新入者X
「親父。俺……勇者になる!」
普通ならかっこいい主人公の決意のシーンなんだろうけど。この動揺をごまかす手立てが思いつかなくって。
つい、叫んでしまった。
俺のそんな言葉を聞いて親父は少しうつむいて考え込んでいる。
こんな始まり方はちょっとアレだけど……まあ、仕方ないよな!
「かずは……君には無理だ」
「え……っ」
信じてくれないのかよ親父っ!?
これじゃ始まらな──
「君は魔王様の仲間なんだよ……?」
え……何言っ──あ、あああああっ!?
そっか! そうじゃん!
サイキまるが『設定』してたん……。
……ちょっと待って。サイキまるどこ行った?
俺は小さな部屋を見渡してみるけど、サイキまるらしき姿はない。
気になってステータス画面をもう一度開く。
(えーと、『パーティーメンバー』っと)
かずは ♂ これは俺だな。
サイキまる ♀ これがサイキまるだな。
ヒカル X ……いや、誰だよ!?
ちょっと待てぇ!? バグ発生してないこれ!? Xって何!?
一度冷静になるため、ステータス画面を閉じ。深呼吸しながら落ち着きのある部屋を見渡す。そして、俺は重要なことに気づく。
この場にいるのってちょうど3人だよな……。
俺。親父。妹……まさか。
ヒカルが親父だと考えると。
さっきまで俺を見て動揺していた、銀髪のかわいい女の子の方を向く。
あの子がサイキまる……?
いやいや、そんなわけ……ないよな?
俺は意を決して。妹であるはずがない名前を呼んでみる。
「サイキまる?」
「ん……っ? どうしたのお兄ちゃん?」
女の子……改め、サイキまるは。
きょとんとしながら俺を見つめている。
嘘ぉ……擬人化かぁ……。
俺が求めてたのはそういうのじゃないんだけどな……。
少し落胆しつつも。
この子がサイキまるなのだとしたら……。
思ってたのとは違うけど……一緒に遊べるならいいか。
「うーん、少し心配だけど……かずはと一緒に買い物に行ってきてくれるかい?」
おそらく、こっちの俺はこんな感じじゃなかったんだろうな。
『うーん』のところから話し終わるまでに『?』マークが10個ほどついているんじゃないかってくらい不思議に思われてしまった。
「いつものだよね! 分かった! 行こうお兄ちゃん♪」
「あ、ああ……そうだな」
でも、何かサイキまるらしくないような……。
~さいきまるがパーティメンバーに加わりました!~
え? 今なんて?
俺は謎のシステムアナウンスが気にかかり、ステータス画面を開く。
かずは ♂
サイキまる ♀
ヒカル X
さいきまる ♀
え、『さいきまる』……。
サイキまるじゃないのかよ!
そんな同名のキャラがいたことに驚きつつ。
俺はさいきまる……『まる』だな。
妹のまると一緒に部屋を出た。
部屋を出ると、そこは廊下。
床は木でできていて、奥には階段がある。
今、親父があくびをしながら上がっていった。
それにしてもサイキまるはどこに──
『ワンワン!』
「あー、サイキまるぅ! サイキまるもいっしょにいく?」
『ワン!』
こ、この声は……サイキまるぅうう!!
──って、あれ?
いつものサイキまるの姿じゃない……当たり前か。
アバターだよな。元の姿で入れるはずもないか。
……そういや、俺の姿も違うのか?
「まる。鏡ってどこにあったっけ」
話したこともない妹だけど、自然に話すことができる。
これは『設定』とかじゃない元々のシステムかな。たぶん。
なら、最初からしてほしいものだけど。
「そこにあるよー!」
……あっ、本当だ。
まるはサイキまると遊びながら指を差して、教えてくれた。
さっそく、俺は鏡の前に……。
いや、ちょっと緊張するな。アバターガチャみたいなものだし……。
ちょっとまじないかけとこう。
「サイキまるー! ちょっとこっちきてくれ!」
『ワンワウン!』
俺が名前を呼ぶと、まるから一旦離れて俺の元へ走ってきてくれた。
まるは少しほっぺたを膨らませ、むっとしている。
ちょっと悪いことしちゃった感じがするけど……大事なことだ。
スマホアプリとかのガチャを引く場合、俺は決まってすることがある。
それは──
「せーのっ!」
『ワウワンッ!』
サイキまるとのハイタッチだ!
でも、何かいつもより肉球の感触が柔らかく感じる。
アバターだからかな?
「ありがとな、サイキまる」
『ワウンワン!』
サイキまるは『気にしないで』とでも言ったかのように、俺と目を合わせた後。
まるのところへ走っていった。
そのおかげで、まるの機嫌は少し良くなった。
よし。まじないも終わったことだし!
気を取り直して……。
……カモン! マイアバタァーッ!
俺は今度こそ鏡の前に立つと。俺がそこにいた。
「ん? んん……? んんん?」
不思議に思い、何度も鏡の前と横を行ったり来たりしたけど。
やはり、そこには俺が立っていた。
俺だ。アバターじゃない。
プライバシーなど保護されていない俺。
現実と同じ姿……だけど、ただ一つ違うところがあった。泣きたくなった。
俺の手には『肉球』がついていた。
触ると、ぷにぷにしている。
「なっんでだぁぁぁぁ……っ!!」
想定外の事実に目を背けたくなる。ハッとして、まるの方を向いて確認する。
まるは、いきなり俺が叫んだことに驚いているが、問題はそこじゃない。
まるには、肉球がついていない。たしか親父にも肉球はなかったはずだ。
というかあの見た目で肉球なんてあったものなら俺は泣く。
つまり遺伝的なものでは……。
ちょ、ちょっと待て。
一度ログアウトさせてくれ。
俺はステータス画面を開き、ログアウトボタンを押す。
~【記録地点】に到達していないため。
次に始める時は最初からになってしまいますが、よろしいですか?~
よろ……しくないな。
セーブポイントがあるならそこまでは頑張っ──
『ワン!』
~それではログアウトします~
え!? いや、俺何も……!
まさか、サイキまるぅ!?
『ワンワ──』
「まさかのやり直しかよぉぉっ──!?」
……気がつくと。俺とサイキまるは部屋に帰ってきていた。
念のため、手を確認してみるけど、さすがに肉球はついていなかった。
窓の外はもう真っ暗だ。
やべぇ、今何時……といっても向こうにいたのは10分くらいかな?
机の上にあるデジタル時計で時間を確認する。
……もう、21時か。晩飯の時間だな。
「サイキまるー」
『ワン!』
俺はサイキまるに愛用ドッグフードをあげて。
俺は簡単な料理を作り、のんびり食事を楽しんでいると。
サイキまるが食べたがっていたので。
一度、ネットで食べても良いか調べてから食べさせてあげると、サイキまるはとても嬉しそうにしていた。