仁義なき可笑しな昼ご飯<3>
メルもそう思ったらしく、若干不機嫌そうに頬杖を付くと、もはやパプリカの方も向かずに喋る。
「つってもさあ〜、どうやって勝負しようってぇ? ゆっとくけど私の専門は占術なんだがね」
「え? そ、そーなの?」
「おやぁ、全てを見通した智の魔女の弟子だって、君がさっき言ったはずだよ」
「それは、そう、だけど。あんた、自然魔術も精神魔術も全然使えないわけ……?」
「ああ。占術、錬金術、それから召喚魔術は齧った程度。どれだけ過去が見通せるかでも競う?」
「む、むりむりむりむり! 私そっち方面向いてないのよ!」
「それは残念ー」
これっぽっちもそう思っていない声でそれだけ言うと、白髪の魔女はだるそうにテーブルにつっぷし隣に座るシリウスの金髪をいじり始めた。
どうやら魔術にはいくつか種類があり、魔女には適性分野があるらしい。今の会話によると、占術、自然魔術、精神魔術、錬金術、それから召喚魔術。詳細は分からないが、メルとパプリカは適性が全く逆で、魔術での勝負が成り立たないらしい。
「うそぉ……こんなのって……」
パプリカは眩暈でもしたのか、玄関にがっくりとへたり込む。二日森を彷徨ってやって来たのならその気持ちも分からなくはないが、事前に下調べが足りないという点では自業自得だろう。
騒動終了、と言いたい所だが。
俺達の中には基本的にお人よしが多かった。俺には真似できないが、常に合理性で動くより評価される性質なのかもしれない。
今日はヤジャとディアナが猪突猛進童顔魔女パプリカに同情の目を向け、そしてメルに歩み寄る。
「あ、あの。魔術のことは、よくわからないのですけど、何か別の方法ででも、勝負はしてあげられないですか……?」
「わ、私もそう思いますね。えーと、例えば、表に出て杖術の正式な決闘なんてどうでしょう?」
ヤジャの提案はともかくディアナの方法は本気で言っているのだろうか……。
星の森の魔女は二人に話しかけられ、シリウスから手を引いて顔を上げる。そして二人を視界に入れると、小動物に近寄られた少女のように頬を緩めた。
「うぅむ、やっぱり子どもはいいね〜! かわいいしおいしそうだしかわいーしー。やっぱ今のうちに剥製にしとくかなあ? いくら同じ童顔でもなんでこんなにも違うんだろーね。不思議だなあ。いいよぉ、寝不足だから残念ながら決闘は無理だけど、正々堂々子ども達のために勝負してあげようじゃあないか?」
「あ、ありがとう……!」
「全然だよ、ヤジャのそそる言動とかディアナの綺麗な髪に予想外な怪力なんかの前には私なんて塵芥同然だよ」
「はい……?」
賞賛ともつかない戯言を口にしつつ完全に珍しい犬でも可愛がるように二人を撫で回しながら、一転好機嫌に声を弾ませるメル。好きなものと嫌いなものに対する態度がこうまで違うと、魔術など以前に魔女と認定したくもなる。どこまでが本気なのか全く判断できない女だ。パプリカはあまりのマイペースぶりに言葉も無いようだった。
「でもメル、どうやって勝負するんです? 方法がないんじゃ……」
シリウスが繊細な金髪を揺らして首をかしげ、
「魔女は常識に囚われないものだよ。というわけでお料理勝負で決定」
「「「おお!?」」」
いくらなんでも囚われなさすぎだった。
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「材料は、まあこんなもんかな。それにしても私ってこんなに食料保存してたんだなァ。一応生存本能はあるってわけだ、関心感心」
「……。あんた、大丈夫なの?」
「何がぁ?」
──全てにおいて。
俺はなんとなく、パプリカが思ったことが分かってしまった。
それでもメルが運ばせた箱の中には、保存食ばかりだが一応全うな食材が揃っていた。干した魚介類、瓶詰めの乾燥果実、包装された手付かずの野菜、干し肉や数多くの調味料類。
奥の物置部屋にそれらの十分な量があり、調理に不足は無さそうだった。パプリカは渋々従ってみたものの違和感は拭えないようだ。まあ、当たり前か。
「ていうか、本当に料理勝負なのね? それでいいの?」
メルは相変わらず成人に対してはそっけなく接する。
「や、別に私は勝負なんてしなくていいんだよ。全然興味ないし。ただみんながかわいいから付き合ってやろうかと思っただけだし。それに料理は奥が深いし、むしろ料理しか出来ない魔女もいるくらいだし、あーそぉいやオリーブちゃんは元気かなぁ〜あれくらいの腕前だったら食欲も」
「わ、わかったわよ! 私に二言はないわっ、全力で負かしてやるから!」
「そう」
星の森の魔女はあっさり文句を打ち切ると、にこりと笑顔を見せた。それだけなら不本意ながら見とれてしまう、春の優しい風のような笑みだった。
別の意味で皆の時を止めたメルは、自分だけ全く頓着せずヤジャの頬に手を滑らせる。
「もちろん、私を手伝ってくれるよね?」
「はっ、はははいはいはぃいっ!?」
「それからディアナもいいかな?」
「わかりました、大丈夫です」
「あと、君。ドライセンだったかな。手伝って欲しいな」
「俺?」
突然の指名に少し戸惑う。魔女の方を向くと深みのある茶色の目がこちらを真っ直ぐに見ていた。
正直に。身体の奥まで、届くような、そんな感覚を、今まで知らなかった。
優しくはない。
冷たい。
冷たくて、角はなく、滑らかな氷が心臓を掠めたような、そんな感覚。
だから、反射的に頷くしかなかった。
「……ああ」
メルは表情一つ動かしはしなかったのに、俺は少し冷や汗をかいていた。パプリカが気をそらしてくれた。
「ちょっと、手伝うなんて、ありなわけ?」
「なしなんて言ってないよ。だったら他のみんなはパプリカちゃんを手伝ってあげてよ」
「俺はメルがいいんですけど」
「だって料理できなさそうだからいらない」
「まあ、確かにやったことないですけどね……」
そういうことか。
シリウスの微妙な表情でなんとなく白髪の魔女の意図が読め、俺はそのしたたかさに脱力する。ヤジャは素直で何をしてもとにかく器用であるし、ディアナは家庭的でしっかりもの、そして俺は家で食事を作ることもあり、それなりの腕を持っている。自分が何をしなくても平均以上のものは出来上がるというわけだ。
それに比べて他の四人、アンクは無自覚にとんでもないことをやらかしそうであるし、ヒメリエはむしろ邪魔しそうだし、ロイはやれば出来るのだろうが協力しそうにないし、シリウスは真面目でも経験がない。
「ああもう! いいわよ自慢じゃないけど料理は得意なんだから絶対負けないわ!!」
パプリカは開き直ったようで自棄気味に食材を漁り始める。メルが行って来いとひらひらと手を振るので、俺達も食材を選び始めた。