仁義なき可笑しな昼ご飯<2>
+++ ドライセン +++
非現実的なものは苦手だが、嫌いというわけではない。
今日もヒメリエの提案により、星の森の魔女の家に古登の村の七人でやってきた。
俺ことドライセンは基本的にいつも中立かつ客観的な立場だ。このメンバーで居るのは興味深いことに頻繁に遭遇するからで、それ以上でもそれ以下でもない。誰もが一癖も二癖もあり、飛びぬけた部分があるかと思えば限りなく馬鹿馬鹿しい失態を犯し、いつの間にかとんでもない事態に巻き込まれて──いや、思い出せば頭痛がしてこなくもないのだが。いつもいつも全うなことをしろとは言わないが……魔女の家に入り浸る時点でもはや諦めの境地に達している。
魔女の家。
星の森を一時間ほど進んだところに位置するこの平屋は、奥に二部屋、玄関ドアを開けたすぐのところが広い一室になっているようだった。
三度目になる今日まで、大体手前の広い一室で思い思いに行動している。ドアを入って正面に奥の廊下への扉があり、それより右の壁に天井まで届く書棚と物置棚が並んでいる。どちらも詰め込みすぎなほど役割を果たしており、モノがあふれて床に箱詰めされて置かれているものもあった。右の窓際には細長い木の作業台が取り付けられており、色褪せた日光をちらちら反射していた。
部屋の左側は大きな石のテーブルが鎮座しているのが真っ先に目に入る。黒味が強い灰色で、磨きぬかれた一枚岩のようで、薬草や金属や明らかに怪しい液体がバラバラと放置されていた。テーブルより奥は、仕切りがあってその向こうにかまどが二つ並んでいた。その辺りからも外へ通じているらしい。
俺は書棚から古めかしい本を手にとってぺらぺらとめくってみながら、なにやら騒がしい声に眉を顰めた。
シリウスが魔女を起こしに行って、なかなか戻ってこない彼をディアナが見に行って。普段まともな者同士がそろっていても、些細なことで誤解が生まれることもある。というか、一番まともそうに見えてディアナの多重人格は最も侮り難い……。
奥のドアが開いて、チョコレート色のローブを纏った白髪の魔女が、ようやく姿を現した。
「おはよう。今日もみんな食べごろだね」
正午過ぎ。魔女らしからぬ清らかな笑顔と共に。
「「「おそよーございます!」」」
とはいえ子どもは素直であり、慣れるのも早いものだ。
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大体、何を持って魔女というのか俺はまだ納得していなかった。
論理的に説明できないことも世の中には確かに存在する。しかし、ここに住むメルという女は、際立った容姿を持ち言動がひねくれ過ぎていること以外、まだそれらしい姿を見せていなかった。
「ふむぅ……」
「ぴっ! な、なんだよう!」
確かに不可思議なこともないではない。例えば黒羊なのにコウモリの羽、自称悪魔の人形など、一体どういうことなんだ。
浮遊するハレーを指でつまみ、しげしげと観察してみる。けれど黒々と丸い瞳でばたばた暴れるだけのそれは、いかにも非力で役立ちそうにもなかった。
「飛べて、喋れるだけなのか?」
「!! う゛わ゛ー! ひどい気にしてるのに! このあくまーーー!!」
「いや、人間だが」
「来たボケ殺し!」
「事実を言って何が悪い」
キイキイやかましいので手を離すと、悪魔人形は俺の肩に突進して頭突きをかました。痛くもかゆくもなかった。それくらい予想できるだろうに。
羊に関しては疑問が解決されそうもなかったので、俺は質問を元に戻す。
「とりあえず、お前が悪魔というのは保留。で、あの女は本物の魔女なのか?」
ハレーは短い足を高速で動かし、
「保留訂正希望っ。メルはどっからどう見ても魔女じゃんか!」
「魔女の定義は?」
「テイギぃ? あれか? 魔女であるためには──追求すること、自分勝手であること、美しくあること、欲望を持つこと……みたいな? 他にもあるけど」
「なんだそれは……誰でも出来るだろう」
「はあ?」
