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携帯電話

作者: 佐野健次郎

酔って携帯電話をなくしてしまったとあせってかけた電話番号には・・

胸苦しさと、悪寒で目が覚めた。猛烈な頭痛がする。どうにか、自分の家に は戻って来れたということだ。夕べは、飲み過ぎた。家人が、酩酊している自 分を、部屋まで運んでくれたんだろう。しかし、背広を脱がすこともままなら ず、そのまま見放されたようだ。真っ暗な部屋にデジタル時計の青白い光が、 蛍を想わせるように点滅している。

「二時か・・」 首を締め付けているネクタイを、力任せに横に緩め、昨晩のことを思い出そうとした。最近、知らずにストレスが溜まっていたのか。背広から財布を取り 出し、チェストの上に置いた。次に、パンツのポケットからルームキーを引きずり出した。その時に気が付いた。携帯電話が無いと。 齢 五十を過ぎると、酔う度に、身の回りの何かが無くなってしまう。不甲斐のないものだ。

暫 く、昨晩の出来事を、順に辿ってみた。無理だ。思い出せない。どうしようかと、もがく。でも、何も思いつかなくて、呆けていた。そして、どのくらい

時間が経ったのか、喉の渇きで我に返った。電話をかけてみよう。誰かが預か ってくれていれば、連絡が付くに違いない。

枕元の受話器を持ち上げ、登録している番号を呼び出した。電話機の液晶パ ネルに、登録した際に入力した「携帯電話」の四文字が点滅していた。呼び出し音が鳴った。そして、少しほっとした。少なくとも、真間川の底に捨てられ たりはしていない。

プルルル。すぐに、電話は繋がった。 「はい」。電話の向こう側で声がした。なにか、マイクがハウリングするような 感じで、言葉が聞き取り辛かった。もう夜中の二時を回っていることもあり、 要件を早く伝えようと思った。できるだけ丁寧な言葉使いをするように注意し ながら、 「携帯を預かっていただいたようで、ありがとうございます」と伝えた。

すると、 「ああ。いえいえ、大丈夫ですよ」。声の感じから、学生だろうか。 「ええと。明日、取りに伺いたいんですが、よろしいですか」 「もちろん、結構ですよ」

「どちらにおられますか」 「行徳駅のすぐ近くです。よかったですね。明日、交番に持っていこうと思っ てたんですよ」

ほっとしたからか、さっきまでの頭痛がスーッと消えていった。 「本当に助かりました。ご都合がよろしければ、明日の晩、駅前でお会いでき ればうれしいのですが」

若者は、迷惑そうな素振りも見せず、 「大丈夫ですよ。待ち合わせしましょう。六時頃で良いですか」

私は、とてもラッキーだった。こんな拾い主と、巡りあえたなんて・・

電話を切って、ふぅっと安心したら、急に眠気がやってきて、夢も見ずに眠 ってしまった。

次の朝、脱ぎ捨てた背広をクローゼットに掛け、洗面所に顔を洗いに行った。 すると、洗面台の上に、探しているはずの携帯電話が置いてあった。なんてこ とだ。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

ここに携帯があるということは・・。昨夜の若者は、何だったんだろう。 部屋に戻って、電話機の発信履歴を確認した。 液晶パネルの表示は、「携帯電話」。そして、番号。そうか、前に使っていた携帯電話じゃないか。すごい偶然だ。今は誰かの携帯番号に使われている携帯 電話が、たまたま、あの若者に拾われたって訳だ。私は、なんとも可笑しくな って、声を出して笑ってしまった。

その日の昼、あの若者と待ち合わせをしていたことを思い出した。そして、 三年前まで使っていた、あの携帯番号を思い出し、電話を掛けた。昨夜と同じ、 若者らしい声で、電話が繋がった。何が縁となるか、若者に親近感があふれて、 話し込んでしまった。その後も、若者は携帯電話を交番に届けなかったようで、 何度か電話を掛けて話をした。

若者の話から、自分の若い日の記憶と繋がるものを感じた。そして、ひょっ としたら、この携帯電話の先の若者は、若き日の自分ではないかと思うように なった。

そんなある日、若者が、夢を語った。 「将来、建築士になって、自分のまちに理想のビルを建てるんだ」

私は、電撃が走った。鮮明に若き日の希望が蘇った。若者の次の一言で、思 いは確信に変った。 「そのビルには、一つだけ自分の作品である印として、ペントハウスの構造材 に不死鳥のマークを付けることに決めてある」

私は、次の言葉がでなかった。 「・・・・」

それは私の夢、そのものだった。彼は自分だ。しかし、私は、若者のその先を既に知ってしまっている。私は、ある事で建築士になることを諦め、市役所 の職員になっていた。彼にアドバイスを、と思ったが声にならなかった。

数日して電話を掛けた。いつものように彼が出た。私は、若者にあれこれと 人生のアドバイスをしてやりたい衝動にかられた。しかし、やっとのことで思 い止まった。

若者は言った。 「あなたは、なんで僕の考えることがそんなにわかるんですか」

私は、自分の正体を話すことを、かろうじて思い止まった。そして、喉から 搾り出すように、一言だけ伝えた。

「これから、なにがあっても夢は捨てるな。これから何かあってもな」

若者は、怪訝な様子で、電話を切った。

私は、若者がいつも電話に出るときに、自分の名を名乗らなかったなと思っ た。

それから、いろいろ考えた。彼は自分だ。キチンと自分の正体を明かし、この先に訪れる災難から逃れる方法を教えてやれば・・ そうしたら、今の自分 はどうなってしまうだろうと。色々悩んで、やはり話そうと決めた。しかし、 その日から電話は繋がらなかった。

数ヶ月が経った。

仕事で再開発ビルの建設状況の確認に行った。そこは、駅前に聳え立つツインタワーで、高速エレベーターを上り、最上階の四十六階に着いた。 フロアに出ると、私はハッっとして動けなくなった。そこには、見事な不死鳥があった。あの若者が電話口で熱く語った、不死鳥のマークだ。 説明者は、私の様子をみて、

「あぁ。これはなんか、思い入れのあるものの様ですよ。詳しくは分からない んですが」と言った。

・・

私は確信した。彼は、そして自分は、このまちに生きている。そう夢を手に 入れて生きていると。そして、私は小さくつぶやいた。

「がんばれ」と。

夢をあきらめない。

すべての若者にエールを

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