳しくやられたそうで何度となくモイ男爵とモイ男爵婦人との仲を取りもったものです」

「そ、そうか。その、なんか凄いな」


 侯爵様もちょっと引いてるよ。父上と母上のエピソードなんて聞きたくなかった。


「そうなると、その母親の図太さと父親の見目を兼ね備えたモイ男爵令嬢は相当厄介な存在と言うことだな」


 目の前にいる人の親に向かって図太いって、まあそうなんだけど。何かを考える様子の侯爵様は視線を一度きると、再びギロリと私を睨んだ。


「愚妹が申し訳ないありません」

「学院でのことは聞いている。お前が連れ戻しに来た時に殿下が立ち会ってしまったそうだな」

「はい、その通りです」

「チッ、間の悪いっ!!」


 ドンッと机に手を叩きつけ愚痴を零す。


「それで殿下からはなんと」

「その・・・、次は無いと」


 侯爵様はこめかみを押さえ顔を見上げた。


「───これ以上モイ男爵家から手を出させるのは悪手になるか」

「───確実に殿下はウォリス侯爵家が口を出してきたと睨んでいるだろう」

「───くそっ、エリーの足を引っ張ってしまったか」


 侯爵様はブツブツと一人言を呟いて唸っている。エリーとは恐らく娘のエリザベス様の事だろうか。

 しばらくすると考えが纏まったのか私に向けて語りかけた。


「話は分かった。恐らく()()()()()()にはこれ以上何も頼むことはないだろう」

「モイ男爵と私は、ですか」

「ああ、そうだ。だが、これ以上殿下とエリザベスの婚約に水を挿すようなことになればお前の妹には()()()()会えないようにするしかあるまい」


 物理的に、その意味を正しく理解しスッと肝が冷えた。あんな妹でも私の妹だ。何とかして殿下と距離を離さなければいけない。そう堅く誓った。


「分かりました。そのお言葉、しっかりと胸に刻み、殿下とエリザベス様の幸せを応援したいと思います」

「うむ、分かった。期待しているぞ」

「はっ!!!」


 よしっ、終わったーーーー!!!なんとか乗り越えた。今日は少し高いお酒を飲もう。

 顔を下げながら今日の祝杯を考えていると寄親のジャーキー伯爵から声をかけられた。


「それでついでなんだが、お前の婚約者であるマリーン子爵家から婚約について一旦白紙に戻したいという連絡が来ている」

「えっ!?どういうことですか?」


 余りの出来事に思わず素で返答してしまった。


「どういうも何も今回の一件、モイ男爵家は非常に危うい立場にある。いくら次期モイ男爵夫人とはいえ、お取り潰しになっては意味が無かろう。しかもマリーン子爵令嬢もモイ男爵令嬢の言動に腹に据えかねていると聞く。お前と結婚すれば()()が義妹となるのだ。どんな飛び火がするか分かったものではないのはお前も想像がつくだろう」


 お取り潰し──、飛び火──、そうか、そうだよな。うっ、またお腹が痛くなってきた。


「はい、分かりました。出来れば再度検討していただけるように頑張りますので、よろしくお願いいたします」

「うむ、私もお前が不幸になるのは忍びない。今回の件をしっかりと収めるように努めよ」

「ありがとうございます・・・」


 侯爵様と伯爵様の話は終わり、私は宿でヤケ酒をした。


◇◆◇◆


 王都で出来ることも無くなり、領へと戻ると病み上がりの父上に報告し、父上は再び床へ、私は領主の仕事に戻った。


 時折来るインカからの手紙には私の元婚約者ローズとの婚約破棄について憤慨したインカがローズに詰め寄り、最終的に殴り合いの喧嘩に発展しただの、フィリップ皇太子が仲裁しローズが泣きながら謝罪しただの、エリザベス様とその取り巻きに嫌がらせを受けるようになったがフィリップ皇太子や御令息様方が守ってくれて気にしなくていいだとか、王城での夜会で一つしか無いドレスを破られたけどフィリップ皇太子が新しいドレスを用意してくれて婚約者のエリザベス様をさしおいて一番初めにフィリップ皇太子と踊ったとか、王都で覆面の男達に命を狙われそうになったが、間一髪のところでフィリップ皇太子が守ってくれたとか、なんかいろいろあったそうだ。


 ふう、────あの馬鹿は何やってるんだーーーー!!!!

 あいつは馬鹿なのか、ああ馬鹿だった。馬鹿は死ななければ治らないって言うしな。


 ローズが婚約破棄したのお前のせいだからな!お前が余計なことしてるから見切りをつけられたんだろうが。しかもフィリップ皇太子が出てきたら悪くなくても謝るしかないじゃん。誰がマリーン子爵家に謝罪しに行ったと思ってるんだよ。俺だよ。元婚約者がノコノコと謝りに行きましたよ。マリーン子爵様から使用人に至るまでまるで仇敵を見るような目で睨んできたからね。

 嫌がらせをされたって当たり前だろ。自分の婚約者に異性が近付いたらそりゃ怒るよ。なんで察してあげないの?ああ、そっか母上の血をひいてるもんね。そりゃ、無理か。あの人も唯我独尊だからね。

 しかも侯爵様完全に切れてるよね、これ。だって覆面の男達って多分暗殺者だもん。殺しにきてるよ。もう僕は君といる世界が違うんじゃないかと感じたよ。最近、モイ男爵領に入る商人も少なくなってきてほぼ時給自足してるって知ってるのかな?