人道には外れているが、特別な事とは思えずに、思わずそう言っていた。その途端にハレーは態度を変える。
井戸の底でも覗く様に。ふっと俺の目線よりも高いところから見下ろし、平坦な声で言ってのけた。
「むーりーだー。無理無理。普通の人間は魔女にはなれんな」
「なぜ?」
「お前は簡単に村の規則を破れるか? かけられた期待を平然と裏切るか? 容姿のために莫大な財産を使えるか? そんなことをする奴をお前は蔑むんじゃねえのか? 蔑みながらも魔女を利用する人間が多いから、笑えるけどな」
存在せざるを得ない社会的秩序。
それをもっと砕いて簡潔に述べ、平然と勘違いを指摘されれば一種の無力感に包まれる。
悪魔とは、嘘よりも真実で人を追い詰めるのかもしれない。なるほど、人間には多くのタブーがあるらしい。
「そういうことか。確かにお前の言う通りだ。だが、それ以外には何もないのか? 一般知識とやらで言われる魔術なんかは」
「あのなあ。魔女が魔術使えなくて誰が魔術を使うんだよっ」
「例えば?」
と、さらに突っ込んで事情を把握しようとしていたのだが。そのとき声に覆いかぶさるようにして、乱暴に玄関扉が開かれた。
「たのもう!!」
しかも、まさに場違いな典型的台詞と共に。
全員の視線が反射的にそこへ集まった。
「「「…………」」」
外の日光を背にドアを開けたその女は、茶髪で背が低く、童顔で、やけに胸元を露出させる深紫のドレスを纏っていた。顔立ちは整っていても、人には向き不向きがあり、客観的に見て似合っていない。右手には木の杖を持ち、ご丁寧にも典型的な三角帽子を被っていた。
俺達は星の森の魔女も含め、皆ぽかんとして数秒沈黙せざるを得なかった。まあ、数秒でその女のことを判断できたと言い換えてもいい。
近くで怪しい箱を漁っていたヒメリエとアンクが、飽きてきたのか何事もなかったかのように俺のほうにやって来て言った。
「お腹すいたよう」「ハレーって中身は羊じゃないんだよね??」
その声と共に、皆また各自の行動を取り戻す。止まった時間を突破する彼らはかなり評価できた。「食べ物は持っていない。頼むなら家主の魔女に言ってみろ」と俺がヒメリエに答えてやる間に、無視された招かれざる客はめげなかったようだった。
見た目通り図太いというわけだ。
「コラ! 何なのよこのガキどもはっ? と、とにかくあんたよ、白の魔女! カロン! いざ尋常に勝負しなさい!」
石のテーブルの前に座って紙に何か書いていた魔女は、半笑いで振り返った。
「やだ。興味ない」
実にわかりやすい拒否だった。
側にいたシリウスが苦笑している。また時が凍るかと思いきや、入り口に立ったままの童顔女はそれでもめげなかった。どんと杖で床を叩き、
「何? 負けるのが恐いのかしら? あの智の魔女の弟子だったからって、ちやほやされて」
「はァ? 分かんないかな。私は序列だとか慣習だとか全く興味ないだけだよ。君がどういう事情だか知らないけど、好きにすればいいさ。何なら負けましたって証文でも書いてあげようか」
メルは全く相手にせず、相変わらず典型的な訪問者に対して非常に醒めた態度で接している。どちらが魔女らしいといえば、やはり星の森の魔女が圧倒的である。勝負をするまでもないだろう。
童顔女は一瞬呆然としたものの、すぐに顔を真っ赤にして勢いを吹き返した。
「うざい! うっざーーいっ! そんなこと出来るかあ! 私はね、いずれ仁義の魔女と呼ばれる予定のパプリカ様よ? わざわざ迷って二日くらいかけてここまで辿り着いたんだからちゃんと勝負してくれるまで絶対帰んないっつーの!!」
非常な勢いで聞いてもいないことを喚き、
「呼ばれる予定……自称か」
「魔女なのに仁義……」
「名前かわいいね」
「どうやったら二日も迷えるの??」
俺達は素朴な疑問を口にし、「黙れガキども!」と理不尽な憤りを浴びせられた。ロイ、ヒメリエ、アンクと顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめる。
これだから冷静になれない大人は。