 何度も帰ってこいと送っても殿下や御令息様方と遊びに行くからと帰ってこず、一度だけ戻ってきたときは一緒に殿下達を連れて来やがった。殿下を見た父上は倒れ、母上は見目麗しい殿下達に興奮して舞い上がり貴族の礼儀とは何処に行ったのかフレンドリーに接する始末。このよう母にしてこの娘ありと妙に納得したものだ。



 最後に卒業式の招待状が届いていた。最初の手紙が来てから二年半が経ち、ついにインカも卒業するときが来たようだ。インカには言っていないが卒業と同時にモイ男爵家を追放しようと思っている。もちろん父上は説得済みだ。インカは学院に通う三年間で敵を作りすぎた。高々、田舎領主の男爵家では庇いきる事はできない。もし仮に万が一、フィリップ皇太子の寵愛をうけたしても後ろ盾にはなれない。どこかの貴族の養子に入ってもらったほうがいいだろう。


 最後の務めと決心し王都へと向かう。

 卒業式は恙無く進み、その夜に祝典のパーティーが開かれた。

今年はフィリップ王太子も卒業するとあって、国王陛下も参加され主席する貴族達は一段と気合いを入れている。

 卒業生達がパーティー用の服装へと着替える間、他の貴族達は情報交換をしながら歓談をしている。爵位の低い者から積極的に挨拶をしに行くのだが、そうでなくても私に話しかける者はいない。私がモイ男爵家だと知っているのだろう。ウォリス侯爵様に挨拶をしようとしたら目だけで殺しそうな視線で威嚇され近づくことはできなかった。ボッチを感じながら一人、端で普段食べることができない豪華な料理をつついていた。


 しばらくすると本日の主役である卒業生達が入場してきた。皆周囲に輝かしい笑顔を振り撒き、自分の明るい未来を想像しているのだろう。あれ、俺も四年前はあそこに居たんだよな。未だに婚約者もおらず、芋と執務と妹に振り回される自身の姿を振り返り自然と涙が流れた。妹も楽しいそうに入場してきた。妹に送っている仕送りであんな豪華なドレスが買えるのだろうか?普通は爵位によって着るドレスのレベルもある程度決まっていると聞いている。なのに爵位毎に入場する男爵家令息、令嬢の中で明らかに妹は浮いていた。もう嫌な予感しかしない。

 卒業生の最後にフィリップ皇太子とエリザベス様が入場された。お二人が並んでいる姿にホッと安心する。国王陛下が開会の挨拶をされ、卒業生達のダンスが始まる前にそれは起こった。


「もう君にはうんざりだ。エリザベス!」


 オーストラリアの演奏や貴族達の歓談で賑わう会場内でその良く通る声は会場中に響き渡った。

 その声の主を容易に想像でき、またその声の主が発した言葉の中に聞き覚えのある人物の名があがり、先程まで腹に取り込んでいた胃の内容物が込み上げる感触を覚えた。


「な、何を仰っているのでしょうか。フィリップ様」

「君がこれまでインカにしてきた仕打ちを忘れたとは言わせない」


 もはや先程まで流れていたオーストラリアの演奏は止まり、貴族達目の前で繰り広げられている光景に耳目を傾ける。

 身内の名前が発せられ、目眩を覚え咄嗟にテーブルに手をついた。もう恐ろしくて侯爵様に目を向けられない。


「数々の嫌がらせに加え、インカを亡き者にしようするなど国母、いや貴族としても相応しいとは思えない」

「なっ!?知りません。私はそのようなことなどするはずがないではないですか!!」


 視界の端でフィリップ皇太子に守られるように後ろに立つ我が妹とそれと対峙するような形で立つエリザベス様が見えた。


「第一、私の婚約者に不用意に近付くその方に一言申し上げて何が悪いのですか」

「ご、ごめんなさい。ただフィリップと仲良くなりたかっただけなのに」


 妹よ、そういう所だぞ。その態度が敵を生むんだぞ。


「っ~~~~~~!貴方っ、いつまでそこに居るのですか!」

「エリザベス、インカに大声で威嚇するな。怯えているではないか」


 いつの間にか集まってきた高位貴族の御令息達がエリザベス様を取り囲むように集まっていた。これではどちらが威圧しているか分からない。上位者達に敵意を向けられエリザベス様は怯えてしまっている。侯爵様の方を恐る恐る伺うと鬼のように顔を紅潮させプルプルと震えていた。


「今日この時をもってフィリップ・フォン・バーナードの名の下にエリザベス・ウォリスとの婚約を破棄し、インカ・モイとの婚約を宣言する!!」


 フィリップ皇太子の宣誓に、これから更に降りかかる災難を想像しせめてこの一時でも逃げられることを願い私は意識を手放した。

 エリザベスは悪役令嬢と言うほどインカに嫌がらせをしていません。どちらかと言うと取り巻きや父親が暴走した感じです。

 この後、更にフィリップに断罪された挙げ句なんの因果がクレイと婚約すると言うのをなんとなくイメージしました。

 クレイの苦難はまだまだ続く・・・

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